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その5

 翔太は、誠からの電話に緊張した声で出た。

「誠はん…あの、凛くんの具合はいかがですか」

「今は落ち着いているよ。心配かけたね」

「いいえ、あの…すんまへん。僕、黄龍さまにひどいこと言うしもうて…それで…」


「黄龍さまなら、先ほど一条に戻られたよ」

「え?」

「帰りたくないから清流旅館に行って、青龍さまの代わりをしようかと思ったら、帰れと言われたと。かなりこたえたようだ」

「僕もちょっと落ち込んでて…何か、余裕がのうて…」声が小さくなる翔太。


「違う違う。責めてるんじゃないんだ。翔太くんのおかげで、黄龍さまはお戻りになった。そのお礼が言いたかったんだよ」

「はい…」

「黄龍さまが、電話を替わってくれとおっしゃってる」

「黄龍さまは、電話に出るんも出来るんですか」驚く翔太。


「我を誰だと思うておる」

「わあっ」

“僕のスマホを髭で巻き付けて口元に持ってきてるんだ”誠が黄龍の様子を解説する。

“なんやシュールな絵やな…”

「聞こえておる」

「す、すんまへん!」


「何か困った時はいつでも我に言え」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、礼を言う。類まれなる龍の子よ」

「あ…はい」


 よくわからずに返事をする翔太に、黄龍は電話を通じて“気”を送った。

 青龍が黄龍の暴走を止めるために巻き付いていた時に吸い上げた、元々、青龍の“気”だった。

 まもなく清流旅館では赤子流怒の大祭が行われる。

 祭を行う際に必要になるであろう青龍の“気”を返すつもりもあって、翔太の元を訪れた黄龍だったが、それを翔太に伝える前に、清流旅館を後にしてしまった。


「…青龍さまの匂い!」

 驚くと同時に、その匂いを思いきり吸い込む翔太の姿を見て、黄龍は祝福の雄たけびを上げた。


  *  *  *


 黄龍は、とぐろを巻くように座し、その首元に凛を抱いていた。凛の胸元の気穴の調整をするためだ。

 その正面には、央司と誠が座っている。


「青龍が申しておった。今、清流旅館には類まれなる龍の子がいて、とてもよい子なのだと」

「はい。清流旅館の清らかな気の流れは、彼の存在によるものが大きいかと」

「“巫女寄せ宿”は昔と違い、一般人も受け入れる宿と聞く。獣神たちが居心地のいい場所であるためには、宿の人間たちの心の在り方が大きく影響する」

「あの“集”におきましては、他の三か所、朱雀さまのいらっしゃる“雀のお宿”、玄武さまのいらっしゃる“黒亀亭”、白虎さまのいらっしゃる“縞猫荘”は、関係者専用の合宿所のようになっているとのこと。一般客を寄せているのは清流旅館のみでございます」

 央司が言うと誠が続ける。

「一般客にも、獣神様がたにも、常におもてなしの心を忘れない。それが清流旅館の在り方なのでございましょう。そして、七代目亭主となる翔太くんの」


「我が御子も、そのように育ってほしいものだ」

 髭の先で、凛の頭をなでる黄龍。


「黄龍さま…」央司が改めて頭を下げた。「すべては私の浅はかさゆえでございます」

「…我はそなたの思いを読み切れず…いや、読もうともしていなかった。

巫女寄せ宿を預かる獣神たちと違い、“命”排出家そのものを特別に預かるものとして、驕りがあったのだ」

「一条家の繁栄は、黄龍さまあればこそ」


 央司が言うと、誠も続ける。

「他家は…西園寺のような力の強い名家であれ、特定の獣神さまにご加護をいただいてはおりません。

 しかも、四神の上に立たれる黄龍さまにお守りいただくとは、一条ならではの光栄」

「その感謝の心に…我は応えきれていなかった」

「そのようなことは…すべて私の判断の誤りでございます」央司が改めて頭を下げた。


 央司の言葉に、黄龍は、すーっと息を吸い、その息を天に向けて吐くと言った。

「央司は、孫に自分の力を与えたと言っていた。我が一条の御子がその力を受けたと思うていたが…力の行き先は西園寺の姫だった」

「申し訳ございませんでした。あの時点では、先々のことを考えた時に、それがベストだと思っておりました」

「我は混乱した。我が御子は…我の描く世界の主になるには、圧倒的に力が足らぬ。それを足さねばならぬ…それが誤りであった」


「黄龍さまと、きちんと意を交わせなかったのは、今の宮である私の責任にございます」

「我は今度こそ、一条の繁栄のため、身を尽くそうと思う。まずは我が御子を守っていくことから」

 黄龍は再び、凛の頭を自分の髭でなでた。

「青龍には申し訳ないことをした。いつ伊勢から戻れることやら…」

「一条としましても、今回の大祭におきましては、出来るだけの助力をと考えております。祭を滞りなく進めるための“石”の調整も任されておりますゆえ」

「我からも頼む。…そうだ、翔太が申しておった青龍の好物を用意したい。あそこの池に備えてやってはくれぬか」

「承知いたしました」


 誠は頭を下げると、さっきの翔太の言葉を思い出していた。

「青龍さま、お酒がお好きやから、池一杯お酒入れたら喜んでくださるやろか」

「うーん。今は病気静養中みたいなものだからねえ…」

「養命酒ならええですか?」

「うーん。そうだなあ。おいしいお酒を造るための、おいしいお水で池を満たしてさしあげたらどうだろう」

「それがええですな! ほな!」

「翔太くん…!」

 電話を唐突に切られた誠は、思わず微笑んでいる自分に気づき、改めて、心の中で翔太に感謝した。


  *  *  *


 黄龍が部屋を離れると、央司は誠に神妙な顔で告げる。

「大祭をよどみなく行う。これは一条にとっても今一番の仕事だ」

「承知しております」

 その時、誠の妻の麻那が部屋を訪れ、伊勢からと名乗る、急な来客を告げた。


  *  *  *



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