その6
一条家を訪れたのは伊勢の機関の人間だった。
青龍が予定外に伊勢の奥にある“癒し処”に身を寄せたこと、その原因となった事態について、事情を調査しに来たらしい。
だが、誠はこの人物の顔を見るなり、思った。
“二条家側の奴か…”
二条家を筆頭とする、西園寺や一条の力が強すぎるのは危険だ、“命”制度の将来にとって不安要素だと主張する一派。何かにつけ嫌がらせをしてくる一派に属する人間だった。
“また政治的なやりとりに使われるのか…”
「わざわざご足労いただき、恐縮に存じます」
央司が深く頭を下げると、機関の男は神妙な顔で言った。
「事と次第によっては、一条には謹慎願うこととなりましょう」
「それは…!」
異を唱えようとする誠を制止し、央司は告げる。
「承知いたしました。何なりとお聞きください」
* * *
通り一遍の話が済んだ頃、再び、麻那がやってきた。
「伊勢のお使い様に、ご来客にございます」
「私に?」首を傾げる伊勢の使い。
「おじゃましまーす」
そこに入って来たのは、制服姿の紗由だった。
「君は…」
紗由を見た伊勢の使いが、やれやれという顔をした時、紗由が右手を前にかざした。
「何の真似かな、お嬢ちゃん」
そう言いながら、ゆったりと笑みを浮かべていた伊勢の使いは、徐々に表情が変わっていく。
「君は…?」
頭を抱える伊勢の使い。不安げな表情になる。
「名乗るほどのものではございません。…と言うんだそうです、こういう時は」
紗由はニッコリ笑うと、今度は左手を前にかざした。
* * *
「凛くんは、どうですか?」心配そうに尋ねる紗由。
「凛なら落ち着いているよ。それより…」緊張した表情の誠。「さっきのは…華織さんか風馬さんの力をコピーしたのかい?」
「コピーっていうか…おばあさまが、くれました。
この後、重治せんせいのところに行って、それから翔太くんのところへ行くので、使いたい時に使いなさいと言われました」
「…どうしてさっき使ったんだい?」
「みんなが幸せになるために、“命”の力は使うものですから」
「ああ…そうだね」少し悲し気に笑う誠。
「あのおじさんは確か…えーと…」腕組みする紗由。「“結論ありき”というので来た人です!」
「まあ、そうだろうね」苦笑する誠。
「だから、おばあさまが、こちらで結論を決めてあげることにしました」
「なるほど」笑いだす誠。
「困ったことは伊勢の、へんな人たちのせいにしちゃいましょうって言ってました」
「そんなことして大丈夫なのかい?」目を丸くする誠。
「私を誰だと思っているのかしら?」
「は、はい。申し訳ありません」
華織の真似をする紗由に、思わず敬語になる誠。
「と、おばあさまが言ってます。おばあさまは、もう“命”さまではないから、関係ないもんて」
「でも、風馬さんは“命”だよねえ…」
「だいじょうぶです。澪ちゃんと華音ちゃんがついてます!」
自信満々な紗由の笑顔に、誠は思った。
信じる者が強い、そういうことなのだなと。
一条家の人間は、伊勢との関係、京都勢との関係を常に気にしつつ過ごして来た。
だが、西園寺の人間は違う。
自分の感性に従って、自分の正しいことをする。
相手がどんなに偉い立場であろうが関係ない。
そういう気構えが、彼女の年齢から身についているのだ。
しかも、相手と戦うのではなく、皆の幸せを願いながら行動する。
「誠おにいさん…今、紗由が言ったこと、おぼえていてくださいね」
「え?」
「紗由は、今だけおぼえているんですけど、凛くんや、黄龍さまや、青龍さまに起こったこと、清流旅館のお祭が済んだら、忘れることになってます」
「え?」重ねて尋ねる誠。
「紗由は、みんな、みんな大好きです」
紗由の微笑みに、誠の頬を涙が伝う。
そして、その様子を見つめていた黄龍は、自分のウロコを一枚はがすと、紗由の胸に入れた。
* * *
重治の葬儀は身内だけでという通達があり、清流旅館の人間も、その前にご焼香とあいさつに伺い、早々に帰ってきていた。
そしてその後は、赤子流怒大祭の前ということもあり、清流の人間は、それぞれに支度に追われていた。
庭の池の前に祭壇をしつらえ、そこに養命酒一ダースをお供えする翔太。
その後、富士山本宮浅間大社「湧玉池」で頂いて来た御霊水のボトルをお供えする。
「はよう、お身体がよくなりますように」
真剣に願う翔太の耳に、ヘリコプターのホバリング音と、車の音が響いた。
「ん?」
正門から入ってくる大型トラック。重機を積んでいる。
「なんや!」
そして、大きくなるホバリング音に、空を見上げると、翔太に向かい、大きく手を振る紗由の姿が目に入った。
* * *




