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第九章 彼女に迫りくる影は不死殺しの神器を手に入れた


「アレクシア・アニョルト。ラスコー・ポリテーヌ共和国代表の一人娘。現在国立のストラスマルセイユ大学に在籍している大学生」


 他人事のように話すエレナとは裏腹に、何故かフリードリヒの内心がひどく自分事のように訴えかけるのは気のせいだろうか。常時共にしてきた彼の心臓が妙なノイズを響かせ、彼の全身を蝕んでいた。


 神妙な表情のフリードリヒを一瞥したエレナがおもむろに席を立つ。


 執務室壁際へ。世界最高峰の品質を謳う高級家具、シャンデリアのLEDライトの擬似火光が映える収納棚にポツンと置かれたティーセット。


 心地よい水音と共にティーカップに注がれるお湯が、茶葉と絡み合って色素を浮かせる。


「――ヴァルトハイム中佐。現在ポリテーヌ共和国は勇猛果敢な我が軍によって劣勢を強いられてる。その責任の在処を明確にするため、かの国ではとりあえず代表に一部の国民の非難の切っ先が向けられてるみたいだ」


 息を吹きかけ、熱を飛ばす。喉の渇きに潤いを、そして次の弁の準備のために紅茶を一口。


「その有名人たる代表の家族、次期代表候補のアレクシアにも同様に悪態が付けれ、やれ国の癌だとか、やれ搾取者だとかな。蹂躙と敗戦の恐怖に押し潰されてっから、とにかく誰かのせいにしたい、とにかく批判をしたい。代表は元々評判が悪いからとりあえずそいつのせいだって、敵対者が決めつける」


 手に掴んだティーカップの取っ手を親指で撫でる。もう一方の手で受け皿(ソーサ―)を保持するエレナが立ち込める湯気を吹く。


「だけど大多数の国民は代表を応援している。正気の国民は全ての責任が代表にあるとは思っていない。自身の生存と尊厳を守るためにトップを信じて昼夜を過ごす」


「総帥……?」


 先の見えないエレナの言説にフリードリヒは疑問符を掲げる。


「――だからなヴァルトハイム中佐、次期代表候補としてもその名が国内に広まっているアレクシア・アニョルトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを潰せばどんなザワツキが国内を覆うかな?」


 めいいっぱいの明るい笑顔を振りまくエレナ。年頃の女性が見せるとは思えないほどの()()()()が奥に隠されながらも、彼女はとびっきりの笑顔だった。


 そして()()()()()()、アレクシア・アニョルトはポリテーヌ共和国の先導者となると、彼女はそう言い切った。


 彼女の語りが一旦終わる。次に話し始めたのはフリードリヒだ。


「――総帥のお考えはもちろん心に留めておきます、ですが分からないのがなぜターゲットが代表自身ではなく代表の娘なのですか? そしてあなたは言った――アレクシア・アニョルトがこの先栄華を誇ると」


 フリードリヒの疑問は至って普通のものだ。現在ポリテーヌ共和国の元首は一人娘ではなく父親の方だ。次期代表候補のアレクシアと共に現代表を殺害する計画であれば容易に意図が掴めるであろう。だがエレナの提示した作戦はあくまでアレクシア・アニョルトの殺害だけである。


 さあ、エレナはどう返答するのか?


「――中佐、あたしには分かるんだよ。この先のことが、アレクシア・アニョルトが我が帝国にとっての最優先撃滅対象になることがな」


「総帥が未来を見ることができる霊視能力者だとは知りませんでした。その力があれば、この先の世界の行く末も知ることができるのではないですか?」


「待て待てこれは予知でも予言でもない。ただ()()()()()()()()()()


 証言を濁しているのだろうか、その言葉の意味は何の具体性も無ければ説得力もない。子供のするような戯言だと片付けられてしまっても仕方がない。だが彼女の口から発せられたその言葉には()()()()()()()()()()が潜んでいるのをフリードリヒは直感した。


「了解しました。任務完了後、よい結果報告をお持ちしますよ」


「ああ。お願いな」


 作戦に直接関わるわけではないエレナだが、気合を入れるためだろうか、一気に飲み干したティーカップを少々力強く収納棚天板に置く。


「――さてヴァルトハイム中佐、残念だがお前は出世後初の任務は闘争ではない。だが肝に銘じておけ、お前の任務は暗殺者(デア メルダー)になること、そして製造する肉塊はポリテーヌ共和国の重鎮だ」


 エレナは扉の前に立つアルベルトに目配せ、沈黙の信号を送って何かを用意させる。


「そこで、だ。晴れて突撃機械化軍の特務隊に配属されたお前にプレゼント――士官用軍装一式と……」


 陳述の中断の直後、収納棚の最上部の大きな引き出しを開けるエレナ。そこから取り出したのは長方形の木箱である。


 表面を加工され、艶々と光を反射させる絢爛なそれを手に取りフリードリヒのもとへ。彼の目の前に差し出された木箱をエレナが開ける。


「七部隊しか存在しない少数の特務隊に限定配備している代物だ、手に取ってみろ」


 手に取った瞬間、ズシリとはいかないほどの程よい重量。


「それはルガーP08 8インチ(アーティラリー)を11㎜徹甲弾を装填できるように魔改造したものだ」


 一般の自動拳銃とは違ったメカニズムの拳銃の感触を確かめるフリードリヒは、特に満足げな顔色もせず、ただ神妙な様子で長い銃身を見つめる。


「強力な弾丸を発射するP08、お土産には嬉しい逸品ですが、あまり実戦向きではないですね」


「――割と失礼なことをズバッと言う奴だなお前は」


 (いぶか)しげにルガーP08を眺めるフリードリヒに冷静な突っ込みを入れられたエレナは頬を膨らます。だがすぐに表情を正してドヤ顔で腰に手を当てる。


「確かに無駄に弾のデカい拳銃なんていらないかもしれねえ。だけどそれは機械化人間(アンドロイド)を効率よくぶっ殺すことを目的にした銃だ。機械化兵士専門の猟兵部隊のお前にお似合いかと思ってな」


 東部戦線でフリードリヒが敵中隊と対峙したとき、十分な対戦車兵器や歩兵を殲滅する十分な弾薬も足りていなかったとはいえ、基本的に彼の戦い方は白兵戦である。お互いの顔が鮮明に観察できる距離まで近づき、敵部隊の陣営を吶喊して粉砕する近接戦法である。


 故に白兵戦において、確実に敵機械化兵士を葬ることのできるこの銃があれば戦いを優位に進めることができる――長い銃身が仇にならないように扱えればの話だが。


「それになヴァルトハイム中佐、機械化人間(アンドロイド)の皮の下の固い機械をぶち抜くだけがルガーP08(そいつ)の特権じゃない――」


 ゆったりとした足取りで歩むエレナはフリードリヒの座る背後。彼の肩に両手を乗せ、耳元でこう呟く。






()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」






 フリードリヒだけに聞こえる程度の音量で語られたエレナの言葉、それに付随する彼女の思惑が奔流する。通常では殺せないものを殺すことができる兵装――この銃の存在意義を一瞬で理解したフリードリヒは思わず頬を緩ませた。


 エレナはフリードリヒと共に使()()を全うしようと考えている――


 それをルガーP08 8インチ(アーティラリー)という形で、フリードリヒにも片棒を担がせようという魂胆であろう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 意味深に吐くだけ吐いてエレナは自分の席へと戻っていく。


 フリードリヒはというと、完全にエレナの策謀に参戦の意を表するように手元の拳銃を受領していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そこでしばらく沈黙を決めていたマンシュタインが声を出す。


「決心がついたようだな中佐。早速だが貴官には将校用軍服に着替えた後、別館で部隊員たちとの初顔合わせだ」


 そう言って立ち上がったマンシュタインが手を差し伸べる。それに反応して腰を上げたフリードリヒは握手を返した。同じく席を立っていたアウデンリートの手も取る。


 その様子をにこやかに眺望していたエレナが口を開く。


「期待してるぞヴァルトハイム中佐。この国とこの世界の正義のために」










 クール・ブリテン連合王国 共和国連合軍統合参謀本部


 約数カ月前に完成したばかりの、アンティークなレンガ造りの風景に調和することのない高層建造物が、地面に長く大きな影を落としていた。


 三〇ある階層を持つ統合参謀本部では、この世界大戦に関する議事が執り行われており、前進とも後退とも言えないような議事録を生産し続けている。


 この戦争の連合軍側の主役であるラスコー・ポリテーヌ共和国を中心とした各国首脳や幹部らが集うこの場所は、万が一のラインハルト帝国軍の攻撃に備え、ポリテーヌ共和国と海を挟むクール・ブリテン連合王国に建設されたものだ。


 滅多に各国首脳らが集まる機会は無いが、本日は特別である。


 とある会議室の一角で、微かに冷たさを孕んだ声が飛び交う。


「ロレーヌ戦線において開けられた穴からラインハルト帝国軍が侵攻を開始、この状況はいずれ悪化し、敵地上部隊が首都を蹂躙するのは最早時間の問題かと。我々クール・ブリテン軍の派兵部隊の損害も少なくはありません」


「そうだな。ラインハルト帝国は雷のごとく速度で迫りくるのが十八番のようだ。東部戦線では同志(タバーリシシ)諸君の奮闘でなんとか食い止めてはいるが時間の問題だな」


 葉巻を吹かしたクール・ブリテン連合王国首相、ボリシェビーク連邦書記長は事実だけを淡々と述べる。彼らの言葉に含まれるものは自国の心配だけだ。


 ラスコー・ポリテーヌ共和国を中心とした共和国連合同盟は空中分解寸前の状態にある。


 元々、ラインハルト帝国が始めたポリテーヌ共和国との衝突であるこの戦争は、各国が支援の目的で二つの同盟軍に加担し、世界大戦に発展したものだ。


 だがその支援というのは単なる建前、覇権国家として将来脅威となり得るラインハルト帝国を崩壊させるため、ポリテーヌ共和国を支援する形で利用しているに過ぎない。そこには強固な信頼などはない、誰かが手を離せば、簡単に崩れてしまうほど薄弱な関係だ。


 ラインハルト帝国と堂々とぶつかる赤い大国ボリシェビーク連邦もその一つ、直接戦火を交えるボリシェビーク連邦は自らの力でラインハルト帝国をねじ伏せようと宣戦布告、現在に至る。


 支援もせず、実質中立という立場でこの場に席を置いているリバティー合衆国は、未だ敵国との戦闘は無い。


 そんな中、つい数年前までは世界屈指の大国であったポリテーヌ共和国が、元隷属国家のラインハルト帝国に負けることになれば面目の丸潰れだけでは済まされない。ラインハルト帝国は復讐の業火で領地を覆いつくす、自分たちを人間だと判断しない以上、民間人の虐殺も視野に入れているのも確実だ。


 それを立証するように既に都市部への無差別爆撃も行われており、毎度のように市民の流血が赤く国を染め上げていた。


 だからこそ、ポリテーヌ共和国は負けるわけにはいかなかった、同盟国に媚びへつらってでも負けることだけは許されない。


僭越(せんえつ)ながら、我が共和国は例えどれほど領土を奪われようが、どれほどの経済的損失を被ろうが、決して負けるわけにはいかない。ラインハルト帝国を更なる強大国にしないためにも、必ず食い止めなければならんのです」


 あらゆる問題を抱え込んで胃を痛めているポリテーヌ共和国、アレクシア・アニョルトという一人娘を大学に行かせているポリテーヌ共和国代表は、弱音を押し殺して強気の主張で場を制す。前へ、更に前へ、ポリテーヌ共和国自身が一番のやる気と勇気を見せなければ各国に示しが付かない。


「そこで、現在ポリテーヌ共和国とクール・ブリテン連合王国が海軍の総力を決し、北海へ向けて進軍。海からラインハルト帝国へ攻め入る案を考案致しました」


 代表の言葉で周りの表情が一気に変わる。それまでは代表に冷めた視線を送っていた者たちの瞳に熱がこもる。


「クール・ブリテンからの物資を現在ポリテーヌ共和国の沿岸基地に集積しております。輸送船団の航路は比較的安全で、ラインハルト帝国軍の軍艦も一切確認されておりません」


 更に調子よく次のセリフを生み出す。


「その沿岸基地は、今回の作戦のための艦隊基地として機能しており、万が一海から敵が攻めて来ようとも、複雑に張り巡らされた幾十の対艦、対空設備によって守られています。いくらラインハルト帝国とはいえ、これを突破するのは簡単なことではありません」


 代表の意気揚々とした解説に割り込むように声を上げたのはボリシェビーク連邦書記長。


「クール・ブリテン連合王国と合同で作戦に臨むのであったな? どのようにラインハルト帝国の防御を突破するつもりだ?」


我が国(ポリテーヌ共和国)とクール・ブリテン連合王国からそれぞれ前衛部隊として艦隊が出撃。合流した後、一転突破で敵防衛フィールドを貫通します。その後前衛部隊が敵防衛フィールドの内側から攻撃、攻撃された敵艦隊を挟み撃ちするように後衛艦隊が肉薄。敵をサンドイッチのハムにする作戦です」


 一通りの概要解説が終了し、代表はより大きな声で、より自信に満ちた声で言い放った。


「その作戦にはリバティー合衆国も参加、これを機に大戦にも本格介入するとのことです」


 どよめきが響き渡った。


 今までだんまりを決め込んでいたリバティー合衆国がついに動き出すのだ。戦力は未知数だが、ポリテーヌ共和国を凌いだ力を持っていることは予想される。この海戦でポリテーヌ共和国が手柄を取れば、連合軍の中でも頭を高くできるのは間違いないだろう。


 これでラインハルト帝国相手でも十分な戦いができるかもしれない、そう予感した代表は、心の緊張が少し和らいだことに安堵する。


 そしてすぐさま気を引き締め、心の中でタイを絞める。


「約束しましょう――我々は必ずラインハルト帝国を倒し、明るい未来を創る先駆けとなることを。北の大地で果敢に戦っているボリシェビーク連邦と協力しながら首を締め上げていきます!!」










「――明るい未来、それは『新生一〇一地点』を建国させ、奴隷民族を酷使できる野蛮な(明るい)未来ですか?」










 心臓が止まる感覚。


 つい数秒前までの威勢があっという間に消失していく。


 音源へ振り向く。そこにいたのは、代表らが腰かける円卓の一角。この会議を取り仕切る議事長を拝命する者のみが腰かけることができる席で肘をつく女性が一人。


 地面に向かって流れる長い黒髪、花が咲いたように美しい女がそこにいた。


「代表閣下、決壊戦争が終結して数千年が過ぎました。その後の歴史の中で、ポリテーヌ共和国(あなた方)の行いは異例のものでした。現状の世界大戦も、元々はそちらの行いが招いた結果ですよね?」


 息が詰まる。


 これは質問をされているのではない、責められているのだ。


 ポリテーヌ共和国は隣国であった名も無きラインハルト帝国を、『一〇一地点』という属領としてポリテーヌ共和国の植民地とした。当時周囲の列強を仮想敵国とし、小さな衝突が絶えなかったポリテーヌ共和国の都合の良い盾、資源人員の抽出所を強いられていた。そして奴隷として一〇一地点の人間を非人道的に扱い、何百年間も人倫を損なう行為を日常的に繰り返してきた。


 そんな憎悪を燃やした一〇一地点の蜂起がこの戦争の発端だ。


 故に、この戦争のきっかけはポリテーヌ共和国にあるのではないか、その意味を孕んだ質問の皮を被った非難が代表に向けられている。


「た――確かにその通りであります。だからこそ、この責任を取るべく帝国枢軸同盟に勝利せねばならんのです」


 認めるしかない。


 認めたうえで、今自分が何をすべきか断言する。


「――分かりました。ではラインハルト帝国のことはあなた方に任せます。一方の情勢の俯瞰(ふかん)に努める大扶桑帝国はもう少し出方を観察する必要がありそうですね。今のところボリシェビーク連邦の抑止力で剣を抜くことはありませんが」


 黒髪の女性は締めくくった。


 心臓を握りつぶされそうなプレッシャーが尾を引いた。緊張から解放された代表が顔を流れる一筋の汗をハンカチでふき取る。


「――その他必要な議事が無ければ本日は解散とします。よろしいですか?」


 反応はない。


「では全ての議事を終了します。道中お気をつけて、帰るまでが連合会議ですよ」


 手物の議事書類をテキパキと片付けていそいそと退出する各国お偉方、自国の統括も忙しい中、すぐにでも帰国して執務に努めなければならないのだろう。


 一方、議事長は随分とリラックスしたご様子である。


 リュシー・リオンクール。


 その女優顔負けの姿と、プライベートでは人懐っこい性格の持ち主の彼女。一部の人間は彼女のことを愛称でこう呼ぶ――


 『りんりん』と――

 

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