第36話 孤独な月の男の物語
『孤独な月の男』—— それがその童話のタイトルだった。
さすが多くの人たちに親しまれてる物語なだけあって、ステラから渡されたその書物は、ぼろぼろだった。
この本をステラに持ってきてくれるように頼んだのは、フェン遺跡で見つかったムーンチャイルドのことが気になっていたからだ。
あれだけのものが作れる技術がかつてあったとするなら……。
これまで発掘してきた遺跡から出土したものも説明がつく。
作業台に座って、ページをめくると古紙の香りがしてきた。
内容は大体、こんな感じだ。
【ある日、どこからか男がきました。
その男は黒髪と黒い瞳で、言葉がまったく通じなかったのです。
どこからきたのか?と身振り手振りで尋ねると、彼は空を指差しました。
きっと月からきたに違いない……。そう人々は噂するようになったのです。
彼は1人で生活をするために様々なものを作りました。
それらの道具は彼がいた世界のものだといいます。
ほとんど人との接触を持たなかった彼は、寂しい思いをしておりました。
そこで幾年もかけて、あらゆる智恵と大樹の魔法を使って、1人の少女を創りました。
その少女は非常に美しく、自らを創った男をとても愛しておりました。
ところがある時、この少女の噂を聞いた黒霧の王が少女をさらっていきました。
男から離された少女は激しく抵抗し、ありったけの力を振るいました。
その力でこれまで平地だったところに山脈や湖ができてしまいました。
それほど少女の力は恐ろしいものだったのです。
少女の怒りと抵抗はなかなか収まらず、男が少女を留めることでようやく収まりました。
男の元に戻った少女は、男が時々、空を見て泣いている姿を見てしまいました。
少女は男の事を想うと、自分も悲しくなり、空へ戻れるように男に魔法をかけてしまいました。
男が空に戻ってから、少女は毎日のように空を見上げては、哀しみにくれておりました。
その後、少女はいつの間にか姿が見えなくなってしまいました……】
民俗学でいう典型的なマレビトだな……。この童話の男は。
マレビトが超常的な力を持ってることは、いろいろな神話や民話にあるから、別にこの物語の男がそういう力を持っててもおかしくはないな。
それにしても……この童話の少女は男が戻ってからは、たった独りでいたのか……。
男は戻ってから、この少女のことが心配にならなかったのだろうか?
……想像に過ぎないけど、きっと残してきた少女のことを考えていたんだろうな。
お互い会いたくても会えない……。悲しい結末だ……。
***
「おい!ユキテル。読み終わったか?」
本から顔をあげると、ベッドの縁でお茶をしていたステラが声をかけてきた。
ターニャも時々、ステラたちに笑顔を見せている。
「ああ。読み終わった……。この童話って続きはないのか?ステラ」
「続きねえ……。うちら樹人族の起源の話と、その童話が繋がっているって、研究ならたくさんあるぞ?」
「ん?樹人が?どういうことだよ」
「なあに。その少女が大樹の魔法から生まれてきたってあっただろ?」
「……ああ、あったけど?それがどうしたわけ?」
「男が大樹の魔法で創った子自身が、うちら樹人族の祖って考えてる学者が多いんだぜ?」
「……ユキりん……その話なら、私も聞いたことがありますよ」
「私もです。ユキテルさん。樹人族の起源については、大抵、そう教わるんです」
ターニャもジェシカもステラに同意する。
ただの学説っていうより、一般にそう信じられてるわけか。
「ん?あれ……?ステラ……。そう言えば、発掘してきたフェン地方って、確か樹人発祥の地なんだっけ?
「まあそう言われてるな」
指で頬をぽりぽり掻きながら、ステラは応えた。
ん?じゃあ、この童話って、実は真実が混じってるんじゃないのか?
神話や伝説に何らかの事実があるのは定番だぞ……!
「じゃあ、フェンで発掘してきた奴って、この童話にまつわるものじゃないのか?」
「……ユキりん……。あのムーンチャイルドがそうかもしれないね」
ターニャがにっこりと俺に微笑んで同意すると、ステラが不満そうに口を尖らせながら、反論してきた。
「んなことないだろ?童話の中の少女は、その後は行方知れずだぞ?」
「う——む。ただの物語に過ぎないのかなあ……やっぱり……」
童話『孤独な月の男』が史実を反映してるものだとしたら、いろいろと説明がつく。
そもそも、これまで発掘で見つかった機械の部品のようなものは何なのだ?
「えっとさ。ちゃんと調べてみないとわからないんじゃないか?」
「……うむ。まあ、それが学者の態度だな!」
「うん……ユキりん……」
「私も調べてみたいです」
結局、実際に調べてみるということで意見が一致したのだった。
***
フェン遺跡から出土した人の形をしたものは2つある。
一つは明らかに機械で作られている人の形をしたもの。
二つ目がターニャがムーンチャイルドと呼んだ、筒の中に入っていたもの。
どちらもバラバラに壊れているが、大きな違いがあった。
「ねえ……ユキテルさん。こっちの方は歯車見つからないし、チューブもないわ」
「ユキりん……。ジェシカの言う通り、これ、気持ち悪いよ?死体みたい……」
「ああ。必要なら分解してもらっても構わないよ」
「え——!さすがに気持ち悪いです……ユキテルさん」
ジェシカとターニャに調べてもらっているのは、筒の中に入っていたものだ。
どうやら、かつては生きていたかも知れない。
一方、ステラとは、歯車とチューブだらけの方を調べていた。
「ユキテルさあ……。これ、複雑で興味深いな。どうやら動いてたらしいし」
「……ん——。どうだろうね。複雑なことはできないように思うけど?」
「そうだな……。この手首の部分は回転できないしなあ」
「さすがだな!伊達に身体強化してないわ!」
「何を——!お前も少し下半身の身体強化しとけよ!」
「ステラ?それは足腰か?それとも夜の方か?」
「てめえ……。ユキテル!も、もちろん、よ、夜の……」
次第に小声になって、急に顔を真っ赤に染めはじめたステラ。
夜の方と聞いて、ジェシカたちが目を輝かせて側に寄ってきた。
「あの、ステラさん……ユキりんのソレって魔法強化できるの?」
「……ごくり……。ユキテルさんのソレの強化……」
「もちろん!みんなその方がいいだろ?」
……王女様、そういうところで生唾飲まないでくださいな……。
こっちはソレの強化より、ガラスの腰を強化しないと……。
「おい!ユキテル!満場一致で、今夜からお前のソレの強化をするぞ!」
「わ、わかったから……。今夜からな!その前にちょっと石碑、写し取ったやつを拡げるのを手伝ってよ」
「「「やった——!」」」
すっかり今夜の事で、盛り上がっている姦し娘たちに何とか手伝ってもらって、作業台に石碑の資料を拡げた。
***
フェン遺跡のはずれにあった石碑の文字は、現地でも確認した通り、古代中国で使われていた甲骨文字そのものだった。
「これさ、前、アルス北部遺跡でお前が解読した石版と同じだな」
「さすが図書館勤務だな!覚えてたか」
「……アルス北部遺跡って、あのダンジョン?ユキりん」
「そうだよ。ターちゃん。あそこの遺跡もフェン遺跡と同じような感じだったろ?」
「あ……。そうだね……」
「私も全体的によく似た遺跡だと思います。ユキテルさん」
「ユキテル……!ひょっとしてさ、アルス北部遺跡とフェン遺跡って、作られた年代が近いんじゃ……」
「うん。ステラ、俺もそれは考えてる。で、帝都の外壁って、いつ作られたんだ?」
「……ええっと……。陛下や母から聞いた話だと、3世代前の人たちが作ったってなので、ちょうど九千年前でしょうか……」
「ええと、ジェシカ……。それじゃ、君たち樹人って三千年は生きるって事?」
「はい!そうですよ。ユキテルさん……だから、単純な年数から言えば、私たちの方が、ユキテルさんよりもお姉さんなんですよ?」
最初にルルに千年以上待ってたって言われたけど、改めて長生きだわ……。
「で、ユキテル!これも読めるんだろ?」
「ええと……。これさ、アルス北部遺跡と違って、当て字なんだよ……ん?あれ?」
「どした?ユキテル?」
「…………あ!あははは!これ、日本語だ!あははははっ!」
「ニホンゴ?ユキりん、ニホンゴって何?」
この石碑の文章……。何だか読めないなあと思っていたら、何の事はない。
懐かしい故郷の言葉……日本語だ……。
まったく予想もつかなかった事に、思わず笑ってしまった。
「あはは……。ターちゃん。これさ、俺の故郷の言葉なんだ……」
「え……?どういう事だい!ユキテル!」
「ステラ……俺が聞きたい……。俺以前に誰か召喚したの?」
そう。これは俺以前に、誰か日本人を召喚したって事だ。
「いいえ……。ルルからも聞いてないし、王宮にもそのような記録はないよ」
ターニャは首を横に振りながら応えてくれた。
彼女は元・王宮魔術師だから、そういう情報も知ってるだろう。
……ルルも知らないし、王宮にも記録がないって……どういう事だ?
召喚されたわけじゃないのか……。
「と・こ・ろ・で!ユキテル!読み終わったんだろ?」
「ま、まあ……ね」
「じゃ、みんな……これからユキテルのソレを強化しようか?」
そう言いながら、にじり寄ってくる3人娘たち……。
目の色が尋常じゃないぞ……。なんか血走ってるし!
「ま、待て!みんな!落ち着け!」
「大丈夫ですよ……ユキりん。優しくします……」
「わ、私も優しくしてあげます!」
「ふふ。あたいが最初の頃のように、優しくしてやるぜ?」
「ま、待て——!みんな!早まるな!」
まったくこちらの言う事なんか、聞きもしない娘たちに全裸にされてしまった……。
や、優しくなんかないぞ……。お姉さんたち……くすん……。




