第四十四章 ジークライヒ作戦⑥
「――我が軍が制空権を完全に掌握。現在ポリテーヌ共和国軍航空機、及び対空兵器の存在を認められず」
オペレーターの声音が指令室に響き渡る。
ラインハルト帝国軍『ジークライヒ作戦』前線基地司令部
「――そして、本国を出立した箱舟船団はポリテーヌ共和国首都上空に差し掛かりました。参謀本部からの指示が伝達され次第、『憤怒の夜明け作戦』が開始されます」
「了解した――作戦海域の方はどうなっている?」
司令長官が尋ねる。
「――現在海軍提督から通信が入っているところです。お繋ぎいたしますか?」
司令長官の頷きを確認したオペレーター。
周波数を合わせ、音声を司令室を囲む複数のスピーカーから出力する。
『――こちら、艦隊旗艦『ビスマルク』。符号――『聖女を愛する我が帝国』。繰り返す――『聖女を有する我が帝国』』
海軍提督から発せられる符号が司令室に轟き、それと同時に歓喜が沸き起こる。
「――了解。貴艦は引き続き作戦を続行されたし」
通信終了。
「――諸君、すでに分かり切っていることだろうが朗報だ」
司令長官の声音が飛ぶ。
そして、傾聴する者たちの敬礼が巻き起こる。
「――ポリテーヌ共和国、及びクール・ブリテン連合王国艦隊の後方に控えていたリバティー合衆国海軍が反旗を翻した。共和国連合軍を脱退し、我ら帝国枢軸同盟軍の一翼を担うこととなった」
リバティー合衆国艦隊による、ポリテーヌ共和国、クール・ブリテン連合王国艦隊の尻を叩く挟撃作戦。
それが『セキガハラ作戦』の本髄である。
「――長官、リバティー合衆国による共和国連合に対する宣戦布告が発せられました。宣言は艦隊攻撃直前です」
オペレーターの迅速な報告に対し、司令長官は口角を僅かに上げる。
「合衆国も、我々と進路を共にする方が多大な利益を得ると理解している。まさに資本主義の本懐だな――状況を本国参謀本部に打電しろ」
司令長官の命令でオペレーターが参謀本部への打電を行う。
その通信は遥か彼方のラインハルト帝国首都へ。
吉報を待つ参謀本部作戦室へと繋げられる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同刻 ラインハルト帝国首都 参謀本部作戦室
「――前線司令部より通信――『聖女を愛する我が帝国』。繰り返します――『聖女を愛する我が帝国』」
待ちに待ったその報告。
参謀本部作戦室に集まる参謀将校らは、その朗報を受けた瞬間一斉に起立する。
そしてオスヴァルト・フォン・アウデンリート中将が再度現状報告を行う。
「――総帥、共和国連合同盟を破棄したリバティー合衆国艦隊との合同戦闘作戦『セキガハラ作戦』。及び敵制空権を完全に制圧するため、99か所にそれぞれ地対空車両を配置、空軍との合同で上空の脅威を排除する『99式流星作戦』を完遂しました」
ブーツの重奏。
参謀将校全員による敬礼を受けたエレナは、作戦書類から視線を外して傘下の人間たちへと目線を送る。
「――残すプランは『憤怒の夜明け作戦』のみだな? だがそれも後数分で成就される」
ポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
首都から出立した箱舟船団は予定通りにポリテーヌ共和国首都上空へと到達した。
「――女神がこの世界に安寧をもたらす瞬間を――祈りたまえ」
自分に対するかしづきを求めるエレナ。
そうだ、何しろこの世界の行く末はすでにエレナの手の内にあるのだから。
(こちらの作戦は恐ろしいまでに順調だ……貴様は過去の残湯を飲み干せたのか? 奥村真広……)
エレナは意識を集中し、遠く離れたフリードリヒの反応を探す。
(……アレクシア・アニョルト……あの女は未だ希望に縋り付いているのだろうが、それも時間の問題だな)
フリードリヒの反応をキャッチ。
損傷を受けているものの生命維持に支障をきたすレベルではない。
女神から見下ろされる中、フリードリヒはアレクシアとの戦闘を続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
市街地地下に掘り進められた地下道。
かつて物資運送用として使用された広大な地下空間から飛び出すラインハルト帝国軍野戦将校。
主兵装の小銃を破壊されたフリードリヒは、虎の子の拳銃を握っていた。
アレクシアは咄嗟にガーランドを振り上げ、発砲する直前のルガ―の銃身を叩き上げる。
照準の外れた弾丸が空を撃ち抜く。
(今なら……撃ち込める!!)
ルガ―ごと片手を上空へ跳ね上げられたフリードリヒはバランスを崩している。
アレクシアはそれを好機と考えガーランドの銃口を彼の肩へと押し当てる。
引き金に指をかけた瞬間、フリードリヒの背後――街の通路のアスファルトが粉々に砕け散り、下から巨大な何かが持ち上げられる。
(――アハトアハト!!?)
地下通路に設置されていたエレベーターによって地表へ姿を現した高射砲。
合計20門ものそれが、一斉に砲火を吐き出した。
自動稼働で装弾、発射された88ミリ砲弾の嵐がアレクシアに近接する。
(……避けられない!?)
高速の砲弾はアレクシアに退路を与えないほどの数の暴力で差し迫り、その進行速度は彼女に跳躍の暇を与えないほど磨きがかけられている。
最期の瞬間を恐れて目をつむる。
死への恐怖と目的を果たせなかった後悔の念を噛みしめ、閉じた瞳から一筋の涙が落ちる。
行き場を失ったアレクシアの涙が爆風によって吹き飛ばされる。
四肢が乱暴に宙に投げ出され、視界がぐるぐると回転する。
顔から地面に落下し、脳が揺さぶられ、赤黒い液体が流出する。
(……痛い……)
脳震盪によって視界が揺らぎ、まともな思考が働かない。
痛みという原始的な感覚がアレクシアを蝕んでいく。
耳元に響く誰かの声音。
耳を覆うヘッドフォンは周囲の音も拾っているため、これはアレクシアの周りで誰かが喋っている声なのだろうか?
男ではない高い声。
砲撃と爆発に巻き込まれた可能性のあるフリードリヒの声ではない。
『……ア様……シア様』
聞きなれた女性の声。
『――アレクシア様!!』
リルの声が鼓膜を揺さぶる。
「……リル……」
朦朧とする意識の中、アレクシアはリルの名前を呼ぶ。
『――88ミリ砲弾の軌道を変えるため、あなたを巻き込んで設置爆薬を起爆させてしまったことは謝ります』
「……気にしないで、助かったから……」
言うことを聞かない足腰に無理やりにでも力をこめる。
微弱ながら彼女の意思が反映された下半身が、その身を持ち上げようと地面を踏む。
奇跡的に手放すことのなかったガーランドを杖代わりに立ち上がった。
「……奥村君」
未だ姿を現さないフリードリヒ。
仮に機械化兵士であろうと吹き飛ばす88ミリと爆発を受けていたとしたら、最悪の場合は――
「……」
アレクシアはよろよろと歩み出す。
一歩一歩重い足取りで前進するアレクシアに対し、彼女の歩みを思わず止める回線がヘッドフォンをつんざく。
『――ポリテーヌ共和国軍前線司令部より伝令。我が国首都に敵大規模爆撃部隊が空襲を敢行、死傷者は見られず、さらに首都上空に光る極粒の粒子が散布されたことが確認された』
光る極粒の……粒子?
『――しかし現段階では詳細は掴めず、再び首都からの通信を待つ』
通信が途切れる。
箱舟船団が投下した爆弾は、決して物体を熱や爆発で薙ぎ払うものではなかった。
『憤怒の夜明け作戦』の完了を示す爆弾の爆破――それがラインハルト帝国がポリテーヌ共和国を滅ぼすための決定打だった。




