第4話 帝都アルスと図書館ショートヘア
帝都アルス。
ルルの話によれば、ここは西帝国の西海岸のほぼ中央にある街で、他国との交易のための港や学園、商店街、役所、そして王宮などがあるそうだ。街はルル達といた神殿とは、少し違って緑が少なく、その分、高層の石積みの建物が目立っている。
中央広場には、樹木やエルフ達をモチーフにした噴水があったりして、ルルのような深緑の髪をした家族連れや、猫耳のカップルらしき若い男女たちが、思い思いに行き交い、賑わっていた。
猫耳見たときは、ちょっと嬉しいやら、驚くやら。
なんせメイド喫茶や年2度行われる祭典でしか、お目にかかったことなかったからね。
異世界に来たのだなと、あらためて実感したよ。
広場の周囲には、様々な種類の屋台や店舗が立ち並んでいる。そんな一角のお店の中で、今、俺はルル達と一緒に、衣服を物色している最中なのだ。俺のいた世界とは違って、服は簡素なものが多く、普段着といっても、布か皮製の貫頭衣のようなものがほとんどで、その上から、分厚い布や毛皮のマントやローブを羽織るっていうのが、基本形らしい。
「ねえねえ、お兄ちゃん! これなんか普段着にいいよね」
「う。 それ、黄色すぎて、派手じゃないか!」
「じゃ、あの赤いやつはどうかな?」
「…… ネル、俺、そんな派手なやつは苦手だよ」
「ネル、貴方の服を選んでるわけじゃないんですよ? ちゃんと貴方用のも買いますから……」
ハイテンションなネルと一緒になって、ルルは服を探してくれていた。ちょっと着やすそうな服を見つけた俺は、履いていた作業ズボンのポケットに手を突っ込んだ。ポケットのなかには、700円也。足りないな……。
で、もっと重要なことに、今更ながら気がついたので、冷や汗を流しながら、ルルの耳元に囁いた。
「…… あ、そういえばお金、使えないよね……」
「…… そ、そうでした。今回は私が出しますね。 お仕事するようになれば、お給料もいただけるようになりますし」
当たり前だが、ここじゃ、俺の持っているお金は使えるわけがない。別世界の貨幣だもんな。頭をぽりぽり掻きながら、俺は申し訳なさそうに頭を下げる。
「え? 給料出るの?」と、ちょっと意外だと思ったので、尋ねてみる。
「ええ、もちろん出ますよ。 これから国あげてのお仕事になるようですし」
げ! 国家プロジェクトってことか……。
うかつに受けてしまったけれど、ま、まあ、なんとかなるだろ……。
ルルが俺が選んだ服を買ってくれている間、ネルは好みの服を選んで、俺の前に持ってきた。
「ねえねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃん! これなんかどうかな?」
「ぶっ! そ、それ、女の子向けだと思うんだけど? ネル!」
「え――! 男の子でも女の子でもないもん。 将来、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだから、いいでしょ?」
「な、何を言い出すのやら……。 俺はロリコンでも、ショタでもないよ!」
「ろ、ろりこん? しょた?」
「ほらほら、ネル! ちゃんとそれも買ってあげるから。 その服もお会計してきてあげるわよ。」
ちょうど会計から戻ってきたルルは、苦笑しながらも、ネルと一緒に店員さんのところへ行った。ルルとネルって、こうやって見てると、まるで姉妹のようだな。
結局、その後、俺たち3人は、中央広場にある露店街を幾つか巡り、とりあえずの買い物を済ませた。
噴水近くの屋台でイカぽっぽ焼風の昼食をとっていると、真っ赤なセキセイインコのような鳥が、どこからともなく飛んで来て、ルルの肩にとまった。
「あら?ステラの使い魔だわ。何かしら?」
「…… ルル! 遺跡を調査できる方を連れてきて! 遺跡を調査できる方を連れてきて!」
そのインコのような使い魔が叫んだ。ルルは目を細めて、使い魔の頭を撫でながら言った。
「ごめんなさい。急だけど、これから附属図書館のステラ=エンバレットが会いたいそうだから、ちょっと附属図書館に寄っていきましょう」
「え? ルル、これから?」
「ええ。残念ながら……。 これからのこともあるので、ご挨拶ってところね」
「ええぇ! 僕、もっと一緒にお買い物したいのにぃ」
俺もネル同様、まあ、とりあえずの買い物は済んだものの、ネル同様、もうちょっと街の中をぶらつきたい気持ちがあったからだ。
「…… ま、まあ、しかたないよね……」
「残念……。 せっかくの……チャンスが……」
「また幾らでもアルスには来れますよ……。 ネルもユキテルさんも私の手を握っていてくださいね」
何やらブツブツいうネルの頭を撫でながら、ルルは苦笑しながらも、俺たちを中央広場でもそんなに人がいないところへ移動を促した。
そして移動のための呪文を朗々と詠唱しはじめる……。
『汝、ウエストルよ! 我、巫女ルルの名において命ず。これより彼の地へ我らを導きたまえ! ゴウ テル ビブリオテケ!』
呪文を唱え終わると、何もない空中から突然、魔法陣が現れて、俺たちを包み込むようにゆっくりと回転しながら降りてきて、次の瞬間、俺たちは軽いめまいのような浮遊感を感じた。
……。 ん? ここって?
めまいが収まり、目を凝らしてみる。
すると、さっきまでいた中央広場の賑やかさは失せていた。
その代わり、周囲には古めかしい装幀の書籍が入った棚が円形に幾つも整然と並んでいたのだ。それも、ここ1階だけじゃなくって、何階あるのだろうかと思われるほど、天井まで何層も階が続いていた。… でかいし、広い!
大量の書籍や古色蒼然とした雰囲気に圧倒されていると、真っ赤なインコ風の使い魔が、深緑のショートヘアの女性の肩に乗った。
そして、カツカツとブーツの足音をたてて、そのショートヘアの女性が俺の前に立った。
「はじめまして。貴方が大巫女が選んだ方ですね?」
「は、はい……。 は、はじめまして、小林雪輝と申します」
「ふ-ん……。 ルル! こんなのでいいの?」
その深緑ショートの女性は、俺をしばらくジロジロと上から下まで見渡すなり、ルルに口を尖らせながら、そう言い捨てた。どうやらお気に召せないらしい……。
「ステラ! いくらなんでも初対面の人に、そういう態度はないんじゃない?」
「あたい、こういう何だか優柔不断そうな男、嫌いなんだよな」
「…… もう! まだ会ったばかりじゃない。 仕事だって、はじめてもいないのに……」
「そうだよ! ステラ! ユキテルお兄ちゃんはいい人だよ。僕がずっと見てきたんだから!」
涙目になるルルにネルが加勢する。
「はあ? いい人? そんなの仕事しにきたんだから、関係ないよ」
そう言われて、頬っぺたを膨らませて、不満そうなネルの頭を撫でながら、ルルもちょっと口をとんがらせて、
ステラと呼ばれている深緑ショートヘアの女性に言った。
「…… もう! ほら! そんなこと言ってないで、ご挨拶くらいしてよね? ステラ?」
「ちぇ。 面倒だな。 あたいはステラ=エンバレット。 ステラでいいよ。 コヤバシ…… なんだっけ?」
「あ、ユキテルでいいですよ」
俺の自己紹介なんて、ロクに聞いちゃいなかったらしい。
というか、ざっくばらんとした感じなんだな…… 現場の親父さんっぽいや……。
内心、ちょっと苦笑する。
「ユキテルねえ…… わかったよ。 で、あんた、何を最初にするつもりだい? この西帝国内だけでも広大だし、わかってるだけで数千以上の遺跡があるんだ。どうやっていくつもりだい?」
「まず、この西帝国内の詳細な地図が必要かと思いますよ。ステラさん」
「ちっ。 さん付けしなくていいぜ。面倒くさいから」
「…… ステラ。まず、地形を含めた詳細な地図はありますか? その地図に、今わかっている遺跡の位置を全て記入するところから、俺ははじめます!」
こうして、西帝国附属魔導図書館司書ステラと、大巫女ルル、俺をお兄ちゃんと呼ぶネルとで、最初の遺跡調査へ向けての第一歩がはじまった…… ような気がする。