その3
買出しに出ていた凛の両親、誠と麻那は、出先で息子の異変を聞き、直接、重治の別荘へ向かった。
到着すると、すでに、一条の関係者たちが集合している。
「重治先生…」
眠るように横たわる我が子を見て、言葉に詰まる誠。
「案ずるな。必ず助ける…皆さまのお力もお貸しいただきたく」
重治はそう言って、華織たちに深く頭を下げると、奥の間へと姿を消した。
風馬が凛の様子を精査し、“癒”の力での治癒を試みるが、眉間にしわを寄せ、華織を見た。
「気穴が全部塞がっている…これは…塞いだ主でないと開けるのは難しい…」
「黄龍さま…それが無理なら青龍さまに空けていただかないと、ということね」
「ああ…」
その時、華音が凛の頭のてっぺんを撫でまわす。
「うーたん!…うーたん!…うーたん!」
華音の掛け声と共に、周囲に何かが漏れるような音がし始める。
「穴が開いた…! わずかだが、空いたよ、かあさん」
風馬と華織は、華音の動作を見つめる。
だが、しばらくすると、華音は何かに吸い込まれるかのように目を閉じ、その場で寝入ってしまった。
「疲れちゃったのね…」華織が華音を抱きかかえ、頬ずりする。
「…央司さん」華織が振り返った。「華音が今使った力は西園寺のものではありません。あなたが華音に渡したお力ですね…?」
「ええ…妊娠中の澪に渡した力が使われたようです」
「残念ですが、幼い華音には、その力を使いつくす術を理解できませんし、御覧の通り、体力も足りません。あなたの力はお戻ししましょう。そして凛くんのために有効にお使いください」
華織は華音の眉間に二本の指を当て、何かを唱えると、その指を央司の胸元に当てた。
「命宮にお力を渡されても、まだそのようなことが…」央司が華織に頭を下げる。
「元の力を“写して”私に戻させました」
「ありがとう存じます。では私は黄龍さまとの交渉に」
「いいえ、先の宮さま。黄龍さまとの交渉は今の宮である私が流いたします」
誠は、静かに立ち上がると、重治同様、奥の間へと向かった。
* * *
奥の間では、重治と青龍が対峙していた。
「青龍さま…あなたさまがここにいらっしゃるということは、黄龍さまは…」
「ここに出向ける状態にあらず。我が代わりにはせ参じた」
「つまり、凛の気穴を塞いだ主は、ここにはいらっしゃらないと」
「然り」
「神をお見立てするのも恐縮に存じますが、あなたさまもかなり弱っていらっしゃいますな」
「大したことはない」
「黄龍さまと争った。そういうことですね」
「それより問題はこの先」
「おっしゃる通りでございます」重治は青龍を見つめた。「私に提案がございます」
「提案? 願いではなく?」
「はい。青龍さまでしたらご存じでしょうが…我が、西川の家では、いっとき“巫女寄せ宿”を務めていた時期がございます。私の祖母の時代になりますが…」
「まさか、そなた…!」
「使われずにいた“命魂”を、今、使わせていただきたく存じます」
「“命魂”を用い、凛の命と引き換えに、そなたが命を断つと申すか」
「さようにございます」
「だが凛は、助かったとて、元には戻らぬ」
「はい。生と死の狭間を生きることになりましょう」
「それでよいと申すか」
「はい。無よりは有がよいかと」
「だが…」
「お願いいたします」
頭を床にこすりつけるようにして声を絞り出す重治に、青龍も覚悟を決める。
「…承知」
「お聞き入れいただき、誠にありがとう存じます。どうか…凛のことをよろしくお願い申し上げます」
「承知!」
その声と共に倒れる重治。
青龍は雄叫びを上げ、その声は彼方まで響き渡った。
* * *
青龍の雄叫びに慌てて奥の間の扉を開く誠。
だが重治はすでにこときれていた。
一瞬で、事の成り行きを悟った誠は膝から崩れ落ちた。
「先生!…重治先生!…」
“悲しむ間はない。今はそなたも凛の気穴を通すために力を尽くせ…”
「青龍さま…」
“それが重治の願いだ”
「承知いたしました」
誠は自分のジャケットを重治にかけ、手を合わせると、急ぎその場を立ち去った。
* * *
広間に戻る誠。
そこにいた人々は、すでに重治の身に起きたことを悟っていた。
央司が誠に言う。
「これは一条の仕事だ。よいな」
「はい。ですが…黄龍さまはご不在のままです」
「重治先生のおかげで、命だけは助かった。開けるべき最後の一穴はそのままになるかもしれぬが、今はすべきことをするだけだ」
「先の宮さま、今の宮さま、ご提案がございます」進が央司と誠に頭を下げる。
「何でしょう」
「華織さまと風馬さまと私が、お二人の力を“写し”て、加勢させていただければと思うのですが」
「お三方一度にとなれば、守護神さま方のご許可が必要なのでは…」
“許可いたす”
風馬の背後に現れた、朱雀、玄武、白虎の三神が声をそろえる。
「青龍さまは…?」
“伊勢の“癒し処”に運んだ。“写し”の許可は得てある”
「ありがとうございます…!」
「朱雀さま、玄武さま、白虎さま、ありがとうございます」
深く頭を下げる風馬。華織と進も同様に頭を下げる。
「それでは始めるとしましょう」
一同は、眠ったままにしか見えない凛を取り囲んだ。
* * *
八角堂の庭では悠斗が野菜を運んでいた。
だが、突然立ち止まり、野菜かごを落とす悠斗。そして一面に転がっていく野菜。
「重じい…?」
呆然と膝を落とす悠斗。
「重じいーーー!!」
大声で泣き出す悠斗。
その声に振り向く一同。
ただならぬものを感じ、一同は悠斗を見つめ続けた。
* * *




