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第三十六章 復讐

「共和国連合軍統合参謀本部からリュシー・リオンクール議長が姿を消した模様です」


 それはクール・ブリテン連合王国に派遣したスパイからの情報である。


「おかげで連中は対応に追われてパンク寸前。さらに先日の作戦でポリテーヌ共和国はテトペッテンソン要塞陣地までも失ってしまった」


 絢爛な椅子に背中を預け、火のついた葉巻を咥えるアウデンリート。


「何か策でもあるのか――いや、やぶれかぶれか」


 参謀本部から議長が失踪する、これは異例の事態だ。

 嗜好品の煙に溢れた会議室で出された結論はこうだ。


「おそらく敗戦を予期し、軍事裁判での判決を恐れて自決、もしくは亡命か」


 葉巻を灰皿に押し付ける。


「――いずれにせよ、身柄の拘束が必要だ」


 傍の椅子に腰かけていたマンシュタインが口を挟む。


 そんな2人の会話聞いていた女性が話に割って入る。


「ポリテーヌが墜ちれば、残りは厄介なボリシェビークだな。他の連合国が積極的に介入してくる可能性は否めないが、あくまでラインハルト帝国(我々)の敵はポリテーヌだ」


 エレナが話を続ける。


 ラインハルト帝国という強大国家が大陸に存在する以上、列強にとっての安全保障上の懸念は払拭されない。

 他国の本格介入が始まり、本当の意味での世界大戦にでもなってしまえばラインハルトといえど多大な犠牲を払うことになる。


「――だがそんなことはさせねえよ。私たちは今だけでなく未来のことまで視野に入れなければならないからな」

 

 戦争が終結した後の、長い休戦期間。

 これをどう上手く、平和に過ごせるかがエレナの心の内だった。


 そのうち各国はこの戦争における恨みや流血の量を思い知ることになるだろう。

 そうなれば、戦争という行いが後世にまでどれほどの影響を与えてしまうのかをおのずと知覚していく。


「だから休戦期間は平和でなくてはならない。人類はもう一生分の惨劇を経験した」


 エレナは終戦後を休戦期間といった。

 だがこの場に存在する2人の閣下は彼女の言葉の真意に気が付いていない。


 仕方がないのである、彼らはこの世界の住人であるからだ。

 世界大戦終戦後を知っている者でない限り、エレナの言葉の奥底を見定めることはできない。


 エレナはそっと目を瞑る。

 そして長い盲目の後、席を立った。


「総帥、どちらへ?」


「レストルームだ、()鹿()()()()


 意味ありげなエレナの罵倒。

 そうしてエレナは会議室を後にする。


 彼女の背後で扉が閉まる。


 その時、エレナは残虐的に頬を釣り上げた。


「――もうすぐだ。もう少しで()()()が終わる」


 戦争終結への期待、ポリテーヌ共和国壊滅への予感、そして個人的な確執の解消。

 

 まずは手始めに、最重要業務を完遂するか。


 エレナが向かうのは中央本部外、首都を飾るストリートである。

 いくら自国とはいえ、護衛もなしに辺りを練り歩くほど無警戒なのも考えものだ。


 だが今のエレナにはそのような常識は頭になかった。

 浮かれに浮かれ、今にでもスキップしてしまいそうな高揚感。

 

「今まで作り上げた死体の中でも最上の輝きを見せる糞袋……それが今完成する」

 

 口元を釣り上げるエレナ。

 これから彼女が向かう場所、そこで彼女の野望の大半が成就される。


 特異と特異が共鳴する聖域に足を踏み入れたエレナ。

 ここは首都郊外、人の気配すら感じえない完全なる無人地帯。


 老朽化が進み、すでに使われなくなった旧軍事工場跡。

 廃墟と化した軍事工場の建物の裏で、エレナは()()の気配を察した。


「いるんだろう? そこに」


 エレナは声をかける。

 誰もいないであろう廃墟群の隅、崩れ落ちたコンクリートから錆びれた鉄骨が露出する場所から現れる人影。

 長い髪を下ろし、端正な顔に浮かべる一抹の不安。

 彼女はエレナの前に全貌を表した。


「クール・ブリテンから姿をくるませ、こちらに入国したという調べはついているからな――リュシー・リオンクール議長殿――そして昔の親友りんりんちゃん?」


 その名前を持つ彼女はエレナの知り合いだった。

 共に自身の世界の繁栄と幸せを願い、競い合った間柄。


「私がここまで来ることを知っていたのですか?」


「分かりきった質問をするな。お前も共鳴して私の存在を認識していただろうが」

 

 あざ笑うかのようにエレナはほくそ笑む。

 そんな彼女の態度に腹を立てたのか、りんりんは自分の背中に右腕を回し、何かを掴んだ。


 エレナも当然彼女の行動に気が付いている。


「奥村真広に施したはずの加護の力に陰りが見えた、だからここに来たんだろ?」


 エレナはそれでも何事もなかったかのように話を続ける。


「やっぱりあなたの仕業ですか。せっかくの操り人形が台無しですよ」


 切り裂くような目線でエレナを睨むりんりん。

 彼女は腰に回したそれを、もたつくような動きでエレナに突きつける。

 

 訓練も何も受けていない動作で拳銃を抜いたりんりん。

 指がかかりっぱなしの引き金に力をこめる。


「――りんりん、私が死ねばラインハルト帝国はポリテーヌ共和国に総攻撃を仕掛けるぞ。我々の帝国が、奥村真広の世界の第3帝国と同等だと考えるな」


 戦線が膠着状態であろうと、意図的に自国に苦戦を強いらせてきたエレナにとって、現段階の拮抗状態を強制的に解除することなど造作もない。


「どうしてラインハルト帝国は即座に軍備を拡張し、強大国家になれた? ポリテーヌ共和国に一矢報いることができた?」


 神の加護を受けた軍隊が、人間どもの知識、技術、戦術、戦力を取り入れた軍隊(群衆)に後れをとることなどありえない。

 だが敢えて彼女は自国の軍隊に苦戦を強いる。

 より多くの人間の命が自身の餌だ。

 そもそも、この世界の住人は自分の世界の住人ではない。

 はっきり言って、ラインハルト帝国民など他人でしかないのだ。


「――エレナ、私の()()が強大になり過ぎて、あなたの世界に影響をもたらっしてしまったのは紛れもない事実です。でも――」


「事実は事実だ。許しも言い訳も介在する余地はないんだよ。実際に起こった事実、それで証明完了だ」


 突き放す言葉。

 この2人が相容れることはもうない。

 助け舟はない、だから自分の身は自分で守らなければならないのだ。


 心の内で深呼吸をしたりんりん。

 自分の保身と、旧友への想いを乗せ、りんりんは銃弾に魂を込めた。


 平静さをかき回す発砲音。

 風に乗る硝煙の香り。

 地面に落ちる空薬莢。


 手元から滑り落ちる拳銃。

 目の前のエレナを撃ち抜くはずだった銃弾は、そのまま薬室に留まっていた。


 りんりんの胸元を赤黒く染め上げる体液。

 空いた大穴を両手で押さえ、りんりんはその場に崩れ落ちる。


「……な……んで……」


 自分の身に何が起きたのか。

 虚ろな目でエレナを見る。

 とても楽しそうに、とても嬉しそうに笑うかつての友。

 その背後、黒い制帽とマントを羽織る男の姿を捉えた。


「よくやったな中佐、勲章ものだ」


 中佐と呼ばれた青年の手に握られる拳銃。

 スラリと伸びた8インチサイズの銃身を持つルガーP08。

 11ミリ徹甲弾を使用する、特務隊にのみ限定配備されるものだ。


「――やっぱり。そうなのですか……」


 りんりんは喉の奥から声を絞り出した。

 フリードリヒ・ヴァルトハイムこと奥村真広。

 彼は無情に無表情で、照準器越しに瀕死のりんりんを見つめていた。

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