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第四十六章 ジークライヒ作戦⑧

 目の前で大切な人が命を落とす瞬間を見た。

 リル・エタンダールは最期までアレクシア・アニョルトの護衛として命を捧げたのだ。


「……」


 それまでアレクシアを狙っていた88ミリ砲は次弾装填、再発射をする素振りを見せることはなかった。

 リルの放った銃弾が砲口内部へ進入し、増設された弾倉から次弾を送り込むアームを破壊していたからだ。


 合計7発の弾丸は7門の砲台を無力化。

 これによって一時的にアレクシアに対する直接的な脅威は消え失せたわけだ。


「……」


 声を出せない。

 だがリルがその身を挺してまでアレクシアを守り切ったことは理解できた。


(……リル……)


 生命活動が終わりを迎える間際。

 それでも死の悼みを実感できるだけの感情が、涙となってあふれ出る。


(リルが私を……守ってくれた……)


 無意識に手元に転がる石を握る。


(今度は私が守る番……)

 

 常人であればすべてを投げ捨て、静かに瞼を閉じるであろう光景。

 何もかも成功を掴める道など残されていないかと思えるほどの絶望感。

 常識的にそこに一筋の希望の光を探り出そうとするなど考えられない。


 常識は人々を硬く拘束し、それに抗うという滅裂した行動を決して許さない。


 だがアレクシアは抗った。


 力の残されていない全身に魂を込め、泥まみれになりながら這いつくばる。


 数センチ進み、さらに数センチ全身する。

 カタツムリのようにゆっくりとした動作、だが確実な動作で前へ前へと進んでいた。


 そのうち、この場所にフリードリヒの別働部隊が到着する。 

 それまでにここから退避をしなくてはいけない。


 だがその前に、彼女には逢わなくてはならない男性の存在があった。


 手探りで近くに倒れている彼を探す。 

 アレクシアと同じ瀕死状態である以上、この場から離れていることなど考え難かった。


 手のひらに伝わるのは土と砂利の感触だけ。

 その他に彼の存在を示す何かは見つからなかった。


(絶対に……絶対にいる……)


 そう自分に言い聞かせ、力いっぱい手を伸ばした。


 カチャ――と。


 人工的な感触と異音。

 指先から伝わる感触と刺激される聴覚。

 それは決して瓦礫などではないことが理解できた。


 それを顔の近くまで引き寄せ、眼前にまで運んだそれに焦点を合わせる。


 それはルガ―P08であった。


 フリードリヒが所持し、先ほどまでアレクシアに向けられていた自動拳銃。


 そして――


「神を殺すための……対神兵器……」


 知らないはずの知識が脳内に流れ込む。


 それに触れてから、何か神格的な感覚を全身に行き渡らせるような力となってアレクシアを包み込んだ。


 全身を撫でる妙な感覚。

 それはかつて経験したことのあるものだった。


 彼女がこの世界に転移する前に体験した異空間。

 螺旋状の七色で構成された異空間。


 そうだ。

 勘違いのはずがない。

 これは初めて別次元の存在と言葉を交わした空間の感触である。


 そしてその体験を吉野美帆にさせた張本人の言葉が、彼女に放たれる。




≪こんにちわ、吉野美帆≫




 今ではどこに行ったのかもわからない女の声。

 

 ――なぜここにいるの?


 それはアレクシアの口から出した言葉ではない。

 瀕死状態の彼女の意識の中で放たれた心の声である。


≪――フリードリヒ・ヴァルトハイムに射殺された後、私はこの世から存在を消されて魂だけがこの銃に囚われたんです≫


 その銃がアレクシアの触れているルガ―P08である。


≪意識がこの銃に囚われたとしても、もう女神としての力は失ってしまいました――いや、奪われてしまったという方が正しいでしょうか?≫


 ――奪われた?


≪はい、奪われました――私を殺したフリードリヒ・ヴァルトハイム――もとい奥村真広が半分を所有しています。ですが――≫


 一呼吸入れるようにセリフに間ができ、ワンテンポ遅れてりんりんは次の言葉を絞り出す。


≪今はまだ人間としての肉体が神の力を許容できず、十分な神の力を使いこなせない状況です。あなたを殺すことができなかったのもそのためでしょう≫


 ――まだ彼が人間であるのならば、どうにか奥村君を取り戻せないの?


≪定着しかけた神の力を引きは剥がすのは危険です。奥村真広の体が耐えられません≫


 もはや時間の問題でしょう――りんりんが付け加える。


≪彼とあなたにはこちらの世界に来る際に加護を与えました――ですが神の力そのものを取り込んでしまっては……≫

 

 ――もし彼が女神の力に適合してしまったら、どうなるの?


≪ベースが人間である以上、崩壊は必死。絶対に助かることがないというのが私の見解です≫


 崩壊。

 りんりんの言葉を噛みしめた後、アレクシアの中で何かが失われた。


≪人間が神の力に適合した前例などありません。彼の肉体と魂がどうなるかなど想像もつきません≫


 ――なら、どうすることもできないの?


≪残念ながら。私には対処法など思いつくどころか、考えることもしないでしょう≫ 

 

 彼と一緒に元の世界に還るという目標。

 それを阻む現実がアレクシアを苦悩させる。


≪――今なら間に合います。奥村真広を射殺してください≫


 りんりんからの処刑宣告。

 アレクシアは重症であるが、それでも無理をすれば引き金を引くことはできるだろう。

 しかし彼女の心が待ったをかける。


 ――何を言っているの? 私は奥村くんと一緒に還る。それだけが望みなのに――

 

≪神の力を侮らないでください。適合したという前例がないと言ったでしょう?≫


 りんりんによる合理的な説得。


 ――もしも彼を撃ってしまったら、彼はどうなるの?


≪言わずとも自明でしょう。死んでしまったら魂が崩壊し、体は肉塊に成り果てる。生き返りなどありません≫


 アレクシアの息が止まる。


 ここでフリードリヒを殺さなくては、彼は神の力に耐え切れずに死亡する。

 しかし引き金を引いてしまえばそこで彼は終わる。


 フリードリヒが死ぬということは避けられない事実であった。


 アレクシアは歯を食いしばる。

 重傷でほとんど体を動かすことができないにもかかわらず、魂までをすり減らすような力をこめて歯を食いしばる。


(私は……私はずっと一緒に還るためにがんばってきたのに……)


 運命に否定され、大切にしてきた望みを奪われる。


 一生懸命努力してきた。

 遠く離れた彼をずっと追いかけ、手が届きそうになるまで追い求めたのに―


 そのために、護衛であり親友だと思っていたリル・エタンダールまで亡くしたのだ。


 大切なものを失い、失意の気持ちが滴となって流れ落ちる。

 1つ、2つ……いくつもの滴が混ざり合い、滝のように瞳から流れ出る。


(もう……こんな世界……)


 自分たちをこんな境遇に墜とした世界を憎んでしまった。


 この地獄に自分たちを放り込んだりんりん。

 そして報われない運命を強制した世界。


(何で世界は……こんなにひどいことをするの……?)


 自暴自棄に心の丈を露わにさせる。


 りんりんは何も答えない。 

 この世界を創り、管理する女神であるりんりん。

 このアレクシアの境遇を築き上げた張本人は何も語ることはなかった。


 神にとって人間とは子供である。

 その間には確かに母子の愛が存在している。


 だが同時に神様にとって人間とは都合の良いエネルギーでもあるのである。

 死んだ人間から放出される生命エネルギーは神の栄養分となり、そして世界そのものの栄養分ともなる。

 心身一体の神と世界の前では、アレクシアの心の叫びなど粒子ほどの小さな事象に過ぎない。


 額を地面に擦り付け、微かな嗚咽を漏らすアレクシア。


≪――もう、これまでです≫


 りんりんはアレクシアの命が途切れそうになっていることを肌で感じていた。


≪――あなたはよくがんばりました≫


 一人語りのようなりんりんの口ぶり。


≪あなたをこんな境遇に墜とし入れた私が言うべきことではないですが、あなたの魂が永劫に清まれることを願っていますよ……≫


 ――偉そうなことを言わないで。


 しばらく言葉を発しなかったアレクシアが、再びりんりんにテレパシーを送り込む。


 ――玉座にふんぞり返っているあなたのような神なんかには理解できないでしょうけどね――。


≪無用な思考は死を早めますよ?≫


 りんりんの訓戒を無視し、アレクシアは再び続ける。


 ――あなたのような神には人の気持ちはわからない。

 

≪……≫


 ――もっと違った心を持った……優しい心を持った神様。


 そんな神が世界を見ていてくれば――


 無意識のうちに漏れ出す言葉。


(一体私は何を言っているんだろう……)


 本心とりんりんに語り掛けている言葉。

 そこにはズレが生じていた。


 ――そうであれば私も……ううん、私と奥村くん以外にも、不幸な目に遭う人を助けられる。


(こんな時に……何を言っているの?)


 自分と奥村以外の誰かを想う言葉。

 それの正体が彼女にはわからなかった。


 ――人間を見下さないで。


(……ああ……そうか……)

 

 アレクシアの中で何かが花開く。


 この世界で出会った人々。

 それが敵国の兵士だろう関係はない。

 例え戦争状態で、お互いが敵国を憎み合っている野蛮な状況だとしても――

 彼らは等しく幸せを望んでいる。


 アレクシアはそれを大切だと思っていたのだ。 

 

 行き過ぎた善。

 関係のない第3者による感性。

 他人から見れば、間違いなく彼女は異常な博愛を握りしめる異端者だと思うだろう。


 自分が悲惨な生涯を終えようとしている中、彼女は自分という個人を含める全体を想っている。


 ――だから、もっと幸せな……。


 全身の感覚はすでに失せている。

 あと数秒の命、アレクシアは最後に力を振り絞り、最期の言葉として思考する。




 ――幸せな……そんな世界であればよかった。


 

 

 それが最後の言葉。

 最期を迎えるアレクシアが、瞼を完全に下ろす直前に思った言葉である。

 

 呼吸が止まり、心臓が停止しようとしたその時――

 

 幾方向もの空からレーザーのように直進する光の筋が発生する。

 灰色の空色を埋め尽くす光のグラデーション。

 それらが力尽きたアレクシアの周囲を取り囲むように降下する。


≪――あれはまさか……≫


 ルガ―の中からりんりんが驚きの声を挙げる。


 突然現れたいくつもの光線。

 そしてその光線の中に、紙切れのような小さな存在が含まれている。


≪どうして急に――何の理由で、なんでこのタイミングで?≫


 かの光線の正体をすでに見抜いているりんりん。

 銃の中で視線を右往左往させ、アレクシアを取り囲むその光に注意を呑み込まれる。


≪――そんな……吉野美帆の願いに反応したというのですか……?≫


 吉野美帆の願い。

 それは彼女が瞼を下ろす直前に心の中で呟いていた。


 ――幸せな……そんな世界であればよかった――と。


≪私が破壊してしまったあの()()――それが……こんな奇跡を起こすとでもいうのですか……≫


 りんりんの記憶の中に眠るある神書。

 それは過去に暴走状態の時に彼女が葬り去ってしまったファルネスホルンの希望――


 ――ワルプルギス文書。


 失われし悲願の象徴。 

 それがアレクシアの求めに応じ、この世界に姿を現した――

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