第四十二章 ジークライヒ作戦④
「リル! ようやく本番の時がやってきたみたいだよ、部隊から離れて!!」
「了解ですアレクシア様! 敵負傷兵から爆薬の類を強奪してから向かいます!!」
「わかった。リルは爆薬を建物の各所に設置、戦闘中に順次起爆できるように準備して!!」
リルからの返答を待たずにアレクシアは走り出す。
後方から部隊長の怒号が飛ぶが、気にしていられない。
機械の力で強化された脚力が、アレクシアの疾走に拍車をかける。
機械化兵士の反応と同時に、アレクシアにだけ感知できる加護の存在が接近している。
間違いなくフリードリヒ・ヴァルトハイムである。
相手もアレクシアに憑く加護を感知できているはずである。
おそらく彼女の行く先に彼は来る。
交戦予想地点は市街地の西区分。
本隊からはずいぶん離れた場所である。
アレクシアが先行して待ち伏せ。
そして爆薬を調達するリルが戦場の各所に即席爆破装置を設置する。
アレクシアは瓦礫やバリケートを乗り越え、崩壊した建物の内部に入り込む。
遮蔽物を意識しながら銃を構え、先手必勝の射撃体勢に入る。
何とかアレクシアが最初にこの場にたどり着くことができたが、機械化兵士の足であれば敵の到達は目前であろう。
リルの仕掛け爆弾が間に合う保証はないが、それでも一つでも多くのトラップを仕掛けてくれればそれでいい。
(敵精鋭部隊が来るのは……この方角……)
M1ガーランドの照準器を通し、フリードリヒらが襲来するであろう方向を見抜く。
(彼は大学で私を殺さなかった、まだ私と同じで自制を働かせることができるんだ……)
銃のグリップを強く握りこむアレクシア。
(きっと私の声も届くはずだよ……)
自信を胸に、彼女はひたすら彼の姿を待ち焦がれる。
そして数十分後、それまで微動だにしなかったアレクシアの表情が動く。
顎先に汗を滴らせ、きゅっと唇を紡ぐ。
絶大な加護反応が市街地に到来。
それまでの直進侵攻に急制動をかけ、周囲を警戒するように機敏にエリアを動き回る。
『――アレクシア様、リルです』
ヘッドフォン越しにリルの呼び声が伝わる。
『――奪取した爆薬の設営が50パーセントほど終わりました。ですが精鋭部隊の反応を感知しましたので、今すぐそちらに急行します』
「ありがとうリル、でもあなたは少し遅刻しちゃもしれないね?」
『――ち、遅刻ですか? それはどういう――』
通信相手が困惑する中、アレクシアはそっと引き金に指をかける。
そして小声で、周囲に音が漏れないようにぼそりと呟く。
「敵12次方向――距離30メートル」
その呟きの直後、アレクシアのM1ガーランドが火を噴く。
発射された弾丸が建物の隙間を抜け、30メートル先の外壁に着弾する。
「やっぱり避けられた……」
アレクシアが狙いを定めたのは、着弾地点にいた人影。
だが発砲と同時にその人影は黒マントを翻して回避。
先手必勝とはならず、射線上から敵は姿を消してしまった。
先ほどの発砲で居場所が割れた以上、相手はアレクシアのいる建物への襲撃を敢行するはずだ。
彼女はストックから頬を離し、銃身の銃剣へと意識を集中させる。
銃剣術の態勢を取り、すべての方位を警戒する。
沈黙がしばらく続いた後、彼女はある方向に視線を向ける。
そして溜まりに溜まった脚力を吐き出すように、ジャックブーツが地面を蹴る。
アレクシアが吶喊する方角――
そこの壁が爆薬によって粉砕される。
アレクシアは巻き上がった粉塵と瓦礫の中へと突撃し、見えない何かに向かって剣先を撃ち出す。
粉塵で視界が染まる中、アレクシアは銃剣が何かと激突する衝撃を全身で感じ取る。
その瞬間、莫大な衝撃波が四方の瓦礫や煙を払いのける。
後ろ髪を盛大になびかせ、アレクシアは銃剣の切っ先を見据える。
ガチガチと金属音が鳴り響き、刃と刃がぶつかり合い静止している。
「ようやく来たんだね?」
汗を滴らせながら、鍔迫り合いの相手に語り掛ける。
「あなたを連れ戻すためにここまで来たよ――奥村君!!」
アレクシアが相対する人物――
彼女の銃剣突撃を銃剣で受け止めたフリードリヒ・ヴァルトハイムが、制帽の下の瞳で彼女を見据えていた。
「いつまでも夢見がちな女だな!!」
お互いが全力を持って銃剣に力をこめる。
腕の筋肉や機械化組織が悲鳴を上げるほどの力強さで鍔迫り合いをする男女は、同時に片足を振り上げる。
互いのジャックブーツが両者の腹に吸い込まれ、尋常でない足蹴りが2人を引きはがした。
腹の中身をぶちまけそうな衝撃に顔をしかめながらも、アレクシアは根性だけでやり過ごす。
そして即座に銃を構え、フリードリヒに呼吸の暇を与えることなく連射する。
飛来した複数の弾丸を銃剣で斬りさばき、フリードリヒは目の前の女の銃から弾切れを意図するクリップの排出を目撃。
すぐさま前進して距離を詰め、上段に大きくKAR98Kを振りかぶる――
アレクシアは常人を超えた速度で振り下ろされた銃剣を白刃取りで受け止める。
思わず手元から離したM1ガーランドが地面に叩きつけられる音を聞きながら、彼女は目と鼻の先まで接近した白銀の刃と対峙する。
革製のグローブが切り裂かれ、手のひらから血が流れ落ちる。
とてつもない激痛を受けながらも、アレクシアは銃剣から手を離すことはしなかった。
力を緩めてしまえば脳天を斬り開かれる。
だからこそ自身の血が顔に垂れようとも、アレクシアは手を離さなかった。
「お願い……奥村君…」
喉の奥から絞り出した言葉。
「一緒に……帰るよ!!」
それは何度心の中で復唱した言葉だろうか。
アレクシアが一国の姫から軍人に成り下がった所以――
それが奥村真広との帰還である。
ポリテーヌ共和国は敗戦寸前。
戦争が終わってしまえば、彼女と彼がこうして相まみえる瞬間は一気に遠のくであろう。
故に今が正念場だ。
アレクシアはある決断をした。
それまで手のひらを合わせるように刀身を挟んでいたが、今度は10本の指で刀身を思い切り握りこむ。
そして力任せに両腕を引き、フリードリヒごとライフルを自分のもとへと引き寄せる。
足腰に注いだ力の差が、フリードリヒの態勢を崩す好機へと結びつく。
「いい加減――目を覚ましなさい!!」
アレクシアは高速で自身の腰へと手を伸ばし、スコップを握りこむ。
それに遠心力を加え、万物を破壊せんがごとくの破壊力を伴わせる。
スコップの刃先がフリードリヒの肋骨を横から叩き、巻き込まれてへし折れたKAR98Kごと彼の体を遠方へと吹き飛ばす。
壁に背中を叩きつけられ、肺から強制的に空気が吐き出される。
アレクシアは腰を落としたフリードリヒにすかさず接近し、もう一度スコップを握りこむ。
両者の邂逅から数分が立っている。
その頃ポリテーヌ共和国軍主力はラインハルト帝国軍に押されつつあった。
ポリテーヌ側の航空戦力を徹底的に叩き落すラインハルト対空戦力は、徐々に徐々に制空権を完全に確保しつつある。
その一報を受け、ラインハルト帝国本国から箱舟航空船団が滑走路から飛び立ったのである。




