第15話 ステラとの長い夜
*微エロありです
**注釈があります
ルルの<移動魔法>で、予定通り、研究所に着いた。
まだステラは、俺の手を握ったままだ。
「おい……ステラ、なんで、ずっと手を握ってるんだ」
「べ、別にいいじゃないか。誰も見てないし!減るもんじゃないし!」
「ったく……」
ブツブツ言いながらも、俺も、まんざらでもなかった。
机や椅子には書類やら、書籍やらが山積みだったので、少しだけどかした。
「おい……。本を粗末にしたな?」
「い、いや……。これはだな……お前は、俺の母ちゃんかよ」
「ふふ……。ちょっからかってみただけだ。毎晩、仕事してるのはわかってるから」
そう言って、ステラは、抱きついてきた。
「わ…。こ、こら。お、お前…」
「誰も見てないし、減るもんじゃない。好意は素直に受け取るもんだぞ」
「お、おう…」
どうやら、もう逃げられないようだ……。
俺は、おそるおそるステラを抱き締めた。
彼女の柔らかさやぬくもりが、じわりと伝わってくる。
「ふふ…。あたいも、これで、ルルに追いついたかな」
そう言って、ステラはそっと離れ、一緒にベッドに座る。
「さて、最初にお堅い話からしようか」
「……仕事の方か」
「そういうこと。まずは王宮内のことだ」
「ん?王宮で俺、何かやらかしたか?」
「ばか!そういうことじゃない。陛下とその周辺の連中のことだ」
「……権力争いでもあるのか?」
「そういうことだ。陛下と対立する連中が、最近、不穏な動きをしているのさ」
「お前、なんでそんなことがわかるんだ?」
「ふん。あたいは、帝国附属の図書館長だぞ。附属魔導図書館ってところは、陛下のために情報を集めるのが仕事だ」
「……ただ、珍しい書籍を、集めてる図書館じゃなかったのか」
「当たり前だろ?なんだと思ってたんだ」
「……ただの図書館」
「…………あのな。ま、いいや。陛下と対立してるのは、たぶん軍だ」
「軍だって?クーデタでも起こすつもりなのか!」
「最近、軍は、かつての敵国、中王国から、物資を大量に購入しているんだ。先の『大戦』の物量に匹敵するほどだ」
「平時がどのくらいなんだか、知らないけれど、それは何か準備してるんだろうな。そのことは陛下や財務担当のメリッサさんはご存知なのか?」
「いいや。軍の財務は別会計なんだ。つまり外からわからないってことだ」
「中身は何なんだろう?調べはついてるのか。ステラ」
「いいや。今、部下たちが調べているところだ」
「そっか……。何だか、きな臭いな」
「……あと、陛下の親族以外の王宮の連中を信頼するな」
「ん?どうしてだ?」
「王家、特に陛下はな、『平和で平等な世の中を作りたい』って、崇高な目標を持ってらしゃる。でも、そうじゃない連中が周りにたくさんいるんだ」
ふと、元の世界の歴史を思い出す。
ファンタジーな世界だから、そういうこととは無縁だと思ってたけど、甘くはないな。
……。どこも同じか。富や権力と軍事が深い関係なのは……。やれやれ……。
「ユキテル、お前も気をつけろ」
「……俺は関係ないように思うけどなあ」
「違う。発掘という行為や、お前自身が利用されるんだ」
「う——む。俺がいた世界では、考古学が政治利用されたことがあったしな」
俺は考古学自身の黒歴史を思い出した。
かのナチスドイツでは、民衆を煽動する為に、『ドイツ人は優秀なアーリア人』であり、『優秀なアーリア人であるドイツ人こそが、世界を治める』という狂った人種論を、考古学を使って説いたのだ。
もちろん、『人種』という概念自体が、あやふやなものだし、この学説自体が間違いだ。
しかし、その説明を信じた人々は、自国の他民族だけでなく、他国の人たちをも殺戮したのだ。
「わかったよ。ありがとう。でも、ルルやお前も、気をつけた方がいいぞ」
「……ちえ。目の前のあたいより、ルルかよ……」
少し不機嫌そうに口を尖らせながら、ステラは文句を言った。
「ルルなら大丈夫だぞ。あの子はな、先の『大戦』で、たった一人で、中王国の数万もいた軍勢を、眉一つ動かさずに、ほんの一撃で、チリ一つ残さず消しとばしたんだぞ」
「……い!」
俺は腰をかけていたベッドのへりから、ずり落ちそうになった。
「あの子が『大巫女』って言われてるのは、その膨大な魔力と魔法の威力だけじゃない。その冷血で冷徹無比なところなんだぞ。元々、無表情だったしな」
「……俺が知ってるルルじゃない……」
ステラは嘘や冗談を言ってるわけじゃない。
ルルを貶めようとしてる訳でもなく、昔を懐かしむかのように、彼女はどこか遠くを見ていた。
「そりゃそうさ。ユキテル、ルルがお前を見つけてから、彼女は変わったんだぞ」
「……俺を見つけてから?」
「そうだよ……。まだ召喚できなかった頃から、ずっと、ユキテルがどうした、こうしたって話を、本当に楽しそうにしてたんだ……。あの無表情なルルが、よく笑うようになったんだぞ……」
「…………」
「……たぶん、ルルはお前が好きなんだ。時々、転ぶようになったろ?ああいうドジでノロマなところって、あたいを含めて、本当に信頼してる奴しか見せないんだ」
…………やっぱりか。特別な目で見られている。とは、感じていたんだ……。
「でも……でも……あたい、あたい、ルルにユキテルを取られたくないよ!」
そういってステラは、俺の両肩を鷲掴みにし、思いっきりベッドに押し倒した。
「ち、ちょっと、ステラさん?」
「ユキテルがルルを好きなのは知ってる!ルルがユキテルを好きなのも知ってる!
でも、あたいは、あたいは……。好きなんだよ!お前が初めてなんだよ。こんな気持ちになるのは!対等に話できて、対等にやり合えるのは、お前だけだ!」
彼女は両目一杯に涙を溜め、その涙が俺の顔に滴り落ちてきた……。
「返事を聞かせてくれよ!ユキテル!あたいは二番目でいいから!ルルには一番出汁を、やらなきゃならないのは、我慢するから!」
そう言うなり、ステラは俺の両頬をヒシっと掴むと、無理やり俺の唇を奪った。
わ!何これ!女の子にキス奪われちゃったよ……。
やば!ち、力が抜けてしまう……。
「ふふ。いつまでも返事してくれないから、あたいからしてやった」
「……あのな、ステラ……」
「……キス、拒否しなかったぜ?返事はOKでいいんだな?ユキテル」
「…………俺、お前は好きだよ。一緒に口喧嘩してて、楽しいしな……。でも、ルルも……」
続く言葉を、彼女は唇で塞いだ。
それは長い長い時間のように感じられた。
やがて、ゆっくりとステラは重なっていた唇を離すと、俺の唇に、そっと人差し指を添えた。
「あたいは、ルルの次でいいよ。でも二人でいる時は……ね」
そう言って、彼女は部屋の灯りを消し、ゆっくりと服を脱いだ。
外の夜行性植物のほのかな光に、彼女のシルエットが浮かび上がる。
服の上からも大きな胸の双丘がわかっていたが、服を脱いだ彼女の胸は張りがあって、腰や腹は充分すぎるほど、引き締まっていた。
「……きれいだ……」
「ふふ。ありがと、ユキテル。よく男っぽいって言われるんだ……魔力で身体強化しちゃっててさ……」
そのまま俺の服を、ゆっくり一枚、一枚、脱がせながら、こう囁いた。
「……お姉さんが、教えてあげる……。童貞なんでしょ?時間はたっぷりあるし……」
「……ど、童貞なんかじゃ……」
俺の心臓と下半身は、もう、リンボーダンスしてるかのように苦しくなってる……。
息が止まりそう……。
「真っ赤になっちゃって、可愛い……。歳上のあたいに任せなさいな。でも、一番出汁はルルのだから……。ファイナルは、ルルとヤってから……ね」
そう言ってステラは、俺に身体を委ね、再び、唇を重ねてきた……。
考古学や人類学、歴史学では『人種』は使いません。
理由は本文の通り。差別を生み、政治的に利用されるからです。
また『民族』と言う用語も様々な意味をもっており、誤解を生みやすいので、使わないことがほとんどかと思います。代わりに『文化圏』を用いたりします。