第四十五章 ジークライヒ作戦⑦
予想もつかない通信内容。
首都に空爆部隊が到来したことは理解できる。
だが光の粒子とは何だ?
ラインハルト帝国は一体どんな手を使った?
全身を遠慮のない痛みが走り回る。
アレクシアは爆発による噴煙を眺め、その中にいるであろう人物の姿を捉えようと目を凝らす。
(きっと……今ので十分な打撃が……)
十分な打撃を食らったアレクシアはM1ガーランドを構える。
煙の中からの不意の突出攻撃に備え、引き金を触れたまま待ち続ける。
プスプスと炎が燃える音の奥――
勢いよく地面を踏みしめる異音がアレクシアの聴覚を刺激する。
「……もう降参して……」
すでに全身が大破状態。
もう発砲の反動で折れてしまいそうな重症のアレクシアにとって、これ以上の戦闘は命に係わる。
望まない機械化の末に手に入れた頑丈さだが、もうこれで打ち止めである。
「……私もあなたも戦えない……本当に死んじゃうよ……」
弱弱しいアレクシアの説得。
それもむなしく、煙の中からは殺意のこもった銃口がアレクシアの眉間を射抜いていた。
「――死んでしまうのなら……それはそれで構わない……」
マントに穴を空け、上着の勲章が粉々に砕かれた姿で現れるフリードリヒ・ヴァルトハイム。
左手を失い、左目から血を流す彼は満身創痍。
彼も同じく、たった一度の射撃で破壊し尽くされそうな損壊具合である。
今もなお88ミリ砲の脅威にさらされているのにもかかわらず、両者はその場から動くことはなかった。
「……吉野君が投降しないのなら、私は撃鉄を落とさないといけないの……」
「……撃鉄を落とすことが日常の戦場で何を言っている? それは永劫不変な戦争の法則だ」
最後まで相容れない男女。
引き金にかかった指に力をこめることのできないアレクシア。
自動装填を完了した88ミリ砲が再照準するのに時間はかからなかった。
「――本当に死んじゃうよ? もとの世界にも帰れないで、こんな狂った世界で」
「狂った世界なんてどこも共通だ。違いは如何に見せかけの平和が存在するか、明らかな戦争が勃発しているかのどちらかだ」
そうだ。
あらゆる世界を管理する神界においても、血塗られた歴史はどこまでも後世に影響を与える。
一度手にしたと思われた平和のようなものはすぐに終わった。
そうである、神は二度に渡る大戦を引き起こしているのだから。
現在進行形で負をまき散らす戦争がこの世界の外側――神の世界で起こっている。
それはどうしようもなく長く暗い闇の時代である。
「――でもね」
重々しい金属音。
フリードリヒの視点が下る。
そこにはアレクシアによる保持を失い、重力に呑まれた小銃が地面に叩きつけられていた。
「――どんなに世界が悲劇に包まれていようとも、戦争が重く世界に覆いかぶさっていたとしても――」
アレクシアは一歩踏み出す。
それは軍人としての、ポリテーヌ共和国の姫君としての一歩ではない。
「――絶対に私と奥村君の戦争は終わらせるよ。まずはそれが先決だから……」
数歩目の前進。
そのとき、ルガ―の引き金を触れる指が微かに動くのを視認した。
耳元で轟く爆発的な轟音。
アレクシアは必死に顔を横に反らして弾丸を避けた。
いや、正中線への直撃こそしなかったものの、かの銃弾は確実にアレクシアの顔を抉っていた。
彼女の頬骨までも破砕した11ミリ徹甲弾。
アレクシアの説得の効果は無に帰せた。
それほどまでエレナの洗脳が強く働いている。
「――奥村君が帰ったらすること――それは大学の課題の量を減らしてもらうために教授に直談判すること」
もう顔の感覚はない。
銃の反動で壊れてしまいそうなほどの状態のアレクシアは、ほとんど無心に全身を鞭打っていた。
限界が常識を断ち切り、もう体重を支え切れない足腰が全身を持ち上げている。
「――ずっと授業を欠席しちゃったから……2人揃って留年だね……」
再び銃口がアレクシアに向けられる。
今度は外さない――
そのような意気込みを感じさせる撃鉄が振り下ろされる――
「――アレクシア様!!」
その直後にリルの怒号が飛び込んでくる。
そしてその刹那後、高温に熱せられた88ミリ砲弾がアレクシアとフリードリヒの頭上を通過する。
砲撃の衝撃波でルガ―P08は明後日の方向の宙を撃ち抜き、バランスを崩した両者はその場から吹き飛ばされる形で転倒する。
「アレクシア様!!」
徐々に近づくリルの声。
「……リ……ル……」
アレクシアの掠れた言葉。
慌ただしい疾走音をなびかせながら、リルは最早立ち上がることさえできないアレクシアに駆け寄り、膝をつく。
「…………!?」
アレクシアの息が停止する。
瞳を大きく開き、自身に駆け寄ったリルの姿に驚愕する。
左手を失い、頬や脇腹を赤黒く染め上げる銃創。
コードや機械部品を露出させ、焦げた軍服が血と油をまとわりつかせている。
「……申し訳ありません、アレクシア様」
アレクシアに見られてしまった惨めな姿。
「ラインハルトの精鋭部隊員複数を相手にするには……私では荷が重すぎたようです」
優しく微笑むリル。
どうしてそんな顔ができるのだろう?
自分だって死にそうな状態なのに、彼女は自分よりもアレクシアを優先した。
アレクシア・アニョルトはポリテーヌ共和国の姫である。
本当ならば自分を支えてくれる国民の苦しみを真っ向から受け止め、そして幸福を与えてやらねばならない存在である。
それが仮の役割だとしても、アレクシアにその責任を放棄するという選択肢はない。
だが今の自分はどうであろうか?
何もできず、ただ彼女に守られているだけではないのか。
それはたまらなく苦しいもので、我慢できるものではない。
「……あのアハトアハトは単独作戦行動を可能とするAIが搭載されています。ですが、精密処理に難があって味方のフリードリヒを巻き込んでしまうような砲撃をしてしまうようです」
ゆらりと立ち上がるリル。
ホルスターからコルトガバメントを抜き、口にくわえた最後の弾倉を叩きこむ。
「じきに私の仕留められなかった敵部隊がここに来ます――私は88ミリ砲からあなたを守ります」
そう言ってアレクシアに背中を向ける。
アレクシアの盾となって88ミリ砲の前に立ち塞がるリル。
その覚悟を試すように、再装填を終えた88ミリ砲弾が爆発的な発射音とともに銃身からはじき出される。
まっすぐリルを撃ち抜ける軌道の砲弾が、徐々に徐々に距離を詰めてくる。
「――アレクシア様はフリードリヒを連れて行ってください。あなたの傍に仕え、そして今日まで共に戦い抜いてきた私の最後の役目――殿として全うさせていただきます」
そして再三巻き起こる爆音。
飛んできた88ミリ砲弾を手の甲で叩き、強制的に弾道を自身から外す。
骨が砕け、機械部品が大きく変形してでもリルの抵抗は止まなかった。
とてつもない運動エネルギーの砲弾を次々と弾き、数本の指が吹き飛ぼうとも決して拳銃を手放すことなく片手を酷使する。
何度目かの砲撃後、人差し指と中指だけが残った手で拳銃を平行に突き出す。
「……もう用済みだ、くそったれの有能兵器」
驚異的な速さで引き金が前後する。
排莢、再装填の一連の動作とほぼ同じ速度で発射された拳銃弾が銃身を焼きつかせる。
「――アレクシア様」
振り向かずに話すリル。
「あなたが願いを叶える瞬間を祈っています。それまではその痛みにも苦しみにも、やせ我慢と持ち前の笑顔で立ち向かってください」
それがアレクシアの聞いたリルの最後のセリフ。
最後に放たれたアハトアハトをその体で受け止め、リルは再び目覚めることのない永久の床に就いた。




