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その4

 泣き疲れ、ただ俯いている悠斗の手を、紗由がそっと握った。

「だいじょうぶ。重治せんせいは、ずっと悠斗くんのそばにいるから」

「……」悠斗は紗由を見上げるが、声にならない。


「悠斗くん」龍が声を掛けた。「重治先生の別荘まで、車を出させるから」

 首を横に振る悠斗。

「僕はここで大斗をまもらなくちゃいけないから。咲耶ちゃんと星也くんも、まもらなくちゃいけないから」

「そうか…わかった」

 龍が悠斗の頭をなでると、悠斗は自分が落としてしまった野菜に気付き、拾い始めた。

「重じいにも、おいしい野菜を食べさせてあげるんだ」

 にっこり笑う悠斗に、龍は涙をこらえた。


  *  *  *


 バーベキューの支度をする龍に、華織が呼びかけてきた。

“龍…”

“おばあさま…凛くんは大丈夫?”

“ええ。重治先生のおかげで何とか。気穴は定期的にお掃除しないといけないでしょうけどね…”


“黄龍さまは?”

“現れなかったわ。いつお戻りになるかもわからない”

“青龍さまがいろいろと痛手を負ったようだね。さっき、しばらく清流旅館を留守にすると言って、伊勢に戻られたよ”


“その間、よろしくお願いしますね、“弐の位”さま”

“承知しました、先の宮さま”

 龍は、華織に対して初めて“先の宮”という言葉を使い、そして、そのそばから寂しさを覚えた。代が変わり、いつかは…そう思うとやるせない悲しさに見舞われたからだ。

“龍。私はまだ向こうには行かなくてよ”

“当たり前だよ、おばあさま”


“悠ちゃんは大丈夫?”

“赤ちゃんたちを守るために頑張ってるよ”

“そう。さすがは私を守る仮面ライダーだわ”華織の声が少し震える。

“おばあさま…また皆の記憶を封じないといけないのかな。悠斗くんが重治先生の名前を呼びながら泣いてたところ、皆が見てたし”

“そうね…”


“でも、悠斗くんの記憶はそのままにしたい。二度もあんなに悲しい思いをさせるのはかわいそうだ”

“わかったわ。悠ちゃんに、そう話して、他の人の記憶はいったん封じてちょうだい”

“うん”

 龍と華織の会話はいったんそこで終わった。


 小さくため息をつく龍の顔を下からのぞき込む紗由。

「わっ」

「おばあさまと、おしゃべりですか?」

「うん、まあ」

 そう答えながら、紗由の記憶はどうしようかと考える龍。

「紗由のはふうじなくていいです。さっき、翔太くんから、青龍さまのこと“聞き”ました」


「そうか…そうだよな。翔太のところに留守を伝えに行くよな…」

「翔太くん…悠斗くんの次くらいに元気がなかったです」

「紗由が会いに行けば元気になるよ」

「はい! 重治せんせいと一緒に食べて、元気出して、会いに行きます!」

 そう言う紗由の視線の先には、二人分の皿と箸を用意する悠斗の姿があった。


  *  *  *


 「ベイビーサーチャーズ」の撮影は後日延期ということになった。

 不備のあった撮影機材の手配が間に合わなかったからだ。

 久永社から派遣されたスタッフは、バーベキューの後、ロケバスで帰って行った。


「やっぱり、凛くんも呼んだほうがいいってことだよね」恭介が言う。

「そうよね。今度は凛くんの都合も聞いてからにしてって言っておくから」真里菜が頷いた。

「ベビー服の色も一色多く紹介できるでござるしな」

「…紗由ちゃん、どうしたの? おとなしいね」

「あんなに食べたのに、もうお腹空いたの?」

 恭介が言うと、紗由は、あっかんべーをして駆けて行った。


  *  *  *


 清流旅館では、翔太が庭の池のそばで、箒を手に、ぼんやりと空を見上げていた。

“青龍さま…早く帰ってきてくださいね…”

 ふと、誰かから呼ばれたような気がして、辺りを見回す翔太。

“あかん。掃除せな…”

“…翔太”

「え?」

 今度は気のせいではないと翔太は思い、きょろきょろと周りを見る。

「ここだ」


 声がした池の方を見ると、そこには龍神の姿があった。

 だが、いつもの青い龍ではなく、黄金色をしている。

「黄龍じゃ」

「黄龍さま!…青龍さまの上司の?」

「そう聞いておるのか」

「仕事の偉い人やとおっしゃってました」

「ふむ」


「あの…まさか、一条家の黄龍さまではないですよね」

「いかにも、一条の黄龍だが」

 言われた翔太は困った顔になる。

「家出中だと聞いとりますが」

「いかにも」

「皆さん、心配しとります。はようお帰り下さい」


「青龍が留守の間、ここにいることにした」

「お断りします」

「我に逆らうと申すか!」

「そないな、押しかけ女房みたいなこと言われましても。清流旅館には青龍さまという神様がおりますさかい」

「留守の間と申しておる」


「青龍さまがお戻りになったら、黄龍さまはどうされるのですか?」

「…旅にでも出ようぞ」

「それでしたら、今どうぞ。少し頭を冷やしてください」

「…何を申す!」


 翔太は箒を横に置き、正座をして、黄龍に深く頭を下げた。

「旅に出るくらいなら、一条家にお帰り下さい。今、あそこの方たちは大変な思いをなさっています。

 凛くんの様子がよろしくないし、凛くんのおかんのじっちゃんである重治先生がお亡くなりになって、悲しい気持ちでいっぱいになっとります。守り神なら、お帰り下さい」


「……」

 黄龍は何も言わずに、姿を消した。


「黄龍さま!」

 翔太はため息をつくと、気を取り直して、箒を手にし、再び掃除を始めた。

“どこに行かれたんやろな…”

 庭を一通り掃き終え、旅館内に戻ろうとしたその時、電話が鳴る。

 その画面に出ていた名前は凛の父親、“一条誠”だった。


  *  *  *


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