第四十三章 ジークライヒ作戦⑤
アレクシア・アニョルトとの再会を経てから数分後、フリードリヒは建物の陰に隠れて味方の回線に耳を傾けていた。
陸軍主力の後方に控えていた対空戦闘車両が、空軍戦力と合同で徹底的な制空権確保に専念。
数時間の戦闘の末に、上空における敵戦力の完全排除。
そしてすでに本国より出立した箱舟航空船団が徐々にポリテーヌ共和国首都へと近づいていた。
そして、ポリテーヌ共和国、クール・ブリテン連合王国海峡では今もなお海戦が繰り広げられてる。
状況は拮抗、だがポリテーヌ沿岸基地には空挺降下した部隊が徐々に基地の制圧を推し進めている。
今回のラインハルト帝国の大攻勢を察知したポリテーヌ共和国市民は、ロレーヌ戦線、沿岸付近における大規模侵攻を恐れて内陸へと疎開を余儀なくされた。
目指すは首都。
狙われる可能性の高い街ではあるが、それでも防備の薄い周辺都市よりも安心して逃げ込めるのが首都であった。
そう、大勢のポリテーヌ市民が首都に集結しているのだ。
敵国首都に潜り込んでいた諜報員がそのように電報を発した後、無事に首都を抜け出して戦場を迂回するルートでラインハルト帝国へと向かっている。
すべてはエレナの計画通りである。
ポリテーヌ共和国のあらゆる防備の脆弱化が進む中、廃墟街と化した戦場で、2人の将校が雌雄を交えていた。
止まぬ銃声。
持続する破裂音。
瓦礫の上に新たな瓦礫を生み出しながら、ジャックブーツの鳴らすステップは留まることを知らない。
フリードリヒ・ヴァルトハイムの銃撃をかわしきり、アレクシア・アニョルトは建物の一角に身を隠した。
遮蔽物に囲まれたこの場所であれば、機械化兵士の反応を追うことは難しい。
お互いが目を潰された状態で膠着し、互いの居場所もわからずに警戒に当たる。
『――アレクシア様』
ヘッドフォンから聞こえるリルの声。
『――70パーセントの爆薬の設置を終了。ですがこちらは後続の精鋭部隊との交戦を開始しました』
「精鋭? 一人で大丈夫なの?」
『――今のところは。いったん合流しましょう、場所は市街地中央です』
アレクシアの応答を待たずに通信が途切れる。
おそらく後続の精鋭部隊とはフリードリヒの率いる部隊のことであろう。
フリードリヒが先行して市街地へと進出、そして遅れるように本隊が侵入したということであろう。
アレクシアは隠れていた建物から飛び出した。
できるだけ遮蔽物に隠れながら移動し、リルの指定したポイントまで移動する。
そして疾走中に背後から迫る威圧。
振り向かなくてもわかるほどの、圧倒的な重圧を湛えた銃口が向けられている。
地上だけを走っていては疾走軌道を先読みされて射撃される、そのためアレクシアは周囲の建物の外壁などを使い、立体的な移動でフリードリヒを翻弄する。
窓ガラスを割って建物上層部に侵入し、すぐさま別の窓から地上へ降り立つ。
壁や瓦礫を蹴り、空中移動に近い動きで市街地中央にまで接近したアレクシア。
背後からの銃撃を避け切りながら、中央直前に差し掛かる。
そして最後の加速をかけて飛び込んだ。
その瞬間、アレクシアの背後にまで迫っていたフリードリヒを巻きこんで、左右の建物と地面の下から巨大な爆炎が巻き起こる。
猛烈な熱風で露出した首が焼かれ、背中を中心に軍服が黒く濁る。
アレクシアは転げまわるように地面に着地し、すぐに遮蔽物に隠れて襲撃を回避する。
「――リル、上手くいったみたいだね」
息を切らしたアレクシアが見上げる先。
数十メートル離れたビルの中層で起爆装置を握るリルと視線を合わせる。
『――はい。しかし今の一撃でフリードリヒ・ヴァルトハイムを停止させることができたのか不明です』
それと、他の部隊員がすでにこの場に――
アレクシアは首元の無線機のスイッチから手を離し、上空に向かって銃口を突き出す。
「ポリテーヌ代表アレクシア・アニョルトを視認――」
真っ白な髪をなびかせる赤目の女兵士。
降下しながら発射されるMP40の弾丸が、撃ち上げられたM1ガーランドの銃弾とぶつかり合う。
「――大学の教室を襲撃した機械化兵士!!」
アレクシアの記憶が思い起こされる。
彼女はフリードリヒ・フッケバインのクリスティアーネ・シュヴァインシュタイガー。
MP40のボルトが閉鎖状態で停止、そしてM1ガーランドがクリップを排出。
ほぼ同時に弾切れを起こした両者が弾倉へと手を回す。
クリスティアーネはポーチの中の弾倉に手を伸ばし、アレクシアはポーチの斜め上――
サスペンダーに備えられた手榴弾を手に取り、ピンを抜かずにクリスティアーネへ向かって放り投げる。
「――ピンを抜かないと手榴弾は爆発しないのよ?」
顔の目の前にまで飛び込んできた手榴弾を片手で払いのけ、視界が開くと同時に弾倉を叩きこむ。
「――!?」
クリスティアーネの視界が全開すると同時、再び視界を埋める異物が飛び込んできた。
漆黒に塗られた刀身。
研ぎ澄まされた鋼がクリスティアーネの左目横を切り裂いた。
「――痛ったっ!!」
流血が左目を赤く染め上げ、MP40の銃口がアレクシアを撃つことを忘れて宙へ向く。
「お願いだから……邪魔をしないで!!」
アレクシアはすぐ近くにまで落下してきたクリスティアーネの肢体をハイキックで撃ち上げる。
再び宙へ舞ったクリスティアーネを追撃すべく、M1ガーランドをその場に落として腰からコルトガバメントを抜いた。
照準器でクリスティアーネの足腰を狙う。
そして引き金を引いた――
銃火とともに45ACPが吐き出される瞬間、手元の拳銃が真ん中から爆発する。
破片が手を切り裂き、裂傷から血とオイルが流れ出す。
バラバラに砕け散った拳銃の破片が散らばり落ち、今の一瞬に起きた事象を印象付ける。
アレクシアは再び遮蔽物へと身を隠し、攻撃の様子を伺う。
怪我をした手を抑えつつも、それでも無理して通信機に火を入れる。
「リル、今狙撃されたみたい。敵部隊の中に狙撃手として私たちを狙ってる兵士がいるみたい……」
『――こちらも状況を確認しています。敵狙撃手の座標はつかめました――アレクシア様は傷の手当てをしていてください!」
通信機越しの銃声。
リルが狙撃手相手に応戦を開始した。
アレクシアは医療バッグから包帯だけを抜き取って強引に巻き始める。
ちらっと視線を元居た場所に移し、置き去りになった小銃を見つめる。
リルが狙撃手相手に応戦射撃をしている最中である。
今しかない――
包帯を縛って固定した直後、彼女は勢いよくバリケートから飛び出した。
片手で発煙筒を手に取り煙を噴出させる。
それをアレクシアの進行方向へと放り投げ、目くらましにする。
別な狙撃手の存在を警戒し、アレクシアは再びメインストリートへと飛び出した。
ライフルを拾ってすぐに駆け出す。
目指す場所はフリードリヒを爆破した爆心地付近。
リルを一人にしてでも彼女にはやるべきことが残っている。
(この辺り……)
戦車も吹き飛ぶ量の爆薬によって陥没した道路、そこには地面深くまで突き破られた大穴が空いていた。
しかしアレクシアは、その穴の開き方に疑念を抱いた。
(いくら爆発を起こしても、こんな穴なんてできないはず……)
そしてアレクシアはすべてを察した。
そこにあった大穴から覗く光景は地下空間。
(地下構造――!?)
アレクシアがフリードリヒの退路を理解した瞬間、彼女が背を向ける地面が大きく盛り上がり、コンクリートと砂塵をまき散らしてフリードリヒが飛び出す。
りんりんを殺したルガ―P08を構え、人差し指が引き金に触れる。
「ここでお前たちを逃したりはしない、徹底抗戦だ」




