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2話



 学校が始まって一週間。凛央(りお)の毎日は特に何かイベントが起きるわけでもなく、ただ学校に行って、家に帰る。たまにコンビニや本屋で立ち読みやなんやらしての繰り返しだった。

 

 今思えば、部活動に入って、もっと青春を謳歌しとけばよかったかもしれないが、残念ながら入りたいと思う部活はなかったのだ。


 小さい頃から運動は中の上なのか、中の下なのか分からないが、たぶん人並み程度の運動能力だった。特に際立ってできるスポーツがあるわけでもない、そこらの人の成人男性と一緒のただの平民なのだ。


 実はというと凛央の身長は170後半とまぁ、それなりと男らしい体格はしていてもったいない感じもする(実際、体格を買われて色々な部活に声をかけられたことは何度もある)が、別に、何か一つでも運動を極めてやろうという気にはならなかった。

 

 と、色々これまであったが、別に今の生活が嫌という訳ではない。むしろ、学生の間だけじゃなく、一生こんな風になにも考えずに生活してみたい、そんな心境だ。


 そして、今日もそんな毎日の繰り返しの始まり。


 朝、決められた時間に起き、身支度をして、最寄り駅へと向かう。


 先週は姉の彩夏(さやか)と一緒に駅まで行ったが、今回はもう違う。どうやら彩夏はサークル活動の朝練があるらしく、凛央が起きた時間には家にはおらず、どうやら自分が寝ている間に出ていったらしい。


 自分も部活入ったらこんな感じだったのかなーと思うと、部活に入らなくてよかったという自分の選択は正解だったかもしれない。

 

 ほどよくして駅に着き、慣れた手つきでICカードを改札にかざし、いつもの早い歩きでホームに行き、ちょうど来た電車の中に入っていった。


 つり革に掴まり、電車に揺られること約20分。いつもの降りる駅に着いた凛央は、人の波に流されるように電車を降りた。


 階段を降り、ここでも慣れた手つきでICカードをかざして改札を抜けた、その時だった。


 トントン、と不意に誰かに左肩を軽く叩かれた。


 いきなりのことに心臓はドクンと跳ね上がり、すぐに後ろを振り返った。でも、その人物を見たとき、凛央は思わず「え……」と呟き、不審の目を向けた。 

 

 「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」


 そう言って凛央の目の前にいる人物は、春らしい白のニットと、ロングスカートを身に纏った綺麗な女性だった。 


 誰……?とは、口には出さないで、とりあえず「はぁ」と言葉を濁して頷いておいた。


 「あれ?もしかして、私のこと分かってない?」


 表情を見て察したのかも知れない。凛央は気まずい表情浮かべながらまたもやこくりと頷いた。


 「やっぱり。まぁそうだよねー、だって財布を見つけてくれただけで、大して会話とかしてないもんねー」


 財布というワードにピンときた。それに一回会ったことがあるような気がする。凛央はここ最近の記憶をたどってみた。しばらく考え込んだあと、「あ……」と、思わず口に出してしまった。そう言えばこの人、前の……。


 「ひょっとして、私の事思い出してくれた?」

 

 凛央は先程とは違って力強く頷いた。

 

 思い出した。この女性(ひと)先週落ちていた財布を駅員に届けた時に、ちょうどその場に来た人だ。


 凛央の不審な表情から思い出したような表情に変わったのを見て、彼女は「ふふっ」と可愛らしく笑った。


 「良かった、思い出してくれて。って、そんな事を話したくて声かけたんじゃなかった」


 確かに、何でいきなり声をかけられたのか分からない。

 

 まだ若干不審な目で見る凛央に対して、彼女は特に気にすることなく話を続けた。


 「ねぇ君。今日って授業何時に終わる?」


 「は?」


 急な質問に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 「だからー、今日何時に授業終わるかって聞いたんだけど」


 何故こんな質問をしてくるのか一切皆目見当もつかないが、とりあえず答えた方がよさそうだ。

 

 「えっと…、3時半には終わります」


 「部活はやってる?」


 「いえ、やってないですけど…」


 「じゃあ、授業終わったらすぐ帰るんだね。学校から何分くらいで駅に着く?」


 「まあ、だいたい5分かかるか、かからないかですけど……」


 とりあえず質問にはちゃんと答えたが、さっきから何で自分の事ばかり質問してくるんだ、と凛央は思った。

 

 さすがに気にはなったので、彼女に尋ねてみた。


 「あの…すいません。何で、そんなに僕のことを聞いてくるんですか?ちょっと気になって…しまって……」


 すると彼女は一瞬ポカンとした後、恥じらいの笑みを浮かべ、指で髪をくるくる巻きながら質問に答え始めた。


 「ええっと…あの時、財布見つけてくれて、本当に助かったからその、何かお礼がしたくて……」


 そういうことだったのか、と質問の意味を理解した。おそらく放課後に何かをおごってくれる感じだけど、別になくてもいいのに。気を使わせてる感じで申し訳ない気持ちになってくる。


 「あ、別に大丈夫ですよ。前も言ったと思いますが、ホントに人として当然のことしたまでのことなので…その、ホントに大丈夫ですよ」


 凛央は思っていることをそのまま彼女に伝えた。


 「ありがとう。でも、何かお礼だけはさせてもらえないかな?じゃないとなんか気が済まないっていうか……」


 でも、なかなか彼女は引こうとはしなかった。


 (うーん…、困ったな……)


 凛央は頭を悩ませた。

 

 こういう場合は素直にお礼をもらう方がいいのだろうか。それだとなんか気を使わせてしまってなんか申し訳ない気がするというか………と、心のなかであれこれ思案していると、


 「別に気を使わせてるとか、余計なこと考えなくていいよ。ただ私が君にお礼したいだけなんだから。だからお願い。ね?」


 彼女は両手を合わせて祈るようにそう言った。


 凛央は黙って考えこんで、


 仕方ない。これ以上話を引っ張ってもおそらくこの女性(ひと)は簡単には引き下がらないと思うし、ここは素直にお礼をいただくことにしよう。


 「わかりました」と、凛央がそう一言言うと、彼女はパァッと顔を明るくさせた。


 「じゃあ!今日の4時、ここの改札で待ち合わせね!じゃあね!」


 彼女はそう伝え終え、あっという間に凛央のそばを離れていった。


 (何と言うか、やけにテンション高いな……)


 駆け足で走っていく彼女の後ろ姿を見て凛央は率直にそう思った。おそらく悪い人ではないだろうけど、何と言うか忙しい人だった。


 話も終わったことだから凛央は歩き出し、駅を出た。すると、ついさっき知った人が荒い息をして凛央のもとに走って戻って来た。


 「どうかしましたか?」


 息が上がっている彼女に優しく声をかけた。


 「名前…、名前聞くの忘れてた!」


 「えっ?」

 

 彼女の発言に、凛央は思わずポカンとしてしまう。


 それだけのためにわざわざ戻ってきたのか。別に後から会うんだからその時でいいと思うのに。


 彼女は深呼吸して、荒かった呼吸を整えて言った。

 

 「だって『(きみ)』って言うのはなんか嫌だし、それにこれからまた会うんだから名前くらいは先に聞いておかないダメじゃない?」


 「はぁ…」と、凛央は言葉を濁した。そのような考えは全く頭にはなかった。


 「それで、君の名前は?」


 彼女の質問に「長瀬凛央です」と、答えた。


 「凛央くんね。私は朝比奈柚菜。よろしくね。」


 彼女ー朝比奈柚菜は柔らかな笑みを浮かべて、自分の名前を告げたのだった。 


 

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