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その7

 紗由は、ヘリから縄梯子で清流旅館の敷地内に降りると、翔太のもとに駆けてきた。

「翔太くーん!」

「ど、どないしたん?」

 ヘリの風を手で防ぎながら叫ぶ翔太。


「池の水を入れ替えに来ました!」

「はあ?」

 首を傾げる翔太の後ろで、重機を乗せたトラックから降りてきた人たちが、水と養命酒を備えた祭壇を丁寧にどけて、ブルーシートを池の周りに配置した。

 そして、トラックから降りた重機が池に近づくと、そこから出てきたバキュームホースがセッティングされる。

「OKです!」作業員と思しき人間の一人が叫んだ。

 どんどん汲み上げられていく池の水。


「な、何しとるん?」

 底が見えて来ると、鯉や魚たちを網ですくい上げ、バケツに入れて行く別の作業員。

「入れ替えるには、抜かないとです」

「池の水をか? 何で抜いとるん??」

「青龍さまに、いいお水をいっぱい飲んでもらえるようにです!」

 紗由が元気に答えると、まるで自衛隊機かと見まごう大型のヘリが清流旅館の上空に現れた。

 機体の下には大きなバケツがぶら下がっている。大型火災の消火作業に使われる、水が大量に入った布バケツだ。


「ああん?」口を開け、ヘリを見上げる翔太。

 そのヘリに向かって、手で大きくマルを示す紗由。

 それを合図にヘリが池から5メートル位の位置まで下降し、布バケツの中の水が池に放出される。

「うわあ…」


「日本の名水100選というのを、ぜんぶ集めてもらいました!」

「紗由ちゃん…」

「まりりんの会社が協力してくれました」

“久我コンツェルン、おそるべし……”


「これで青龍さまが、はやく元気になってくれます!」

 水が全部注入されると、ブルーシートを片づけ、養命酒の祭壇を再セッティングする作業員。

 重機もヘリも、あっという間に清流旅館から立ち去っていく。


「紗由ちゃん…えーと…」

 戸惑う翔太をよそに、いつの間にか、最初のヘリから降ろされていたスーツケース2つの横に立つ紗由。

「お祭りが終わるまで、清流旅館に泊まりますので」

「え? 学校あるやろ?」


 紗由はニッコリ笑った。

「インフルエンザにかかることにしました。村上せんせいが、学校に出す紙を書いてくれます」

「かかることにしましたって…それ、仮病で休みやろ」

「フィアンセの一大事なんですよ!」

 眉間にしわを寄せ、翔太に詰め寄る紗由。

「は、はい…」


「重治せんせいのところにも行ってきました」

「ああ…」焼香にうかがったときの重治の顔を思い浮かべる翔太。

「重治せんせいともお話しました。凛くんをよろしくって言われました…おばあさまがですけど」

「ああ…」凛の寝顔を思い浮かべる翔太。


「紗由は、翔太くんをよろしくされます!」

「え…?」

「青龍さまがいなくて大変ですが、いっしょにがんばります」

「紗由ちゃん、気持ちはありがたいんやけど…学校は…」

 戸惑う翔太の耳に、正門前に止まる車の音が響いた。


「翔太くん。気にすることはなくてよ」

 大きなつばの帽子に手をやり、首元のスカーフをなびかせながら近づいてくる華織。

「“命”さま!」

「今の最優先事項は、赤子流怒大祭を滞りなく終えること。そうでしょう?」

 華織は、パチンと指を鳴らすと、どこからともなく現れた黒服の男たちに、5つのスーツケースを運ばせながら、清流旅館の玄関へと向かった。


  *  *  *


 清流旅館奥にある、通称“忍び部屋”には、西園寺の主たるメンバーが集まっていた。

 旅館側からは、現当主の飛呂之、次々代を継ぐ予定の翔太。

“命”側からは、先の宮となった華織と、その夫の躍太郎、彼らの息子で今の宮である風馬、その妻・澪と娘の華音。

 そして現在、風馬の次の位置にある“弐の位”の龍と、清流旅館に嫁ぐ気まんまんの紗由である。


「少々、面倒なことになったのは事実です」風馬が言う。「ですが…青龍さまの“気”を、黄龍さまが翔太くんに付与したのは確認できました」

「ありがたいことでございます」頭を下げる飛呂之。

「あの…僕は、いただいたものを、どのように使えばよろしんですか?」

「思いのままに」

 翔太の問いに、華織は微笑んだ。


  *  *  *


 池の傍で、ぼんやり座り込む翔太。

“どないしたら、ええんやろ…青龍さまの代わりに、俺は何ができるんやろ…”

 人の胸に“ぴかぴか”を見て、心の様子を垣間見ることはできても、宿の守護神からいただいた“気”の使い方に責任を負ったことなどなかった翔太は困惑していた。

“俺は今まで…できることだけやって、偉そうにしてたんやな…”

 翔太に同意するかのように、風が吹き抜ける。


 目にゴミが入ったのか、目を手で覆いながら、さらに考える翔太。

“おとんは、考古学の研究生やったのに、うちの旅館で板前になった。新しいことも、やれば出来るんや”

 翔太は意を決したように、池の祭壇に備えられた養命酒の一本を開け、ぐびぐびと飲んだ。


「あ…」

 刺激が強かったのか、頭がくらくらする翔太。

 傍にあったペットボトルを開け、それをさらにぐびぐびと飲む。

“これ…日本酒やないか…”

 翔太は頭をぐらりと揺らし、地面に倒れこんだ。


 そして、倒れこみながら翔太の耳には、聞き覚えのある声が聞こえてきていた。

 

  *  *  *



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