その20
誠の申し出に戸惑う飛呂之をよそに、翔太はきっぱりと答えた。
「よろしいですよ。ぜひご参加ください」
「翔太…」
「大丈夫や、じっちゃん。じゃあ、準備がありますので、こちらどうぞ」
翔太は誠に微笑んだ。
* * *
控えの間では、飛呂之から赤ん坊の保護者達へ説明が行われた。
「赤ちゃんが泣くことはよくありますが、それが怒っているからなのかどうかは、傍目にはわかりづらい部分がございます。
ですので、保護者さんが怒っていると判定したら、その旨お伝えください。
神官を務める私が、赤ちゃんの背中にお塩をかけます。それを合図として、青龍さまが怒りを吸ってくださいます」
「どうやって赤ちゃんを怒らせるんですの?」
姪の咲耶をあやしながら、史緒が尋ねた。
「赤ちゃんが嫌がることをするんです。嫌いなことと言うか…」
「咲耶ちゃんは、私がおしゅうじの練習をさせようとすると、いやがります」
“もう、そんなことさせてるんだ…”一同がちらりと史緒を見る。
「どうやってするの? こんなに小さいのに」
真里菜が聞くと、史緒は答えた。
「あとでお見せします」
「あのー、うちの子、怖がったり、びっくりして泣くことはありますけど、怒ってるっていう感じじゃなくて…」里緒菜が言う。
「今までの例から言いますと、だっこした後、突然、それをやめてひとりぼっちにさせて、赤ちゃんが呼んでも無視し続けるなどは、怒っている反応が見やすいかもしれないですね」
「やってみます」
「うちは大丈夫よね、悠斗」未那が言う。
「そうだね」
「大斗くん、おこりんぼさんなの?」尋ねる奏子。
「パパがほおずりすると、すんごく嫌がって、パパのことたたくんだ」
悠斗の言葉に大きく咳払いする進。
「凛くんはいかがですか?」
「穏やかでおとなしい子なので、怒っていると感じたことがないんですが…」
「パパがいじめられてたら、怒るんじゃないかな」
真里菜が言うと、紗由が頷く。
「じゃあ、恭介くんが誠おにいさんをいじめてください」
「僕、そんなことしたことないし、できないよ!」憤慨する恭介。
「いつも奏子にするみたいにすればいいと思います」
“うわあ…奏子ちゃんのほうがぷんすかだ…”皆が思うが口には出さない。
気まずい雰囲気に気を遣ったのか、飛呂之が言う。
「まあ、結局のところは、保護者さんがそうかなあと思ったところでかまいませんので」
「あかんのは、保護者さんが赤ちゃんに向かって、何で怒らへんのや!って怒ることです」
「大人にもおこりんぼ祭が必要ですね!」
紗由が言うと、翔太が眉間にしわを寄せる。
「祭が終わる前に、じっちゃんが殴られそうやから、やめてや」
「そんなところです。実際には土俵の中に保護者さんと赤ちゃんと私が入ります」
「普段のお祭りの時は、近所の人も見物するんやけど、大祭と真大祭は当人たちだけなんですわ。
だから、緊張せんといてください。
その前に、じっちゃんと僕で舞いますから、のんびり見学しててください」
翔太は皆を見回してニッコリ微笑んだ。
* * *
飛呂之と翔太が舞装束の支度をするまで、しばらく時間があるので、いったん休憩となり、皆は庭の見えるテラス席でお茶をしていた。
「あれ? 紗由ちゃん、いないね」真里菜が辺りを見回す。
「どうしたのでござろう。こんなにお菓子があるのに…」
「カケラをさがして、隠してくるっていってたよ」ジュースを飲み終えた悠斗が言う。
「カケラって何ですの?」
「わかんない」
「お菓子ぜんぶ食べちゃうよって言えばもどってくるよ」
恭介が言うと、その背後から猛スピードで走ってくる紗由。
「ふう。つかれた」
恭介の目の前の皿からクッキーを取り、口に入れる。
「あ!」
「じゃ、また行ってきまーす!」
紗由は再び、あっという間に走り去って行った。
* * *
やがて、蔵の中にある祭壇の前で、飛呂之と翔太の舞が始まった。
飛呂之は神箒を手にしている。翔太は両手に鈴を持っている。
小さな箒の四面に四神の人形が飾られていて、正面に飾る獣神は、その年によって変わるが、今年は青龍神だった。
息がぴったりと合ったその舞を、観客たちは息を飲んで見つめていた。
あの華音でさえ、じっと静かにしている。
しばらくすると、観客たちの間を、花道のように踊りながら通って、蔵の外へ出て行く二人。
二人の後をついていく観客たち。
二人が表に用意された舞台の上に登ると、その背後に青龍が姿を現した。
「せいりゅうさまだ!」声をそろえる聖人と真琴。
さらにその背後に、白虎、朱雀、玄武も姿を現した。
「びゃっこさま!」
「すざくさま!」
「げんぶさま!」
獣神が現れる度に大声で叫ぶ聖人と真琴。
観客たちが獣神たちを食い入るように見つめている。
そしてその時、観客の後ろの方へと近づいてくる姿を、凛だけが気づいていた。
* * *




