その16
レジャーシートの上に置かれていた、依り代用のぬいぐるみ約100体は、気づくとそこになかった。
勝手に歩き出したからである。
ぬいぐるみのおまけに付けてあげるストラップを数えていた真里菜は、その作業に集中していて気付かなかったのだが、横にいた恭介はそれに気づき、真里菜の腕をぎゅっとつかむ。
「どこかに行っちゃうよ!」
「だれが?」数を数え続けている真里菜。
「ぬいぐるみ!」
「なに言ってる……行っちゃう!!」気づいた真里菜が叫ぶ。
「どうしよう…まりりん」
泣きそうな恭介には構わず、真里菜は拡声器を持ってすっくと立ちあがると、叫んだ。
「戻ってくださーい!」
「どんどん行っちゃうよ…」
「戻ってきたら、いいものあげまーす!」
「あ。止まった」
ぬいぐるみたちは、ピタッと止まると、くるりと向きを変え、恭介と真里菜のほうに向かってずんずん歩いてくる。
「来ちゃう…」さらに涙目の恭介。
「紗由ちゃん、呼んできて!」
「は、はい」
恭介が、もたもたと走り出すと、その横をすり抜けるように、さらに言うなら、ぬいぐるみたちを追い越しながら紗由が走って来た。
「呼びましたか!」
「ぬいぐるみが勝手に動いちゃったの!」
真里菜に向かって歩いて来たぬいぐるみたちは、真里菜と紗由を取り囲むようにしてピタっと止まる。
そして、先頭にいた青い龍のぬいぐるみが言う。
「イイモノクレ」
「いいもの?」首を傾げる紗由。
「戻ってきたら、いいものあげるって言ってみたの…」真里菜が困り顔になる。
「ふむ」紗由はポケットからチョコを取り出し、もぐもぐと食べる。
「イイモノクレ」
「獣神さまたちから逃げて戻ってきたら、いいものをあげます」
紗由が言うと、きょろきょろと獣神たちを探すぬいぐるみたち。
獣神たちは、少し離れた場所で行われている聖人と真琴の四神ファッションショーを興味津々に見つめている。
現在、二人は青龍の衣装だが、着替えるために場を離れたのを見て、紗由は拡声器で叫ぶ。
「獣神さまたちにもうしあげます。かわいいファッションショーは、ぬいぐるみをつかまえた神さまだけが見られます。がんばって、ぬいぐるみをつかまえてください!」
拡声器を下ろし、目の前のぬいぐるみに言う紗由。
「逃げないと」
慌てて動き出すぬいぐるみたち。
再び拡声器を手にする紗由。
「つかまえた子は、神さまのよりしろになります。人間ともおしゃべりができます。かわいい子をつかまえてください!」
押し寄せてくる獣神たちに巻き込まれる恭介が泣き出す。
「たすけて!」
向こうから走ってくる奏子。
紗由も走り出す。
そして恭介のところで合流すると、特に合図をするでもなく、紗由は恭介の左腕、奏子は右腕をつかみ、走り出した。
足の速い二人に引きずられ叫ぶ恭介。
「たすけてーーー!!」
「たすけてますから!」
より速度が上がっていく二人と、泣き叫ぶ恭介を見ながら、真里菜はため息をついた。
* * *
獣神たちによる、ぬいぐるみ確保は、あっという間に終わった。
紗由に誘導されて、獣神たちは池の周りに集まっている。
清流旅館の青龍さまの弟龍に抱かれているのは、さっきの「イイモノクレ」と言っていたぬいぐるみだ。
「うちの青龍さまに“気のご寄付”をしていただきますと、ストラップを、ぬいぐるみちゃんたちにプレゼントします!」
紗由が指し示す方には、悠斗が大きなボール紙を持って立っていた。
「見本」の文字の下には、青龍、白虎、朱雀、玄武の4種類のストラップがかかっている。
「よろしくおねがいします!」
頭を下げる悠斗のほうにどんどん近づく獣神たち。
「イイモノ…」
ぬいぐるみにねだられたからか、兄への寄進の気持ちからか、寄付の一番乗りは清流旅館の青龍の弟龍だった。
一声雄叫びを上げると、池にいる兄に向けて、シャボン玉のような虹色の玉が降り注がれる。
「感謝」
青龍が玉を吸い込むと、紗由は青龍ストラップをぬいぐるみのお腹のポケットに入れた。
「イイモノ…!」
「ありがとう。兄者をよろしく頼む」
弟龍はそう言うと、裏山のほうに戻っていく。
他の獣神たちも同様に“寄付”をし、ストラップを受け取っては裏山へと向かう。
その間、紗由、真里菜、奏子、史緒はストラップを配るのに大忙しだった。
「腕がだるい…この後、フルート持てるかなあ」
ため息交じりの真里菜に奏子が言う。
「大地くんにヒーリングしてもらったら?」
「呼んできますね!」
史緒は、あっという間に駆け出して行った。
「奏子ちゃんより速いね…」紗由がつぶやいた。
「ところで紗由ちゃん、ぬいぐるみさんたち、どうして動き出しちゃったの?」奏子が尋ねた。
「たぶん、間違えちゃったんだと思う」
紗由の答えに、真里菜と奏子は大きく首を傾げた。
* * *




