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Dジェネシス ダンジョンができて3年(web版)  作者: 之 貫紀
第6章 ザ・ファントム

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§103 テンコーチャンネルと量産化の打ち合わせ 1/23 (wed)

『WOOOooooooo!』

『Hi、みんな。ウルフマンジャックの遠吠えっぽくスタートしてみた今回のテンコーチャンネル。え、ウルフマン知らんて? エライ有名なDJやがな!』


20世紀を代表するラジオDJとはいえ、アメリカングラフィティは73年だし、流石に最近の人は知らなくてもおかしくないだろう。


『今日のゲストは凄いで? 超大物や。楽しみにしてぇな』

『そして、いつもの通りお送りするのは、似非関西弁のテンコー、略してエテコー……あかん、人間辞めてもた』


「初めて見たけど、なんというか、ノリのいい人ではあるよな」

「そうですねぇ。まさかCランク冒険者で、横浜ダンジョンに入れないのにチャンネルを作ってたってのには驚きましたけど」

「ガチャダンに入れない、ガチャダンマスターなんて、誰も想像してないだろうよ」

「ですね」


代々木あたりで活動して、Bランクになればいいのにと思わないでもないが、ランクを上げるのはなかなか大変らしい。

ガチャダンマスターと称するくらい横浜に潜り続けた彼でもCなのだ。三好のSが如何に異常かよく分かる。


『なんと、最近のダンジョンの話題を独り占め!――いや、ほんま、こっちにも分けて欲しいわ――あの”レジェンド”Dパワーズの三好(みよっ)さんが、来てくれはったで!』


「レジェンドとか言われてるぞ?」

「それはもう諦めました」


『え? 日本ダンジョン界のレジェンドったら、伊織ちゃんだろうて? 今日のオーディエンスは突っ込み厳しいな! 自衛隊の人なんか呼べますかいな。紹介して欲しいわ』


登場した三好の映像は、手先や頬の一部、そうして眼鏡の蔓やそれなりに主張がある胸などが映し出されていた。


『え、なんでこんなフェティッシュな映像なんかて? そらワテの趣味……や、あらへんで! ちゃんと撮るな言われたんや。外を歩けんようなるそうや、有名人はつらいわ。ワテも一遍そういうこと言うて見たいわ、ほんま』


映像では三好がWDAカードを受付に提示しているところが移っている。


『嘘やん、見てこれ、みんな』


ぐぐっとカメラが三好のWDAカードによるが、名前やその他は映らないようにうまく編集されていた。

そこには黒字にパール仕上げでSの字が書かれている。って、偽物作るやつが参考にしちゃうんじゃないの? 大丈夫か、これ。

三好がSランクであることは、商業IDで照会すればすぐ分かるから、隠されている情報というわけではないが、ほとんど誰も見たことが無いだろうカードの情報は貴重そうだ。


『いや~、ワテ、Sのカードって初めて見ましたわ。ホンマにいてはるんやな』


その後はしばらく、横浜の1層で、解説しながら戦闘しているテンコーの映像が続く。

ガチャダンマスターを名乗るだけあって、相手のことをよく知っている戦いようで、その戦闘に危なげなところはなかった。


因みにこれを撮っているのは俺だ。

いつもはアクションカメラらしいのだが、今回は何もしない俺がくっついてきていたので、カメラマンをやらされたのだ。


『どうやった、みんな? ワテの勇姿を見てもらえたかな? 三好(みよっ)さんにもエエとこみせたで!』

『ほんなら最後に、今日の戦闘映像を撮ってくれた彼を紹介しとこうかな、っと思ったんやけど……なんや、シャイなヤツで、勘弁してくれと逃げられてもた』

『ダンジョンの中でなんもせーへんかったから恐縮してんのと違うかって?』

『いや、ワテもそう思って、後から聞いてみたねん。そしたら、芳村どんってGやねんて。いや、普通Gランクでガチャダン潜るか?! アホちゃう? そら何もできんわ、よう知らんけど』


「どんってなんだよ、どんって」

「関西弁の敬称序列、下から2番目らしいですよ」


関西弁の敬称は「やん、どん、はん、さん」の順で偉くなっていくという。

俺が生まれる、はるか以前の人気ドラマに、「番頭はんと丁稚どん」(*1)というのがあったそうだが、そのタイトルを見ると、なるほどなと思えないこともない。

そうすると、金田正一(*2)のカネやんは最低ってことなのか? 気楽に呼び合える友人くらいのニュアンスなんだろうけどさ。


「これがいじりってやつですかね?」

「そうなのかな。浪速の文化はディープで難しいな」

「テンコーさんは、神奈川ですけどね」


視聴終了後のコメント欄には、「なにやってんだよテンコー」だの「ちゃんと鑑定について聞けよ!」だのが並んでいて、三好への突っ込みが足りないことに対して、激しく突っ込みを入れられていた。

youtuberも大変だな。


「それで、三好は今日、どうするんだ?」

「中島さんと量産化についての打ち合わせです。その後は、鳴瀬さんに昨日の秘密基地の根回しと、もしキャシーが戻って来てればキャンプのスケジュール調整ですね」


それを聞いて、俺は今更ながらに驚いた。


「おまえ、めっちゃ働いてたんだな」

「えっへん。とはいえ、道筋を決めたらあとは専門家に丸投げしてますから、そんなに忙しすぎるってわけでもないですけど……今日はたまたま被っちゃったって感じですね」


とは言え、農場の見回りなんかも適宜やってるみたいだし、頭が上がらないな。


「先輩は?」

「そろそろ小麦さんに、召喚オーブを渡して、アルスルズを取り返してこようと思うんだが」

「そうですねぇ。彼女たちのポイントってどうなってるんです?」

「それがな……滅茶苦茶だ」

「はい?」


二人はあの翌日から、毎日潜っているらしい。

週末は休むのかと思ったら、週末こそ本番です!とばかりに、結構長い時間をダンジョン内で過ごしているようだった。ポイント増加の記録を見る限り、途中でアルスルズの交代がなければ、MPが尽きそうな勢いだ。


「二人分だから、さすがに一人の時ほど効率は上がってないようだけど、それでも1時間当たり、60~120ってところだな」

「ええ? 最高30秒に1匹ですか?」

「ぽいぞ。で、平日が平均3時間。土日は、なんと10時間くらい潜ってたみたいだぞ。トータル32時間で……」


俺はメイキングで二人のステータスを呼びだした。


「大体、60ポイントくらいだな」

「60?! まだ1週間ですよ?」

「斎藤さんが、74ちょいで、1421位だったから、たぶんフォースは確実だ」

「それ、1ヶ月やったら……」

「シングルは無理だが、ダブルくらいは行きそうな感じだ。キャシーが243くらいのとき48位だから」


「1ヶ月でダブルを量産したあげく、自由に方向性をエディットできるって……先輩、すぐに世界最強軍団ができますよ」

「人がいればな。それに数字だけなら確かにそうだが……俺達、メンタルが全然だからなぁ。仲間が死んだり大けがするような経験をしたことなんかないだろ?」

「ないほうがいいですけどね」

「そりゃな。だが、促成栽培でステータスだけ引き上げても、リアルな経験値が足りなくて、下層に行ったらヤバいことになりそうな気がするんだ」


「確かに、最初の館の時は、かなりビビりましたね。エンカイの時は覚悟も出来ずに死にかけましたし。先輩やアルスルズと一緒じゃなかったら今頃確実に川の向こう側ですよ。ホントに」

「他人事みたいに言ってるが、三好だってこないだの遠征のせいで、トータル99ポイントくらいあるんだからな。あれは1週間どころかたった3日だぞ?」

「ええーっと。1006位だそうです」


三好が自分のDカードを確認しながらそう言った。

ほんとシャドウピット方式は凶悪すぎる。


「ともかく、下層に行くにはリアル経験値をどうにかしなきゃならないんだが、こればっかりはどうにもなぁ。そもそも、俺らにも大してないから……」

「考えたところで解決しませんしね。それじゃ、私はとりあえず翠さんのところに行ってきます」

「おー、気をつけてな」

「先輩も!」


三好はそう言って事務所を出て行った。

俺は三代さんに、今日、作業が終わったら二人で事務所に寄ってくれるよう連絡して、中断していた確定申告の書類を書きに、自室へと戻っていった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


江戸川沿いの河川敷にある、枯れた芒に囲まれた、それなりに広い土地に建っている白い倉庫のような建物の中では、三好が、中島に量産化の説明を受けていた。


「EASYの部品群は、各部をモジュール化して、製造メーカーにロット単位で納品して貰うように設計しました」


設計図を広げた中島は、各部を指で指しながら、丁寧に詳細を説明した。


「で、ここでは、そのモジュールの組み立てだけ行おうと思うわけですが、何しろ誰にでも必要なデバイスというわけではないので、自動化による大量生産はコストの割にメリットがありません」

「よーするに、そんなに売れないって予想ですね」


両手で頬杖をついて、ふてくされたようにぷっとふくれて見せながら、身も蓋もない突っ込みをする三好に、中島が苦笑して頭を掻いた。


「有り体に言えばそうです。メインターゲットはガチの探索者ですから、白物家電のようなわけにはいかないでしょう」


数万円で買えるのなら、興味本位の購入で、ハイエンドなゲーム機と同じくらいは売れるかも知れないが、SMDは安くない。

試作の段階では、EASYが300万。PROに到っては2000万だったのだ。不要な機能の除去と量産で1/3~1/4くらいにはなると予想されてはいたが。


「だけら、箱だけ作って、中身は当面前時代的な人間の手による流れ作業で組み立てても良いんじゃないかと思うんです」


そう言った中島を、翠所長が補足した。


「ほら、うちの工場の建物がまだ残ってるだろ?」


ここは、もともと彼女の祖父の街工場があった場所だ。

この研究所は、その工場の駐車場部分に建っていて、以前の工場の本体は、そのまま解体されずに残っていた。

別の言い方をすれば、解体費用をケチったわけなのだが。


「箱だけなら、あれをリフォームして使えば安く上がるだろうし、完成も早いだろう?」


例えば、鉄筋のマンションを普通に建築すると、階数x1ヶ月+3ヶ月と言われている。

今は東日本大震災やオリンピックの影響で、建設業界はキャパが一杯らしく、飛び込みで急がせるのも難しそうだった。


「リフォームなら1ヶ月くらいで可能ということでした」

「それは丁度良いですね」

「丁度良い?」


「翠先輩、そろそろ会社のことを調整しないと……資本金はともかく扱うお金は大きくなりそうですし」

「大きくって、いくらくらいにするつもりなんだ?」

「先輩――芳村と話したら、100億くらいもってけと言われました」

「100億?!」


中島が素っ頓狂な声を上げて固まった。


「資本金は、1000万未満にすれば、第1期目は免税事業者になって、消費税の免除や法人住民税の均等割なんかも最低額ですむんですけど……」

「工場を建てちゃ、それに収まらないわけか」

「です。そんな風に、先輩と二人でいろいろ考えてたんですけど、もう面倒くさいから翠先輩のところへ100億くらいもってけと」

「なんだそりゃ?」

「先輩、面倒なのが嫌いだから」

「いや、嫌いってな……面倒で100億? あの男、どういう金銭感覚なんだ? とても金持ちには見えないが」


その失礼な言い回しに、三好がぷっと吹き出して同意した。


「見えませんね」

「しかしいきなり資本金100億円の会社を作るのか?」


日本には、資本金100億円以上の企業が、大体550社前後ある。結構あるように思えるが、それは全体の僅か0.2%に過ぎないのだ。


「違います」


三好は、真剣な顔になって言った。


「先輩は、翠先輩のところへ、って言ったんです」

「は?」


「翠先輩。こないだちょっと株式の比率のことを聞きましたけど、増資は可能ですか?」

「突然だな。一応、会社設立時は非公開会社のテンプレを使ったから、発行可能株式総数は10倍に設定されているが……」


「一応税制の面からも、中小企業のままでいたいので、最大で1億あたりまで増資したいんです」


法人税法上は、資本金1億円以下が中小企業扱いされていて、中小企業軽減税率が適用される。

ただし融資を引き出すには資本金が大きい方が有利なので、その辺りは運営する企業毎のバランスが重要になる。


「一気に10倍か? 議決権制限株式でもない限り、私の持ち株比率が6%になるぞ、それ?」

「何言ってるんですか、翠先輩の自己資金で増資するんです。つまり株主は翠先輩」

「あのな……そんな金が、あるわけないだろ」

「そこで借金ですよ!」

「借金だぁ?!」

「はい。お貸しします」

「いや、それって法律違反になるんじゃ……」

「個人間のお金の貸し借りは、実態が貸金業といえるようなやり方をすれば違法ですけど、そうじゃなければ合法ですよ? 返して貰いますから贈与でもないですし。げーのー界や政界の中の人達のそういう借金、時々ニュースになるじゃないですか」

「いや、返すったって……」


「で、増資した株の半分を元手に、投資を受けるんですよ」

「投資? 誰に?」

「エンジェルですよ、エンジェル」

「何処にいるんだよ、そんなステキな天使様が。私が探したときは、地上じゃ一人も見かけなかったぞ?」


昨年、融資や投資を求めて歩き回った翠が、ハハハと乾いた笑い声をあげた。


「うちに」

「はぁ?」


翠は、呆れたように梓を見ると、非常識な物を見るような目つきで言った。


「……お前らの、そのガバガバ感はどっからくるんだ?」

「まあまあ、翠先輩。それで、うちがエンジェルになって、株式の一部を譲り受けることで、残りの資金を投資しちゃおうと、そういうプランなんですよ」

「株式数を増やすためにも、増資が必要ってわけか」

「他の株主が、議決権が1/10になることを怒らなければ、ですけど」

「あー、その辺は大丈夫だろ。全員身内だし。ガッコの5%だって、議決権というよりキャピタルゲインや配当目的だろうしな。資産の増加で株式価値が上がるなら万々歳だ」


再起動した中島が、壊れたロボットのような動きで言った。


「そそそ、それって、うちの研究費が100億円に!?」

「そんなワケないだろ」

「いてっ!」


再起動した中島に、翠が容赦なくチョップを見舞った。


「あくまでもSMDの製造工場への出資ですね。ただ、SMD作るのに100億もいりませんよね?」

「何台作る必要があるのか知らないが、今の状況じゃ、いらないだろうな」

「だから、翠先輩のところの機器に使っても良いよ、だそうです」


「キっ、キターーーーー! エンジェルキター!!」


まるで重力がないかのように不意に立ち上がった中島は、恍惚とした表情を浮かべながら、ぶつぶつと呟いている。


「ああ、あんな機能も、こんな機能も……予算の都合で諦めていた、あれやこれやが……」

「いや、落ち着け、中島。今更大がかりな仕様変更とか、ヤメロよ? な? な?」

「ふっふっふっふ……」

「4/11からROMMEDICAだぞ? 6/13からは、大阪のメディカルショージャパンだし、6/27からはMEDICAL TAIWANもあるんだからな?(*3) おい! いい加減、正気に戻れっての!!」

「がふっ!」


グーで繰り出した攻撃が、見事に顎にヒットすると、中島はたたらを踏んでひっくり返った。


「はー……」


翠は疲れたように、椅子に深く腰掛けなおした。


「翠先輩って、中島さんと付き合ってるんですか?」

「……おま、いきなりなにを」


思ったよりも動揺した彼女を見て、三好は、もしかしてあたりなのかな?と思った。

コイバナは時と場合を選ばないのだ。


「いや、全然遠慮がないですから」

「そりゃ、まあ、付き合いも長いしな」


それを聞いた三好は、テーブルの下で目を回している中島を見て言った。


「中島さんって、優秀な人ですもんね。全然そうは見えませんけど」

「まあ、うちのハードにしたって、肝心な部分は全部中島が作ったようなもんだしなぁ。全然そうは見えないのは、お前のところの先輩も同じだろ」


三好はふと一見頼りなさそうな芳村の顔を思い浮かべて苦笑すると、「確かにそうですね」と答えた。


その後は、おおまかな会社の取り決めや、想定される製造原価から計算した価格の設定、それに製造スケジュールなどを話し合った。

本格的な出荷は来年度の頭からだが、数十台の商品見本は早ければ来月にも手に入りそうだった。


*1) 番頭はんと丁稚どん

映画が4本も作られているし、水島新司や園山俊二がコミカライズしているので人気があったのだろうと思われる。

1960年頃コミカライズなんて概念があったんだなぁと感心させられる作品。


*2) 金田 正一

プロ野球選手。400勝な投手の人。ずっと「しょういち」だと思っていたら、「まさいち」さんだった。


*3) ROMMEDICA

ブカレストで開催される、医療機器や診断・治療機器の国際見本市。

メディカルショージャパン

日本医療機器学会が主催する展示会。今年の会場は、大阪国際会議場。規模は小さめ。

MEDICAL TAIWAN

台湾国際医療見本市(Medicare Taiwan)と台湾国際シルバーヘルスケア見本市(SenCARE)が今年(2019)から統合されてできた、台湾国内唯一の医療器材及びヘルスケア関連の展示会。


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書籍情報
KADOKAWA様から2巻まで発売されています。
2020/08/26 コンプエースでコミックの連載始まりました。
作者のtwitterは、こちら
― 新着の感想 ―
芳村が「収納庫」三好が「保管庫」を取得しておくのはどうかな?
あれ? 三好のWDAカードSランクだけど、何をもってSランクになれるのかどこかに設定ありましたっけ? 異世界転生ものだと大体ドラゴン討伐とかの大きな功績でランクが上がるものだけど、この話だとなぜSラン…
[気になる点] 373匹余裕で達成してそうだけど、碑文取った層は館現れないのかな
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