第三十八章 真実②
――やはり素質に満ち溢れた子だ。これでファルネスホルンに敵意を持つ者を一掃できるやもしれない。
――頼んだぞりんりん。
語りかけられたその言葉は目覚まし時計となって、りんりんを眠りから呼び覚ました。
臨床実験は成功し、与えられた莫大な力がりんりんの全身を駆け巡る。
宣戦布告なしの襲撃を敢行した主戦派の要人を暗殺するための洗脳された人形。
りんりんは命令に忠実だった。
上からの指示で指定された神を殺し、その者の管理する世界を崩壊させる。
もう戦争は始まってしまったのだ。
ならば敵勢力が交戦維持をできないほどの壊滅的な打撃を受ければ、戦闘意識は揺らいでいく。
りんりんはあくまで来るべき平和のための洗脳実験を受けたのである。
この世に安寧をもたらすための兵器として運用されたりんりんだが、結果は予想を外れたものだった。
――報告。りんりんが中立派を襲撃、彼らの世界の維持機能が完全に停止しています。
――中立派への攻撃命令など出してはいないぞ、作戦本部及び研究機関へ一報を出せ!
完全なる暴走。
予想されたりんりんの不良事案は改造時におけるコマンド入力不足であった。
急ピッチで行われた人体改造が、一部技術不足で難を発生させた。
下された命令を遂行するための行動選択を決定する機能に不良があったのだ。
主戦派を殺し、非戦派に味方する。
基本はこの二通りである。
だが設定範囲外の中立派に対する行動選択が迫られた場合、自動的に主戦派同様攻撃対象として脳が認識してしまう不良があったのである。
無抵抗の神々に対する攻撃は続いていく。
そして遂に、りんりんの暴走は神々の希望を破壊してしまった。
繰り返される負の歴史。
神はまたもや失敗を犯してしまった。
だから子である人間たちに同じことをさせはしない。
そのために長年かけてこの希望を創り出したのである。
人間が将来的に発展し、平和な世界を創り上げるための神の力が宿った文書。
――『ワルプルギス文書』
だがそれはこのラグナロクにおいて、暴走したりんりんによって葬られてしまった。
断片の所在は未だ不明。
積み重なる異常事態。
失ってはいけないものが一瞬にして消し去られてしまった。
ファルネスホルン最高評議会は頭を抱えていた。
この戦争を俯瞰しても主戦派が非戦派に勝てる見込みがないのは明らかである。
だが終戦後、りんりんの存在が明るみに出れば取り返しのつかないこととなる。
神の世界では戦勝側が必ずしも正義として歴史に名を刻むことはない。
戦争に勝っても悪は悪として永遠に語り継がれるだけだ。
それでは最高評議会の存続に関わる。
だからこそ終戦と同時にりんりんという魔王を処理しなくてはいけない。
故に――
――りんりんと同等に優れた潜在能力を持つ君にしかできないことだ。
甘い蜜に誘うように、褒めたたえて同意を得ようとする。
――エレナ、君は優秀だ。そしてりんりんと親友の中でもある。言いたいことはわかるね?
――親友として彼女を止めてほしい。
都合のよい言葉。
中立を貫き平和を愛するエレナにその要請は受諾に値するものではなかった。
りんりんを改造して洗脳を施した上、制御が困難になった途端に処理をする。
その役目をエレナに押しつけようとする。
「自分たちにできないからって――」
最高評議会は表立って処理に向かうことはできず、失敗してしまえば世間にこのことが露呈してしまうかもしれない。
だから代替可能な人材、万が一圧力で存在が消されても問題とならない神を推す。
それがエレナだった。
エレナは断った。
親友に銃を向けることなどできるわけがない。
何より彼ら自体を信用できない。
度重なる来訪に嫌気がさし、エレナはりんりんの世界を出て自身の世界へ帰っていった。
時がすべてを解決してくれるはずだ。
そう願ってエレナは今日もりんりんの無事を祈る。
今日この日まで、その祈りは成就していた。
自信を持って言える。
なぜなら、けがも病気もないりんりんがエレナの前に現れたのだから。
久しぶりに再会する親友同士の抱擁。
涙を流し、りんりんとの再会を喜ぶエレナ。
そんなエレナを全身で受け止め、一振りのナイフを抜くりんりん。
二人の女神の足元にできる鮮血の海。
エレナは膝を折って倒れこむ。
――何で。
ナイフの一突きでエレナは瀕死状態にまで陥る。
神と世界は一心同体。
エレナは死ぬ直前にまで追い詰められた。
それと同時にエレナの管理する世界も壊滅的なダメージを負う。
何よりも大切な世界の人々が大勢息絶え、その生命エネルギーが諸悪の根源たるりんりんによって収奪される。
我が子のように想っていた人間たちの命が奪われ、悪夢の時代が人々を呪う。
心にぽっかりと開いてしまった穴は、もはや縫合手術でもどうしようもない。
何年間も食事が喉を通らなくなり、エレナはファルネスホルン聖域内の病院のベッドの上で生かされていた。
しかし永遠にも思われる生活は、ある日を境にブツリと絶える。
――りんりんは制御不能だ。
――今回の騒動は我々の技術力不足が招いた最悪、責任を取らなくてはいけない。
――我々が聖域を追い出される前に、我々が尻拭いをしなくてはならない。
――だが我々が表立って行動すれば最高評議会自体の存続が危ぶまれる。
――だから君には改良型の実験を受けてもらいたい。
――この世のため、すべての神とすべての世界のための武器となってはくれないか。
エレナは首を横に振った。
実験は受けない、だがりんりんを殺すことには大賛成しよう。
腹の中が煮え返り真っ黒に染まった女神。
エレナは壊れかけの自分の世界に祈りを捧げる。
そしてりんりんの世界に入り込んだ。
彼女がりんりんの世界に足を踏み入れたとき、時代はポリテーヌ共和国の黄金時代。
隣国であるプロイトセンを武力占領し植民地化、一〇一地点と改称。
周辺列強との小競り合いに一〇一地点の国民を動員。
職から物資まであらゆるものを奪い去っていった負の所業。
これは使える――
まずは内側から崩していってやる。
エレナは一〇一地点に降り立ち、顔の暗い国民たちを見て回った。
そして目についた一人の青年。
アンダーグラウンドでポリテーヌ共和国の支配に抵抗するレジスタンスであった青年。
利用しがいがある。
神の中で一部の者が使用できる『洗脳』という特異才能。
それはエレナとりんりんに備わった加護を授ける未知の体質であった。
エレナは青年に洗脳という名の加護を与えた。
そして青年はエレナに命じられるままに数十キログラムの爆弾でポリテーヌ共和国大使館を爆破した。
この事件を起因として、一〇一地点国民の火薬に火が付いた。
右翼団体を中心に世論が独立思想に転換され、ポリテーヌ一〇一地点駐留軍に反旗を翻した。
駐留軍上層部は鎮圧を決行。
だが烏合の衆たる占領市民など取るに足るまいという楽観が悲劇に呑み込まれた。
――神である私の力は偉大だ。
――私の力の宿った国民を止められるものか。
エレナは自身の世界のとある国に目を付けていた。
そこの技術力を一〇一地点に付与し、そして他の神々から略奪した莫大な資金と資源を惜しみなく投入した。
これでエレナもれっきとした条約違反。
だがまあいい、ファルネスホルンからは寛大な違法行為の容認を与えられている。
さあ暴れろ、我が世界の帝国の戦力をさらに飛躍させた軍事力が相手だ。
資源はなくなれば調達すればいい、兵士は足りなければ他の世界から借りてくればいい。
これがラインハルト帝国初の戦闘にして初の凱旋だ!!
そうしてポリテーヌ本国からの援軍も完膚なきまでに粉砕し、国民一人一人を洗脳しつくしたエレナは国のトップとして頭角を現した。
名を一〇一地点からラインハルト帝国に改名し、政治機構を整理し軍を編成した。
そしてエレナはラインハルト帝国総帥として君臨し、軍事面だけでなく政治における元首の役目も請け負った。
エレナとラインハルト帝国の躍進に焦りを見せたりんりん。
彼女は足りなくなった兵士をエレナの世界から連行し、『この世界の大戦を止める英雄』として転移させた。
その中にいたのは奥村真広と吉野美帆だ。
美帆をポリテーヌ共和国元首の娘として洗脳し機械化人間に改造する加護を与えた。
他の者たちにも美帆をポリテーヌ共和国代表の娘として洗脳を植え付けた。
そして真広も機械化人間として改造した。
ラインハルト帝国ではよく思われない改造人間だが、りんりんは気にしない。
その体と洗脳があれば、特殊部隊入りも簡単なほどの力をつけているはずなのである。
目的のエレナを殺すには足りるだろう。
だがりんりんの計画にエレナが気が付かないわけがなかった。
自分の管理する世界は自分と一心同体。
その世界に住む人間の異変に気が付かないわけがないのである。。
神様はお見通し。
真広の洗脳を上書きし、完全にエレナの支配下に置けばいいだけである。
ポリテーヌ共和国の敗戦は確実になりつつある。
やかましい列強国が目障りだが、りんりんごとポリテーヌ共和国をこの世から消し去ることができればこの世界に用はない。
りんりんが死ねばこの世界は崩壊する。
だが少しのお遊びも楽しいかもしれない。
連合国すべてを破壊するのも悪くないな。
さあ終盤だ。
すべて壊して蹂躙する。
どうか、この世界に希望が訪れますように。




