第八章 その新設部隊は更なる銃声の立役者となる
≪いいでしょう!! 保証期間は〇分です、四割の生身の体とはおさらばですよ人間!!」
意気揚々とした呪詛と共に、彼の体を輝く閃光が包み込んだあの戦場で――
奥村真広ことフリードリヒ・ヴァルトアイムは十八年付き添った己の肉体の一部を失い、機械仕掛けのカラクリ化を迎えた。
決壊戦争以前の人工知能や通信機能は実現されてはいないが、修理可能な体、生身では発現しうることなど不可能なほどの身体能力は戦争という暴力行為の場では逸材と言えるほどのステータスだ。
完璧な機械化人間から退化し、あくまで人類という存在の一段上に位置する種である現在の機械化人間は、ある国では敬遠され、ある国では信奉されている。
『機械化』という技術は人倫を損なう負の結晶だとされ、機械化適正のある人間も希薄なラインハルト帝国においても、戦場ではその戦術的価値を評価され、一部の兵士が人体を改造している。
その中で、フリードリヒ・ヴァルトハイムという男は天授によって機械の体を授けられた。だがそれだけではない。別な加護もその身に神佑された――
この世界における戦争とは搾取である。
吸い取った命は肉体に宿る、その肉体を運用、維持するための産物であるのが生命の力である。
そこには人種、民族、言葉の違い、文化、身分などは関係ない。
誰でも差別なく搾取されるのである。
人類は全ての生の頂点に立つものではない、ある見方をすればただの家畜だ。
そう、家畜なのだ。生きながらえるため、そしてこの世界に繁栄をもたらしめるための。
兵士を、兵器を滅砕する力。
羽虫を潰すように簡単に人間を殺戮するサイコパス的心情。
フェロモンのように周囲に発する偉大なるカリスマ性。
それは破壊的で、制圧的で、病的で、極黒的で、悪魔的で、死神的で、非道的で、残虐的で、先導的で、英雄的な一人の機械化人間の誕生である。
彼は敵を人間だと認識している。だがその人間とはただの大量生産品、一つや二つ死んでいこうが全く問題にならないほどのひどく安価的なものだ。
何の躊躇いも無く引き金を引き絞り、刃物で体を刻む。
その意味では、彼は、フリードリヒ・ヴァルトハイムはただの人間ではない。
熱を宿すがひどく冷たい、冷徹な生きた戦争の道具である――
ラインハルト帝国首都の中央区に建造された中央司令部の前に一台のアンティークな黒塗りの車が停車する。
火の入ったエンジンの回転で震える車体の後部ドアが開かれ、一人の青年が地に足を下ろす。小綺麗にクリーニングされた下士官用軍服のボタンを全て閉め、だらしなさを微塵も感じさせない正装のように着こなす彼。
パタン、とドアが閉じられた車が走り去っていくのを背後で感じる。
日差しの高い正午、真上に位置する太陽の光で彼の足元には短い影が作られていた。がっしりとコンクリートで舗装された地面を踏みしめる軍靴を、立ち昇る陽炎がゆらゆらと映していた。
彼の右脇には一通の封筒が挟まれている。ラインハルト帝国の国旗をあしらった封緘印の押されたもので、これは東部戦線から帰還し、中央司令部に出頭せよの旨が記されている。
彼、フリードリヒ・ヴァルトハイム伍長は最前線から身を引いていた。
都市部の建物の中で遥かに広く、遥かに複雑に設計された中央司令部は、万が一の敵国の首都進攻に備え、万全の体制を整えるべく防衛能力に長けた大要塞である。
周囲を囲む水路は織のように中央司令部を守り、水路の外側に配置された三棟もの高射砲塔、そして七棟に及ぶ対空、対地ミサイル塔が要塞都市を物語っている。
輸送網を徹底的に整備し、効率よく資源を運搬できるラインハルト帝国は、この要塞都市を僅か8カ月で作り上げた。
最初は地下壕を建設する予定であったそうだが、それは見送りとなってこの中央司令部が最後の砦となった。
フリードリヒの見上げる大きな門、赤レンガを積み上げた巨大な体裁が存在感を一層引き立てている。
重々しくも豪壮で威風堂々と佇む中央司令部。
門の衛兵に名前、所属、階級、認識番号、通知された出頭書類を見せ、入館許可を貰って中へ入る。
ロビーは中世の城をイメージしたような絢爛豪華な装飾に彩られ、中央奥手に配置されたカーブの掛かった階段が二口、二階、そして三階へと続いている。
前線ではお目に掛かれない掃除の行き届いた内部は足をすくませるほどの威厳がある。だがフリードリヒはそんな素振りも見せず、なんの緊張もなく軍靴を鳴らす。
「フリードリヒ・ヴァルトハイム伍長でよろしいか?」
彼の名を呼ぶ声。
間を開けて振り向いた先には一人の男性、随分と実戦に不向きな、いや軍人ではない格好をした男が立っていた。おそらくこの中央司令部に勤務する者だろう。
「――私はアルベルト・ヴォス・オーバーザルツベルグだ。エレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガー閣下の側近をやっている――わざわざ東部戦線からご足労であったな」
アルベルトの自己紹介に敬礼で返答をする。
「フリードリヒ・ヴァルトハイム伍長。帝国陸軍第四〇八小隊、東部戦線より出頭いたしました」
フリードリヒの見事な敬礼に圧倒されるように、アルベルトは手のひらをかざして否定のジェスチャーを送る。
「いや、私は軍人ではないからな。敬礼はいらんぞ」
アルベルトの要望をくみ取り右手を下げる。
「君の活躍は聞いている。まだ指で数えるほどしか参加していない実戦での戦功――中央司令部は君の噂が広まっているよ。閣下もご満悦だ」
「ありがとうございます。それで、件の出頭に関してなのですが――」
「――ああ、出頭は通知した書類の通り閣下の要望だ。閣下も君と直々にお話がしたいということだ」
どうやら東部戦線での噂が中央司令部にまで広まっているようだ。
数週間前のあの出来事、フリードリヒは着剣した手動式小銃とM24型柄付手榴弾、そして軍用スコップだけで敵戦車部隊、敵歩兵多数をすり潰した。
味方の増援が到着した頃には、フリードリヒが援護なしの単独で敵中隊を撃破、戦場の空気に心酔しきった恍惚で佇んでいた。
異質。
あまりにも異質な光景だ。全身の至る所にシャワーのように浴びた粉塵と血と泥が悲惨さを醸し出し、生死を確認する必要もないほど的確に急所を破壊された死体が辺りに転がっていた。
笑っていた。
笑顔。
狂気を狂気で塗りつぶしたように、敵兵の殺害を笑劇のように堪能する頬の緩みが援軍の兵士たちの背筋を凍らせた。
戦闘ストレス反応ではないか現場では疑われた。だがそう確信するほど彼の様子はおかしくはない。不規則な動きもしなければ言動も正常である。
フリードリヒが所属していた部隊は壊滅、以前の彼の人柄を聞き出すことはできなかった。だが戦地の土を踏みしめている時の彼の活き活きとした様子は周りの兵士たちの士気も高めていた。人格に少々の不安はあれど、味方部隊に悪影響を与えるものではない、そのように結論付けられた。
「こちらだ。ついてきたまえ」
先導するアルベルトの後をついて行く。
一歩一歩地面を踏むたびに床の赤絨毯の感触が伝わる。
かつての世界、かつて通っていた大学の図書館の床もこういった踏み心地であった。
(……)
りんりんの影響だろうか。あれほど帰りたがっていた現実世界への渇求が無くなってしまったことは。
現実世界の記憶がとても遠い昔のことのように思えてくる、はっきりと思い出すことができない。記憶のパズルを再構築しようにも、経年劣化で変形したピース同士がかみ合わない。
吉野美帆。
彼の中でひと際大きな光を放っていた吉野美帆という存在。彼女のことも今では記憶の片隅に立ち尽くすものとなってしまっていた。
階段を上り三階へ、進路図に沿って複雑な回廊を進んでいく。
途中ですれ違う軍人たちや高官たちの視線を集めたフリードリヒ、この場に場違いな階級を持つ下士官であるからだろうか、それとも噂が本物となって自分たちの瞳に映し出されたからだろうか。
アルベルトが止まる。
彼の止まった扉の表札には『総帥執務室』と表記されている。
アルベルトに倣って背筋を伸ばしたフリードリヒの目の前で、扉がノックされる。扉をノックしたアルベルトを一瞥したフリードリヒは扉の向こう、中から聞こえた若い女の声に耳を疑う。
総帥の愛人が部屋にいるのかと勘繰ったが、開かれた扉の向こうの光景、頑強な雰囲気を醸し出す、将軍を示す襟章を湛えた軍服をその身に宿す男性二人、そしてフリードリヒよりも数えるほど年上の若い女性。その光景を見た瞬間、彼は何かを察した――
「ようこそ、ヴァルトハイム伍長。入り給え」
肩に垂れた金髪を払い、桜色の唇が微笑みによって艶々とした頬を押し上げている。総帥用の制帽の下で、表情をとろけさすような碧眼がフリードリヒを捕まえていた。
腰に手を当て立つ姿は些かモデルのようだ。
この国の国家元首がまさかの女性であるとは思いも知らず、呆気に取られ、沈黙を迎えていたフリードリヒは、我に返るとすぐに敬礼で態度を示す。
「東部戦線より参りました――フリードリヒ・ヴァルトハイム伍長であります」
教本モデルをそのまま顕在化させたような正しい姿勢で敬礼するフリードリヒ、そんな彼に好奇心を燃やした双眸に熱を込めた総帥閣下が歩みだす。
徐々に彼女が自分のもとに近寄ってくるにつれ、香しい部屋の芳香とは別の彼女自身の香水の香りが漂ってくる。
鼻先数十センチの距離まで近づいた総帥が蠱惑的に語りだす。
「初めまして。私はラインハルト帝国総帥、エレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデバンガ―だ。よく来てくれたな」
雰囲気に似合わない男喋りで、鈴のような安らぎを与える響きで話したエレナが、招待に応じたフリードリヒを歓迎する。彼の顔を見つめ、一通り堪能した後にくるりと背を向ける。室内のソファへ誘導するように歩き出す。
赤色を土台に、金色の刺繍が施された襟章の初老男性二人の間にエレナが腰を下ろす。彼女らに正対する形で正面のソファに腰を落とすフリードリヒ。
「さて――ヴァルトハイム伍長をご招待したのは他でもない」
閉口を砕いたのはエレナだ。
「数週間前の東部戦線、第四〇一小隊が担当していた戦域において、貴官は第四〇八小隊の唯一の生き残りとして単独で敵増援を排除、対歩兵装備で敵戦車数両までも撃破した、と」
エレナの事実確認にフリードリヒは肯定の返事を返した。
「――なるほど。では次の質問だが、君は一体なぜ一人だけ生き残ることができたのか? 小隊が壊滅するほどの乱戦だ、お前一人だけ猛攻の嵐を躱すことができた――というのは些か不可思議なことだ――」
不意に訪れる言葉の途切れ。
質問ではなく尋問するような音程の彼女の声音には、何かを悟った様子が伺える。その悟りを確かなものとするためにこう質問を繋げる。
「ヴァルトハイム伍長――貴官は小隊各位が敵部隊の足止めに尽力している時にはどこで、何をしていた?」
容赦のない。
容赦のない的確な追及であった。双方あれだけの被害を出した戦闘において、小隊のメンバーが亡骸に変貌していく中、一兵士が無傷で生き延びたことは軌跡に近い。生き延びた兵士がずば抜けて戦闘に長けた能力の持ち主であったから、敵を全滅させることができた、という考え方もできなくはない。
だが問題は、敵中隊を単独で撃滅できる飛び抜けた戦闘能力を持った兵士など存在するはずがない、というのが常識的な考え方だからだ。歩兵を片付けられたとして、戦車をどう処理する? 当時のフリードリヒの装備では戦車相手に真正面からでは太刀打ちできない。隙をついて戦車の入り口にあたるハッチをこじ開けて搭乗員を制圧した? その間に他の戦車の機銃掃射の餌食になっているのではないか?
エレナは何が言いたい?
もう自明のことだ。
彼女はフリードリヒが敵前逃亡をして難を逃れたのではないかと言っているのだ。
だが疑問が再び姿を現す。
なぜフリードリヒは一人で中隊を全滅させた?
やはり超人的な戦闘力で敵を圧倒したからだろうか?
その答えはエレナは知っていた。フリードリヒが中央司令部まで足を運ぶ以前から、まるで全てを見通しているかの如く、彼の宿命を知っているのだ。
「――まあいいよ。今のは気にすんな」
獲物を追い詰める肉食獣のような重圧の尋問が幕を下ろし、平和な暗幕が開かれる。左右のアウデンリート、マンシュタインも詮索はしないと示すようにソファの背もたれに体を預ける。
そしていつの間にかテーブルの上に三本の空いたジュース瓶を製造していたエレナが話声を編み出す。
「それと、君は陸軍に所属する一般兵士でありながら、本来は禁止されている人体の『機械化』を施しているようだな。約四割が機械の体だそうだが、どんな事情がある?」
ラインハルト帝国では法律で機械化を禁止している。人間としての尊厳を失わせ、遥か昔に繁栄していたとされる革新技術の復活を恐れ、その研究も限定的なものに限られる。
機械化兵団で構成される突撃機械化軍ならいざ知らず、陸軍所属での機械化は明らかな違法行為である。
フリードリヒは答えようがない、これはりんりんから授かったものだからだ。
「――初陣において、敵砲撃部隊の至近弾を食らいました。そして人体の部品を欠損し、満身創痍で泥にまみれていた時に突撃機械化軍の兵士に拾われました。そこの駐屯地で治療を受け、失った体の部位を機械で埋め合わせをしてもらった次第です」
嘘。
それは嘘であった。だが本当のことを話しても仕方がない。
「――そっか。許可も無しに機械化なんて軍法会議もんだが、味方助けるための行為であれば私は何も言わない」
エレナはそういう人間だった。
悪く言えば適当な人間で、配下の人間たちを振り回してばかりいるじゃじゃ馬娘である。だがその自分の国民を大事にするという彼女の姿勢が支持基盤であったりする。
「閣下、そろそろ本題に入りましょう」
彼女の耳元でアウデンリートが耳打ちする。拍子抜けた会話を展開していたが、本題はここからである。
すっかり横道にずれていた語らいを軌道修正すべく一度の咳払い。
嫣然と笑っていたエレナの表情が引き締まり、彼女の雰囲気と場の空気の温度が下がる。空気の変化を察したフリードリヒも真剣な面持ちに早変わりする。
「伍長、現在ラインハルト帝国にとっての脅威は敵の機械化兵団、大量生産されたエリート部隊だ」
フリードリヒ自身はまだ自分と同じ機械化人間の兵隊とは対峙したことはない。だが自分がその機械化人間である以上、敵に回せばどれほど厄介な相手なのかは容易に推測できる。
「そこで、遊撃任務を負う突撃機械化軍の中で、対機械化兵士との戦闘に特化した特務隊の編成を秘密裏に進めているんだ」
「特務隊……ですか」
連合軍の機械化兵士は射撃技術や判断力などは一般兵士と大差ない、だが耐久力や損傷部品の交換による回復力は軒並み高く、油圧駆動システムを採用することによって生身では発揮できない力を使う、白兵戦の場合、力勝負になれば常人に勝ち目はない。
更に革新化された身体能力は現場を翻弄する。
「ああ。そこでお前には新設される特務隊を任せたい。無論拒否権は無いぞ」
フリードリヒの心臓が大きく跳ね上がる。それはリスクを伴う役目への恐怖心ではない、戦争という狂乱行為の中で、重要で特別な責務を任されたことへの期待感、そしてラインハルト帝国の敵である、ポリテーヌ共和国兵というニックネームをつけられた猿を殺せることの亡憂。
「生きてきた甲斐がありましたね。この戦争の目的のため、命令あればどんな軍事行動にも従事してみましょう」
フリードリヒの快諾。アウデンリート、マンシュタインの安寧。エレナの喜び。
「――よし分かった。フリードリヒ・ヴァルトハイム伍長はただいまより突撃機械化軍へ転属、特殊作戦群『フリードリヒ・フッケバイン』の指揮を命ずる。規定に従い、お前は今から中佐へ昇級だ」
ラインハルト帝国軍の規定では、少数しかいない突撃機械化軍に所属する機械化兵士は佐官相当官として扱われるのが規定となっている。
豊かな双丘の下で腕を組んだエレナは子供のように胸を張って見せた。
その隣ではアウデンリートが書類の束に目を通している。右上に顔写真の張られた書類が六枚、どれも突撃機械化軍に所属する兵士の個人データが記されている。
「ではヴァルトハイム中佐。特務隊を新設するにあたって、編成要員の確保が必要だ。そこで我々が事前に募集をかけ、数度にわたる過酷な選抜試験を潜り抜けてきた軍人たちをリストしておいた」
フリードリヒの目の前に差し出された六枚の書類。ラインハルト語で『Annahme≪採用≫』と赤い判子の押された書類を手に取る。
六人分の顔写真の添付された書類は現所属部隊名や戦績、健康診断結果など多彩な情報で彩られている。
渡されたのは六人分、自分を含め合計七人のおおよそ分隊規模。隅から隅まで徹底するラインハルト帝国軍が、人員不足を理由に中途半端な部隊編成をするとは考えにくい。おそらくこの七人の少数で特殊作戦が実行可能だと評価したのだろう。
「――受領いたしました」
「よろしい」
満面の笑みでフリードリヒの積極的な承諾を歓迎するエレナ。そんな彼女の隣に座るマンシュタインが別の書類を取り出す。
先ほどとは違い分厚く束ねられた書類、上部には作戦概要書と記載されている。
手渡された書類の束を目の前にし、フリードリヒは分かり切った質問をマンシュタインに投げ掛ける。
「これはフリードリヒ・フッケバインの初任務ですか?」
「そうだ。それは我々戦略参謀で計画した極秘作戦だ」
『極秘』という単語に眉をひそめたフリードリヒに説明するように、エレナが話に割って入る。
「それは私とアウデンリート、マンシュタインを含め、少数の将官だけが知る極秘作戦。今後のポリテーヌ共和国との戦争において重要な作戦になる」
茶菓子のクッキーを咀嚼しながら見事な滑舌を披露したエレナが作戦概要を簡単に話始める。
「もぐもぐ、それはな――ごくん。それは前線でいきなりの機械化兵士狩り任務ではなくて、重要人物の暗殺任務だ」
暗殺。
今まで陸軍の一般兵士として、前線における戦闘活動しか行ったことのないフリードリヒにとっては初めての経験だ。ましてや専門的な暗殺訓練も受けてはいないフリードリヒにその任務が務まるのか?
フリードリヒの心中を読んだエレナがすかさずフォローを入れる。
「まあ、今のお前なら問題はないと踏んで上層部で決定した作戦だ」
ラインハルト帝国軍では、総帥であるエレナを中心に作戦計画を立案する。戦略参謀としての能力も備えているエレナは戦略会議において席を設けていて、積極的な作戦立案を意見、議論をしている立場である。
エレナの台詞、『今のお前なら』という部分に妙な違和感を覚えるが無視する。
「――承知しました。それで、この暗殺任務の場所とターゲットは……」
不意に漂う冷たい冷気。
冷えた空気がフリードリヒの背中をさする。
空気の変化を捉えたフリードリヒを楽し気に眺めるエレナ。悪意も何も感じられず、純粋に彼を見つめる彼女の口が開かれた。
「ラスコー・ポリテーヌ共和国首都、ストラスマルセイユ国立大学に通う大学生。共和国代表の娘であるアレクシア・アニョルトの殺害がお前の初任務だ」