その13
弥生は、弾から渡された封書を見て驚いた。
そこには、弥生の出身家である広幡の“水晶”を大祭に向けて伊勢に奉納せよと書かれていたからだ。
承知すれば、青龍を伊勢の癒し処から大祭の時だけ外出させるという。
「これって…どういうことですの? そもそも、青龍さまが伊勢から自分の宿に帰ることに制約はないはず」
「制約を急ごしらえしたようです」
「なせそんな…」
「どうやら…先日、紗由さまが記憶を封じた伊勢からの使い、彼の態度に伊勢の面々が警戒心を抱いたようでして…」
「警戒心?」
「黄龍さまと青龍さまの関係性と言いますか、そこにある何かを知りたいようです」
「どうしてそれで私に?」
「あなたは、翔太くんのためなら、どんなことでもするだろうと思われているのでしょう」弾がうつむく。
「そういうことですか…」ふっと笑う弥生。「相手の読みは当たっています。広幡の水晶は現在と未来を映すもの。優れた石の読み手がいるならば、こちらの状況は手に取るようにわかるでしょう」
「水晶は、今回の大祭のため…と言いますか、翔太くんのためにチューニングしてあるでしょうから、なおさら、向こうが知りたいことが筒抜けになります」
「青龍さまと黄龍さまの間に何があったのか、一条で何が起きたのか…が筒抜けということですわね」
「はい」
「翔太は、青龍さまに大祭時、お休みいただきたいと言っていました。ゆっくりご静養なさってほしいと」
「はい。そういう意味では、青龍様が大祭の時に伊勢にいらっしゃっても構わないのですが…」
「他にも急ごしらえなさったのかしら、規約を」
「大祭は真大祭に次ぐ清流旅館のイベント。それを行えない場合、改めて伊勢に引き上げさせ、別の龍神を配すると」
「伊勢には労働基準監督署がないのかしら」ため息になる弥生。
「華織さまも、そのようにおっしゃっていました」
「その華織さんのご意見は?」
「水晶を伊勢にお渡しいただきたいと」
「渡す!?」
思いもよらない華織の答えに、弥生は絶句した。
* * *
弥生は、どうすべきかを考えあぐねていた。
“清流にいると考えがまとまらないわ…”
買い物に行ってくると言って、弥生は清流旅館を出た。
裏口から出た弥生が、表通りに出た時、旅館の前に黒塗りの車が停まり、そこから一人の男性が降りてきた。
“あの人、伊勢の奥の…”
弥生は急いで通りの向こうに渡ろうとした。
そこに白い仔猫が走ってきて、弥生の行く手を塞ぐ。
「びゃっこちゃん…?」
「そっちじゃない、こっちだ!」
そう言って走り出す、びゃっこちゃん。
「え? え?…」
訳が分からないまま、びゃっこちゃんの後を追って走り出す弥生。
旅館の裏手にある商店街にたどり着いた。
びゃっこちゃんを抱きかかえ、商店街を通り抜けていく弥生。
その先の公園のベンチに腰を下ろすと、びゃっこちゃんに尋ねる。
「あなたはもしかして…白虎さまですか?」
「いかにも」
「びゃっこちゃんは依り代なんですね」
「そういうことだ」前足で顔を洗うしぐさをする白虎。
「まあ…ネコちゃん、そっくり」
「…ネコだからな」
「助けていただいて、ありがとうございました」白虎をなでる弥生。
「そなたも難儀じゃのう」
「まさか、大祭前に行うおまつりにも難癖を付けにきたんでしょうか…」
「狙いはそなたの水晶だ。重治のお別れ会に難癖を付けるわけにはいくまい」
「華織さんのおっしゃるように、水晶を渡した方がいいのでしょうか…」
「そうだな」
「そうですか…」ため息をつく弥生。
「青龍の気が足りなかった時の補助具と考えていたのであろう?」
「はい。翔太も最近、気が不安定ですし、それにも対処できるようにと、調整を続けてきました」
「苦労して調整したのはわかっているが、一度全部クリーニングするがよい」
「全部…ですか?」
「そうだ。水晶の中にある記憶と物語を書き換えて伊勢に渡せ」
「書き換えると言われましても…」
「内容は、華織から預かっておる」
「華織さんから?」
「さきほどは、使いの者が参るゆえ、備えたのだ。下手な会話をすると、その内容と念が残る」
「そうだったんですね…ありがとうございます」
「この内容と手順に従い、進め、戻ってから使いの者に渡すがよい」
白虎は自分の首輪を前足で触れる。そこには手紙が挟まれている。
「その書は30分程度で消える」
「承知いたしました」
弥生は神妙な顔で、その内容を読み始めたが、しばらくすると笑い始めた。
* * *




