雪の降らない街で
今年の冬は特に冷え込むから暖かくするようにと、今朝の天気予報では言っていた。外を行き交う人々は寒そうにコートをかき合わせ首にぐるぐるとマフラーを巻きつけている。
セーター一枚で買い物に出た私は空を見上げる。暗く灰色に濁った空。午後には天気が崩れるらしいので、傘を持っていくかどうか迷った。
この町には雪が降らない。
私の生まれた場所は、毎年家族総出で雪かきをしなければならないほどに積もるところだったから、ここよりずっと寒かった。そんな私にはこの町には冬が来ないようにすら思うことがある。スーパーやコンビニのクリスマス向けの飾りやコーナーを見つけてやっと、もう冬だと気づくのが毎年のことだった。
季節の移り変わりに疎くなったのは、私が大人になったからというだけではないだろう。 今年もまた私の実感のないままに冬が過ぎていく。
スーパーのレシートでくじ引きができるというイベントをしていた。3千円で一回の引換券をたまたま持っていたのでくじを引いてみる。
ガラガラと木の車をまわして、コロンと転がりでたのは、赤と緑に半分ずつ塗られた玉だった。
「はい、おめでとうございます!クリスマス特別賞です!」
ガラガラと鐘を鳴らしながら渡された紙袋はやけに重い。液体の揺れる感触とビンのぶつかる音がした。
ワインだろうか?それなら今日の夕食はチーズフォンデュにしようと決めて、少し浮かれた足取りで家路を辿る。
お一人様用のフォンデュ鍋は赤いハート型で、以前ショッピングモールの雑貨屋で一目惚れして買ってしまったものだ。
電子レンジでささっと温野菜を作る。チーズがあるのでドレッシングはディップ用の小皿に入れておく。バゲットを切り、削ったチーズを熱する。
いつかの貰い物であるグラスを一つ用意して、紙袋をのぞく。これもクリスマス仕様なのか、可愛いピンクのボトルに赤と緑のキャップ、それに金のリボンがかけてあった。
意外と固いキャップをひねるとぽん、といい音がした。グラスにあけると白ぶどうのような香りがする。薄緑色の液体の中を次々と細かな泡が昇っていく。
チーズが溶けたのを見計らって、いただきますと手を合わせる。
まずは一口、とグラスの中の液体を口に含んで首をかしげた。飲み込むと炭酸がシュワシュワと喉を刺激する。しかし、想定していたようなアルコールの苦味はなかった。ワインではなかったようだ。しかし、私はこの人工的な香りや甘さを知っている。それはただのジュースではなくて、特別な日の期待を盛り上げる懐かしいもの。何だっただろう。
ボトルのラベルを確認する。それは昔クリスマスイブに母が買ってきたのと同じシャンメリーだった。見覚えのある、子供がケーキを囲んで乾杯しているイラストが前面に描かれていた。
甘い色水を上から覗き込む。すると、まるで雪の日に空を見上げているようにシュワシュワと無限にわいてくる空気の粒が降ってきた。
外では雨が降り出したらしくサラサラと衣擦れのような音がしている。時折、パラパラと窓に当たる雨の音もする。
白ぶどうの香りがする空を見ながら、遠い日の記憶を探る。いつのことだったか覚えていないが、中学か高校か、こたつの上にノートを広げて学校の課題をしていたように思う。
雪の日にはいつもこんな音を聞いていた。窓にあたる氷の音、パチパチと爆ぜる火の音、温かな夕食の匂い。それは冬の記憶だ。
ああ、そうか。もう冬なのだったっけ……。
この日、雪の降らない街で初めての冬が来た。