第2話 つい成り行きと思いつきで
ここは深緑の光が優しく溢れる、ルルの神殿の中。
その神殿の中で、目の前には、緑色のロングヘアをしたルル。そして、俺の膝の上に、ちょこんと乗っかって、嬉しそうに羽根を震わせているネルがいる。
これから、ルルが話があるということだったので、3人でテーブルについたところだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「こらこら、ネル。ユキテルさんに甘えないの」
このネルって子は、妙にテンション高いな。
何が嬉しくて、俺の膝上にいるんだ?
そりゃ、子どもは好きだけどさ。
「えへへ。だってユキテルお兄ちゃんと、こうしてお話したかったんだもん」
「…… あのね、これから私が、ユキテルさんにこちらにお呼びした訳をお話するんだし、それにネルにも関係あるお話なのだけど……」
「わ、わかったよ」
ちょっとふくれっ面のネルを宥めながら、ルルはゆっくりと話しはじめた。
「ユキテルさん、貴方をお呼びしたのは、この私の友人である、ステラ=エンバレットのお手伝いをしていただきいからです」
「手伝い? それに…… ステラ何とかって人って……?」
「ステラ=エンバレットは、ここ西帝国の附属図書館に勤めているんですよ。彼女の仕事は古文書や古い物品の収集、整理、解読などです。今回、ユキテルさんを召喚したのは、彼女の仕事が多すぎることと、ユキテルさんの知識が必要だからなんです」
「俺の知識だって? ここ、異世界だよね?」
「そうですね、確かにここは違う世界です…… 私やステラの考えでは、たとえ違う世界でも、考え方とか、収集や整理のしかたとかは、そう大して変わらないんじゃないかって……」
眠そうに目をこすりはじめて、ぐずりはじめた膝の上のネルをそっと抱えて、隣の空いている椅子に座らせ、落ち着かせる。ルルはありがとうと言わんばかりにウィンクをした。
「…… そりゃあ、どこだって資料の整理や収集は変わらないんだと思うけれど……」
自信はないなあ…… 俺はここでやっていけるのか?と疑問が湧いてくる。そんなことが顔に出ちゃったのか、少し考えるように、頬に手を当ててから、いいこと思いついたかのように、ルルは悪戯っぽく微笑みながら、俺の顔を覗き込むように言ってくる。
「…… ところでまったく未知の世界の遺跡って、興味をそそられません?」
「まあ、そりゃ、知らない世界のことって、すごく興味あるけれど……」
「そうでしょう? この世界の遺跡や成り立ちって、私たちもわからないことが多くって……」
…… 正直言って、とっても好奇心がそそられる。それも異世界の考古資料とか……。
ず、ずるい…… この子…… 好奇心をめっちゃ煽ってきてる……。
俺にとって、好奇心こそ原動力だ。でも、俺、俺のいた元の世界に戻れるのか……。
ふと不安になり、ルルに尋ねてみる。
「…… ところで、全ての仕事が終わったら、俺、戻れるの?」
「全て!? すごくたくさんお仕事あるのですが……」
「げ! そ、そんなにたくさん遺跡があるの?」
「まだ未発見のものを含めて、たぶん数万ヶ所くらいかと……」
うわあ。何それ…… 宝庫すぎるだろ。一人じゃこなせないだけじゃない、どんなに人がいても、そうそうこなせる量じゃない。こりゃあ、当分、帰るなんて無理なんだろうな。これ、断って帰りたいところだ。
よし!と、意を決して、ルルに断ろうかと、おずおずと話を切り出す。
「あ、あの…… 俺……」
「どうか私たちの力となっていただきたいと思ってます」
と、今にも泣き出しそうな顔で、丁寧に頭を下げてきた。
はあ……思わず、ため息をついてしまう。
こんなきれいな子に頭下げられちゃ、やるしかないよな…… 覚悟決めるか!
「……自分のできることには限りがあるけれど、できるかぎりのことはやるよ」
「あ、あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
ちょっと泣きそうだったルルの顔がパッと輝く。
…… 現金だな。意外と……。
すっかり熟睡してしまったネルの肩を、ルルは優しく揺さぶって起こす。
眠そうな目をこすりながら、ネルはちょこんと椅子に座り直す。
そして、ルルと俺の顔を交互に見ながら、つぶやいた。
「……むにゃむにゃ‥‥。 お話終わったの……」
「だいたいね。今度はネルも関係あることよ」
「ん? 僕にも?」
「そうそう。 ユキテルさんのお手伝いしたいんでしょ? そのために待ったんだし」
「うん! でも1,200年ちょっとだから、たいしたことないよ」
「ちょっと待て! 1,200年もって! だいぶ昔から俺を待ってたってことかい?」
それって日本じゃ、平安時代のはじまりの頃じゃあないか!
驚いた俺を見て、ルルは心得てたかのように、苦笑しながら答えてくれた。
「ああ。ユキテルさんの時間感覚では、長く感じるでしょうね。でも、私たちの感覚では、そんな長い時間ではないのです。だって、私たちは数万年生きるのが普通ですからね」
そっか、ここは俺のいた世界の常識って通じないんだ……。
軽く目眩がするが、ここと俺のいたところとでは、時間の流れも感覚も違うようだ。
「それに…… 僕やルルが求めてるような人って、その間、一人もいなかったんだ」
「どういうこと?」
俺だって大したことないのに……。と、素直に首を傾げながら問う。
「ある程度、魔力を持ってる人じゃなきゃダメなんだよ」
「ネル、魔法がないところから来たユキテルさんに、そう言ってもうまく伝わらないわよ」
「……」
ルルは口を尖らせてしまったネルの頭を撫でながら、代わりに説明してくれる。
「ユキテルさん、ここって、貴方が見た通り、魔法があるところなんですよ。自然の中に漂う力が、全ての源です。貴方は、稀なことに自然の力を、自然と蓄えておられておいでなのです」
「…… 自分じゃ、そんなことわからないよ……」
「…… でしょうね。でも、こちらに来る時、<次元魔法>に耐えられたのですから、充分な魔力を蓄えてたのですよ」
「<次元魔法>?」
「ユキテルさんが、こちらに来る時に使った魔法ですよ。非常に特殊な魔法ですし、それに…… ネルが選んだ人でないと、発動しない魔法です」
「何だかよくわからないなあ……」
俺が頭を掻いてぼやいていると、ネルが意外そうに瞳をまんまるにして言った。
「だって、ユキテルお兄ちゃんは、蝶をたくさん助けたでしょ?」
…… ああ、確かに、子どもの時から、蜘蛛の巣に捕まってる蝶がかわいそうで、逃がしてあげたりしてたけれど…… 関係あるのか?
「そういう弱い子を助けたりできるユキテルお兄ちゃんだからこそだよ」
「ネルはね、もう絶滅寸前の希少種、<蝶人族>なんですよ。 だから自分に近い蝶を助けたことを、とても感謝してるんです」
「…… って、ずっとネルは、俺のことを見てたのか……」
「うん! どんなに小さくっても、僕は魔力でわかるからね!」
小さい胸を張って、えっへんと誇ってみせるネルの頭を撫でながら、ルルは改めて、俺の瞳を真っ直ぐ見つめてきて、こう言った。
「…… 私たちは待ちましたが、これで、ようやく共に古代の遺跡の調査ができます。古代の遺跡の探索能力のある<蝶人族>ネルと一緒に、そして私たちと一緒に、どうかこの世界<ヘブンズホールド>の遺跡の調査と探索をしていただきたいと存じます」
そして、ネルとルルはとても深く深く頭を下げた。
…… まあ、この先、公務員とはいえ、どうせ景気悪くって、この先、遺跡の調査も先細りだしな……。ずっと発掘していたいけれど、遺跡調査そのものがなくなって、つまらない仕事で、残りの人生を食い潰すよりは、この異世界で未知の遺跡を探索する方が面白いに決まってる。
結局、俺は自分の意思で、ここの世界の遺跡の調査を請け負うことになってしまったのだ。