第5話 図書館ショートヘア少女と小競り合い
「くわしい地図?…… しかも地形が書いてないとダメなのか?」
「はい。 ダメですね」
と、あっさり俺はステラに冷たく言い返した。
「なんでだ? 地図みてるだけじゃ、わかんないんじゃないか?」
ステラのその疑問はもっともだ。
でも考古学の基本のキは地図だ。
そこんとこ話しておかないとな。
「地図から地形が読み取れれば、ある程度、遺跡のあるなしがわかるんですよ。 それに今までわかってる遺跡の位置を地図に書き込んでいけば、もっとあるかないかが推測できるんですよ」
「へえ。 そういうもんなのか……」
「そういうこと。 だからまず、この国全体の地図をください。貸し出しだけでも十分ですよ」
ここは西帝国附属魔導図書館の閲覧室の一角だ。
昼食をとってから、突然、この高飛車少女…… じゃなくって…… ステラに呼び出だされた挙句、イチャモンをつけられたため、これからの仕事の見通しというか計画を、3人で話し合ってるところだ。
「で? 地図はないのかな?」 俺はこれ見よがしに、肩をすくめてみせる。
「…… な、ないよ…… 全体の地図なんて……」
「へえ。この立派な図書館にも、地図ないんだあ」
「ぜ、全体の地図はないって、言ってるの! 部分部分はあるわよっ!」
「部分部分? 何それ? 地図の意味あるの?」
「ま、まあまあ。2人ともそんなに熱くならないで……」
「そうそう。遺跡がたくさんあるんだったら、お兄ちゃんもステラもさあ、焦ってもしかたないよぅ。 気長に気長に」
真っ赤な顔をして反論するステラと俺を、まあまあと割って入ってきたのがルルとネルだ。
だんだんと俺とステラの距離が互いに近くなり、喧嘩腰になってきたので、何とかしなきゃと思ったらしい。
まあ、さすがに歳下の女の子にムキになることもないや……。
ちょっと深呼吸して、冷静になった俺は、ステラに尋ねてみる。
「…… で、ステラ。 部分部分の地図しかないって、どういう意味?」
「…… 元々、それぞれの街が、勝手に自分たちの周囲の地図を作ってきたんだ。それで街周辺の地図は個別にあるんだけど、一つにまとまったものってないんだよ」
「ほおぅ。地形もそれぞれの街周辺というか、自分たちに影響あるところについてはあるってことかな?」
「そういうこと」
ステラも少し冷静になったようで、ふぅとため息をつきながらも応えた。
「じ、じゃ、ステラもユキテルさんも、ネルもせっかくだから、お茶にしましょう?」
「…… ルルの言う通りか……。じゃ、ルル。ちょっと手伝ってくれない?」
「いいわよ。 じゃ、ネルもユキテルさんも、ここで待っててね」
そう言って、手を振りながら、ルルはステラとお茶の用意をしに、奥の方へ行った。
「ねえ。 お兄ちゃん?」
「どうしたの? ネル」
「なんか不安?」
「ああ、ちょっとね……。 なんでわかったの?」
「さっきから、本棚の方をずっと見てて、眉間にシワを寄せてるから」
「うん。 そもそも俺、文字読めるのかなって思ってさ……。 大層なことをステラに言ったけど、資料を読めなきゃ意味ないからさ……」
「あ、そういうことなら安心して! こうやって会話できてるんだからさ。 読めると思うよ」
「そうなのか?」
「だったら、お兄ちゃん、試してみれば? そこに本あるんだしさ…… ね?」
「ほい! これでどうかな?」
にっこりしながら、ネルは本棚から本を一冊抜き出すと、ポイっと俺に放り投げた。
受け取った本は、思ったよりもずっしりとしていて、装幀もかなりしっかりしている。それに古書特有の汚れも少ない。性格悪いけど、ここの図書館職員は意外としっかりしてるな……。
俺がその本をめくると、古代エジプトのヒエログリフか、マヤ文字のような絵文字が、目に飛び込んできた。そう思ったのはつかの間、すぐに頭の中に、日本語としての情報が流れてきたのだ。
どういうしくみになってるんだ……。
「ほえ? 読めるわ……。 すごいや、ネル!」
「ふふん。 そうでしょ、そうでしょ。 ほめてほめて」
「よしよし。 って、ほんとにネルの一部が、俺の中にあるのか?」
「うん! そうだよ。 こっちに来るときに、溶け込ませちゃった。どこで何してるかもわかるよ」
「…… う。それって……。 風呂に入ってる時も、トイレの時もか?」
「あ、大丈夫! お兄ちゃんのプライバシーは守るから!」
「ほ、ほんとだろうな……」
にこにこしているネルを、疑惑のジト目で見ていると、ルルとステラが、お茶セットを持って戻ってきた。
「は、はい…… ユキテルさん。 お口に合うかどうかわかりませんが、帝都アルスの銘菓なんですよ、これ」
「あ、ありがとうございます。ルル」
お茶セットをテーブルに置くルルの頬が、心なしか赤くなってるし、ちょっと挙動がぎこちないけど?何かステラとあったのか……。
そんな俺とルルの様子を、面白そうに眺めていたステラは意味ありげに、にやりとすると、とんでもないことを口走った。
「で、2人はもう寝たのか?」
「おい……。このショート女子、何を突然、口走るんだ」
「別にぃ。だってこのご時世、男女2人が一つ屋根の下で寝ればやっちゃうぞ」
「一緒に寝ようって、ルルと僕が誘ったんだけどさ。 お兄ちゃんもルルも、恥ずかしがってダメだったんだ」
「…… こ、こら! ネルったら……」
昨夜のことを話そうとするネルを、両手を振って全力で止めようとするルル。
そんな俺らの様子を見て、ステラは、にやにやと意味ありげに目を細めていた。
「な、なんだよ。 ステラ」
「いや、もしかしたら、ユキテルは女性経験がないのかな?と思ったから」
「ち、違う……。 あ、あるわい」
「へえぇ。 赤くなってるけど?」
…… 図星だった。
だいたい、遺跡調査なんて仕事をしていると、そんな機会はほぼない……。
自分でも顔が火照ってるのがわかる……。 こんな高飛車ショートになんぞ、弱み見せてられるか……。
ぐぬぬ…… 俺は逆転を狙って、ステラの節操のなさを突くか……。
「ど、どうしてそんな風にすぐ寝るとかってなるんだ? おかしくないか? よほどステラはフリーダムなんだな」
「ん? 簡単なことさ。だって男性が少ないから!そういう機会もなかなかないから」
「…… 男性が少ない? なぜだ?」
「この国…… いや、この世界全体か、私たちの前の世代に大きな戦争があったんだ。 それで男性の大半がいなくなったんだ……」
「…… そうだったんだ…… って、それでも男性が数少ないからって、いきなりはないだろ? いきなりは?」
「あはは! まあまあ、いいって!」
笑って誤魔化してるな、さては?
ステラにつられてか、ルルやネルも『アハハ』と苦笑している。
ま、いいか…。
「おい! ステラ。 それはともかく、地図のことは?」
「おお! そうだった! ま、それぞれの街と周囲の地図は、地形を含めてあるよ。 ただ街と街の中間は街道周辺のしかないね」
「…… ちぇ。 じゃ、あとは現地調査しながら、地図作っていくしかないのか……」
「へ?……」
「ユ、ユキテルさん……」
「お兄ちゃん……」
俺が独り言のようにつぶやいたことに、呆れたと言わんばかりに、皆がぽかんとする。
そんなに難しいことじゃないんだけどな。 それに都市周辺あたりとか、既にある程度あるわけだし……。
「ん? 変か?」
「だって地図作るって…… そんな簡単にできないぜ」
「できるさ。 それに地図は遺跡調査では重要だよ、ステラ。 調査前も調査後もだ」
「ち、ちょっと待って、ユキテルさん。 それって実際に歩きながら、地図を作っていくってこと?」
「そういうことだよ。 ルル。 器材や準備は必要だけれど、実際の調査でも、そうやって大なり小なり地図を作りながらやっていくんだ」
「わあ! すごいや! ユキテルお兄ちゃん!」
「…… で、器材もないし、人もいないんだが……」
目を輝かせてるネルとは、正反対に冷ややかな目で、俺を見つめながら、ステラはボソっと言い放った。
「…… 器材も人もいないってことは、まずはそこからってことか」
「そういうことになる」
ハッキリと告げるステラを見ながら、俺は思わず頭をボリボリ掻いた。
まあ、ここは<ヘブンズホールド>だからなあ……。 ちゃんと準備して、自分で段取りしないとダメだな。
「わかった!じゃ、これからいろいろ準備するよ。まずはこの大層な図書館にある地図を全部出してくれ」
「…… な、全部って…… どれだけあると思ってるのよ!」
「まあまあ、俺も手伝うし、きっとルルやネルも手伝ってくれるさ」
「「「えっ!」」」
呆れたようにあんぐりと口を開ける彼女たちに、さも当然のように『やる』って、勢いで言ってしまった。
まあ、しかたない。なんとかなるでしょ、きっと……。