第7話 謁見の間
2018/11/3:改稿(冗長な部分を削除)
2018/11/4:修正(まだ修正予定)
*注があります
「ね、眠い……」
「ほんと、すごく疲れてるね、お兄ちゃん。大丈夫?」
しかし、ひどい疲れようだ……。
元の世界で、年度末に報告書作ってたときに匹敵する疲労度だわ。
年度末は。報告書の締切や、次年度の遺跡の予備調査、予算や決算で、毎日徹夜状態が続くんだが、それと同じくらい疲れた。
しかも元世界とは違って、手伝ってくれる人たちもいない。
こちらの文字を書けんのか?という大問題も、内心あったけれど、それはそれ。
ネルの一部が俺の中にいるおかげで、ちゃんと文字を書くことができた。
でも字が汚いのは、残念ながらこちらの世界でも一緒だった。
それにしても、まだ明るくなってきたばかりなのに、ネルは早起きだな。
「ん。おはよ、ネル。早いね」
「にゃはは!よく寝たし。お兄ちゃんも早いね」
「ああ。ちょっとやることがあって、あんまり寝てないんだ」
「無理しないでね、お兄ちゃん」
「ありがとう、ネル。ところでルルは?」
「まだ寝てるかも。起こしてこようか?」
そう言うと、ネルはさっそく羽根をパタパタさせながら、ルルの部屋の方へ向かった。
その間、俺は念のため作った打ち合わせ資料の見直しをした。
まあ、ぶっつけで何とか形にはなったかな?
「で? ユキテル、できたのか?」
目の前には、人の部屋の扉を勢いよく開けたドS少女ことステラが、立っていた。
「おうよ!ほれ、このとおり」
俺はできあがった資料を、これでもかとステラに突き出した。
その資料をパラパラとめくったステラは、フンと鼻を鳴らして、俺に返した。
「…… ま、まあ、いいんじゃない? ネル! ルルは起きたかな?」
「…… そんな大声出さなくっても、起きたわよ…… ステラ」
ふわわっとあくびをしながら、ルルがやってきた。その後ろにはネルは、どう?って感じで小さい胸を誇らしげに張りながら、一緒に俺の部屋へと戻ってきた。
「お。 ネル、ありがとう」
「うん」
ルルを起こしてくれたことを、褒めると嬉しそうに満面の笑みでうなづく。
「さて。 じゃ、打ち合わせしちゃうか」
「はい、はい。図書館職員様」
「返事は1回!って、どの世界でも同じでしょ!」
そこのショートヘアで睨みつけてる図書館職員も、ネルの素直さを見習ってほしいよ……。
打ち合わせは、まず俺の説明からはじまった。
まず地図にもとづいて、遺跡のありそうなところを歩く踏査という作業が必要な事。
踏査が終わったら、試しに掘ってみる予備調査をすること。
予備調査が終わったら、その結果にもとづいて、本格的な発掘調査をすること。
それらをひとつひとつ、かいつまんで説明した。
「あの、ユキテルさん?」
「ん?質問かな?ルル」
「は、はい! 遺跡のありそうなところを歩く踏査って、手間なんじゃないですか?」
「実際に昔のモノが落ちてなきゃ、そこに遺跡があるってわからないじゃない。それに場合によってはその場所に、昔の住宅や神殿の痕とかを見つけられるかもしれない。だから直接行って確かめるんだよ」
「なるほど。わかりました」
「おい!ユキテル! なんで2回も掘るんだ? 二度手間じゃないか?」
「予備調査がなんで必要かってことだろ?ステラ」
「ああ、そうだ」
ステラは口を尖らせて不満そうに頷いた。
「本番の発掘調査って、すごくお金かかるんだよ。で、いきなり下の方から予測しなかったモノが、いくつも出てきたり、違うモンが出てきたりすることがあったら、お金も人もどのくらい必要になるかわかんなくなるんだ。だから、試しに掘ってみて、だいたいどのくらいのお金と人がいるのかを考えるんだ。それが予備調査ってやつだ」
「なるほど……。むやみに掘らないってことか。賢いな!意外と」
「賢くなかったんかい。俺は?」
「ユキテルさんも、ステラも、ほら、時間ないから喧嘩しないで……」
よけいなことをお互いに言い合って、睨み合ってるステラと俺の間に入って、おさめようとするルル。彼女に免じて、ここは大人しくするか。
「わかったよ。ルル。で、あとはわからないことはあるかな?」
「お金のこととか、予備調査でわかるだろ?」
「そうだよ。ステラ。ただし、予備調査の前に、地図作ったり、歩いたりしなきゃならないから、そっちのお金や人をどうするかだな」
「なる。じゃ、今日、これから国王に謁見して、まずお伺いしてみるのは、予備調査の前の段階ってことだな」
「そうなる。って、俺が国王と話するのか?」
「いや、安心しろ。あたいが、国王にお伺いしてみるから」
内心、ここの偉い人と話しなきゃならんかと思って、冷汗出していたが、こいつが仲介してくれるようだから、ちょっと安心した。
***
朝食後、俺達はルルの<移動魔法>で、王宮の中庭に向かった。何でもルルはいつも中庭へ転移してくるように言われているのだとか。
王宮の中庭は、これまた大きな噴水があった。帝都アルス中央広場の噴水よりでかいかもしれない。
物珍しげに俺が、あっちこっち見てると、兵士が数人やってきて、そのまま謁見の間に通された。
「わ、私は小林雪輝と申します。ほ、本日は、え、謁見の機会を……」
「ユキテル殿、お顔をあげてくださいませ」
「へ?」
俺はつい素っ頓狂な声をあげて、玉座の方を見た。
そこには、完璧な造形の美しい少女が鎮座していた。
金髪で出てるところは出てて、引っ込んでるとこは引っ込んでるし、ほぼ完璧すぎる。よく見ると、耳が長い。あ、いわゆるエルフってやつか。でも美しすぎる……。
そしてギリシャ彫刻のような少女は、にっこりと微笑むと、鈴がなるようなきれいな声を、俺にかけてきた。
「ユキテル殿、この度はこちらの世界でお仕事をされることを、選択してくださいまして、誠にありがとうございます。このジェシカ=エンリル。王に代わり、篤く御礼申し上げます」
「お、王女様、これは誠にもったいないお言葉。ありがとうございます」
ぼうっとしている俺の横で、ルルがお礼の言葉をのべた。俺もルル同様に慌てて、頭を下げる。
「ところで国王陛下はいずこに?」
そう、ステラが尋ねると、ジェシカ王女は、ちょっと小首を傾げて応えた。
「ああ。陛下はもうすぐお戻りですよ。……あ、ちょうど今戻られたようです」
背後の方で慌ただしく、バタバタと大きな音がしたと思ったら、ちょっと太い足が、俺の横を通り抜ける。フッと風が通り過ぎたかのようだ。
「悪かったな。ジェシカ。遅くなっちまったわ」
あははと豪快に笑う方を見ると、筋肉隆々でいかにも体育会系ですと言わんばかりの男が、王女の代わりに玉座に座ろうとしていた。
「お前がユキテルか?」
顎ひげに手をやり、俺の方を品定めするかのように見つめる。歳は俺と同い年くらいかな?
「はい、私が小林雪輝です」
「ほほう。大巫女が選んだだけあって、なかなかの男じゃないか。 儂はギャロウ=エンリルというものだ。縁あって、この西帝国で国王をやっておる」
「陛下、この度はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。」
「ああ、そういうかたっ苦しい言葉は使わんでもいいよ、ユキテル殿」
唖然としている俺を見て、爆笑しながら、その国王は言った。
「なあに、儂はおかたいのが好きじゃない。それに……」
隣に座っている王女の方を、ちらりと眺めてから言葉を繋いだ。
「それに儂はお前が気に入った。家族同然と考えていい」
俺はその時、国王が何を考えていたのか、思いもよらなかった。
ただ隣りにいるルルが、その国王の言葉を聞いた途端、ピクリとした。
現実の考古学の調査も、ほぼ次のように進めます。
歩いて遺跡探しー>予備調査ー>予算作成と申請ー>本番の発掘調査ー>整理ー>報告書作成
もちろん期限も使えるお金のリミットもあり、特に期限はキツイです。
そういう世知辛い実情も、ちょっと知っていただきたく、ここではリアルに書いてみました。