第10話 はじめての踏査
*用語解説あります
大浴場でもみくちゃにされた翌朝のこと、ふと目が覚めると、深緑の髪と薄桃色の唇が目の前に迫っていた。
可愛いな……。誰だろう? この甘い香り。どこかで……。
……ああ、そっか、ルルか……。
……って。ルルがなんで、俺んとこで寝てるんだ?
しかも、俺、抱きしめちゃってるし!
いかん!覚えてない…………。
俺はギョとして、一気に目が覚めた。
ルルに不埒なことしなかっただろうか……。いかん、冷や汗が湧いてくるぞ。
「ルル、ルルさん…… 朝なんですけど……」
俺はおそるおそる、彼女の身体から手を離し、声をかける。
うむむ……。可愛い寝顔だから、ホントはそのまま見てたいのだけど、今日から仕事だ。
「ユキテル殿、おはようござぃ……」
もう一度、ルルを起こそうかと思ったその時、ノックもなく、いきなりジェシカ王女様……じゃなかった、ジェシカが部屋の扉を開けた。
そしてベットの上にいる、ルルと彼女の肩に手をかけている俺を交互に見て、口をパクパクさせている。
やばい!事後にしか見えない…………。
「し、失礼しました!」
「ん。朝っぱらから、なんだ、なんだあ?」
ジェシカが、慌てて扉を閉めようとすると同時に、ステラが部屋に入ってきた。
「おお!ルル!ユキテルとヤったのか?おめでとう!」
「……おはよ……。ステラ……。えっ?ゆ、ユキテルさん、どうして私、ユキテルさんのベットで……」
「……ユキテル!さてはお前、ルルを無理矢理眠らせて……」
「ち、違う!」
「……ごめんなさい。違うの、ステラ。風呂上がりのユキテルさんが体調良くなかったようだから、様子を見に来て、そのままいつの間にかユキテルさんのベットで寝ちゃってて……」
「ちぇ。一番搾りはルルだと思ってたのにな……。つまらん」
顔を真っ赤にしながら、全力で首を横に振って、否定する親友ルルを見て、残念そうにステラは口を尖らせながら、不穏なことをいう。
一番搾りってなんだよ、一番搾りって……。
ツッコミたいけど、やめておいた。きっとやぶ蛇だ……。
「……よかった。で、ユキテル殿、昨日の昼間、会議でメリッサ財務官とお話していた、発掘作業していただける人の件のことですが……」
「あ、どうなりました?ジェシカさん」
そうなんだよね……。
実際に発掘するには、掘削したり、土を運んだりする人たちがとても大切だ。それに規模が大きくなれば、それだけ人数もいるんだよ。できるだけ土をいじることに、慣れている農家の人たちや、土木関係の人たちがいいって、メリッサさんにお伝えしておいたけれど……。
「メリッサ財務官が、アルス冒険者ギルドと、建築ギルドに、依頼を出したとのことでした」
「ジェシカさん、ありがとう。今日の踏査の帰りに、アルスに寄っていくよ」
「いえいえ、こちらこそ。ユキテル殿のお役に立てて幸いです」
ジェシカさんには何となく気を使っちゃうな。向こうも『殿』付けだから、お互い様か……。
そんなことを思っていると、ルルたちがいつの間にか、今日の調査の支度を終えていた。
用意、はやっ……。
「お、おい!みんな支度はやいよ!」
「あたいらは、昨夜から準備しておいたからな。当たり前だ!」
「お兄ちゃん、遅いよ!もういつでも出かけられるよ!」
早く早くと急かすネルやステラたちにどやされながらも、俺は急いで、今日の調査の支度をした。
***
今日は大神殿のすぐ北側にあるダール地区の踏査だ。ここは、結構、前から知られているところなのだが、本格的な調査はしたことがないらしい。
そのためどんな遺跡なのかをはっきりさせることと、全体の大きさを把握することが、今回の目的だ。
歩いて痕跡を探したりするため、女性陣と俺だけで十分間に合う。
ルルの先導で、大神殿の北側に到着した。彼女にとっては庭先だね。
そこは、ただ一面草原で、所々、石の柱や碑らしきものが立っていた。
石碑なら、もうルルたち巫女さんたちが、解読してるんじゃないかなと思い、聞いてみる。
「ねえ、ルル。あの石碑って、読んだことあるかな?」
「いいえ。ここら辺一帯にある石碑は、先代が読もうとしてたのですが、まったく読めなかったのです」
「ん?ってことは、今、使ってる文字や言語じゃないってことかな?」
「いや、違うぞ、ユキテル。ここの碑文は暗号を使ってるんだ。それで読めないんだよ」
「へえ。さすが図書館員」と、俺は素直に感心する。
「当たり前でしょ!で、これからどうするの?」
「そうだな……。ネル、ちょっと、あの辺りの石の柱があるところを、上空から観てくれないかな?」
「うん。わかったよ!お兄ちゃん、上から観てみればいいんだね」
そう言って、ネルは自分の羽根をまたたかせて、上空に舞い上がった。
「おおい――、ネルぅ――。柱が並んでいるように見えないかあ」
「うん!お兄ちゃん!いくつも丸く並んでるよぅ――」
「やっぱり!いくつ丸くなってるかな?」
「うん!5つぐらいかな」
「ありがとう!ネル、もう降りてきていいよ」
「わかった!」
「あ、あの辺あたりが、少し高くなってません?」
ルルが指差す先は、確かに小高い丘のようになっていた。あれがたぶん、この遺跡の中心部だろうな。そして、俺は周りを見渡してみた。俺たちより、外側には石碑も柱もない。ってことは、あの丘の高いところまで歩けば、歩幅と歩数で遺跡の大きさがわかるってことだ。
「そうだね。ルル。ありがとう。ちょっと行ってみようか。みんな、道すがら、地面に何か落ちていないか注意してね。何かあったら、拾って俺に見せてみて」
「「「「はい!」」」」
少し散らばって、ゆっくりと丘の高い方へ向かって、5人で歩く。
そのうち、ジェシカが、興奮した声をあげた。
「ユキテル殿!これ!」
「おお。これ、何かの刃物の一部だね。刀剣かな」
「ユキテル!こいつは?」
今度は左前方を歩いていたステラが、手を振って招く。
「ああ、これは……槍の穂先の一部っぽいや」
「ユキテルさん、これは……」
お次はルルだ。
「これは弓矢のやじりだね」
少し歩くと、いくつも金属製の武器が見つかった。
おそらく、この場で戦闘があったか、戦士の墓があるかのどちらかだ。
「ねえ、ルル。ここって、昔、戦があったのかな?」
「いいえ。先代からは聞いてません。ねえ、ステラは何か知らない?」
「いや、あたいもここで戦があったとは知らないな。そういう資料もないし。大体、神殿とその周りは神聖な場所だから、そういう戦闘行為は固く禁止されているしな」
「そっか。ここさ、こういう武器がたくさん見つかるから、そういう関係かと思うよ」
「……そんな、こんな神殿のそばで……」
不安気に眉をひそめるルル。
そりゃそうだ。神聖な神殿のそばで、戦があったなんて信じられないのだろう。
「まあ、実際に掘ってみないとわからないよ。戦士のお墓かもしれないし」
俺は戦以外の、もう一つの可能性を伝えると、ちょっとルルは安心したように、ため息をついた。そうこうしているうちに、丘の一番高いところに着いた。
丘の高いところから、周りを見渡すと、折れた柱や石碑が円環のようになっているのが、体感できた。で、規模はと……。俺が勘定していた歩数と俺の歩幅を、掛け算してみてびっくりした。
でかい!
一番内側の円環から、ここまで直径200m以上ある。あのストーンヘンジが直径30mほどだから、めちゃくちゃ大きい。
俺が遺跡の大きさに、どうしてくれようと途方に暮れていると、ルルがそっとお茶を差し出した。
「ユキテルさん、お昼にしましょう」
「そうだね。ルル。ありがとう」
いつも変わらず優しいよな。ルル……。俺は心の中で感謝した。
丘の上に着いたのは、もうすでに昼過ぎだった。これから神殿に戻ると、もう夕方だ。
ルルの言う通り、ここで昼食をとることにした。
「これ、おいしいね!お兄ちゃん!」
思いっきり、頬張りながら話しかけるネルの口元を、ほらほら!と言いながら、拭いているルルを微笑ましく眺めていると、ステラが俺を肘で小突きながら、意味ありげに小声で言った。
「お前、今朝、ルルを抱きしめてたんだって?」
「ぶっ! だ、抱きしめてたって言っても、身体が勝手に……」
「ほほう。ルルが言ってたぞ。彼女も暖かくてよかったってさ」
お、お前らは……。2人で並んで歩いてると思ったら、そんな話を……。
ここで蒸し返されると面倒だ。とりあえずは話題を……。
「ところで、昼食終わったら、すぐ神殿に戻るぞ。暗くなるからな」
「ぬ。話題そらしやがったな!ユキテル」
俺は立ち上がって、みんなに帰りのことを伝えた。
もちろん、脇でなんか言ってるステラにはそしらぬ顔でね。
***
帰り際に、予定通り、ルルの<移動魔法>で、アルスの冒険ギルドと建築ギルドに寄った。
どちらのギルドも、親方はとても気さくな女性で、打ち合わせも順調にできた。
既に何人か候補がいるとのことだったので、今度、それぞれのギルドの建物で、俺たちや親方が面接したうえで、採用する手はずにした。
「はあ、疲れましたね」
みんな、戻ってくるなり、そう口々にため息をついていた。
まあ、慣れないと疲れるさ。野外だもんな。
「んじゃ、風呂浴びてくる」
「あ、こら、風呂はみんなで入るんだぞ!」
俺が早々にひと風呂浴びてこようかとすると、さっきの恨みもあるのか、ステラが思いっきり、俺の腕を強くつかんで、引き止めた。
またか……。で、また、浴場で打ち合わせするハメになるのか……。
……ちょっとはのんびりさせてくれ。
踏査:地図を持って、現地を歩いてみる調査です。分布調査ともいいます。直接、土器や石器などを拾うことがあります。それらがあったり、住まいの痕跡があると、『遺跡がある』ことになります。地形や出てきたものの範囲を考えて、遺跡の大きさをある程度決めます。
歩数と歩幅で計測:実際によく使います。草木生い茂る山の中とかでは重宝します。




