第三十五章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦⑨
排出された薬莢がはじけ飛ぶ。
真広は特注の改造ルガーを発砲した。
大口径の対機械化人間弾の威力で、目の前の吉野美帆は確実に死んだはずだ。
それならば――
どうして彼女の綺麗な顔が原型を留めている?
なぜ口から血を吐いただけで済んでいる?
美帆は口から何かを吐き出す。
床に落ちて金属音を響かせる物体――
「――本当に死ぬなと思っちゃった」
奥歯で噛んで止めた銃弾を吐き出した美帆は真広の体を蹴っ飛ばす。
すかさずガーランドを取り戻した美帆。
躊躇いなくその銃口を真広に向け、発砲。
自分を殺すべく飛来する銃弾。
真広は腹の痛みを我慢して飛び上がる。
彼の足元を銃弾が通過。
卓越した跳躍力で隣の建物の屋根に着地。
彼を追うように美帆も跳躍。
屋根を飛び越える――
その瞬間、美帆の目の前にスコップの刃先が飛んでくる。
卓越した反射神経でスコップを受け止める。
ガーランドのハンドガードに突き刺さったスコップ。
水平切りを受け止められた真広は、さらにスコップに力をこめる。
お互いが赤いレンガの屋根を踏みしめ、力の限りでつばぜり合い。
「――残念だけど、吉野君」
彼女の右手に召喚されるはコルトガバメント。
「ここで倒れて!!」
真広の腿に45口径弾が発射される。
威力の高い弾丸がズボンを貫き、彼の機械の足を破壊する。
「――!?」
真広は右手を伸ばす。
彼女の細い首を鷲掴みにし、力の限りを尽くして首を絞める。
「ここで沈め! どのような手を尽くそうが、ポリテーヌはラインハルトには勝てない!!」
「……勝てなくてもいい……ただ……平和になるのなら!!」
大きく振りかぶったコルトガバメント。
そのグリップで真広の頭を強く撃つ!
鈍音。
彼の流血が美帆の顔に降り注ぐ。
ガバメントのグリップが歪み、中のマガジンが変形する。
「どいて!!」
絞首が緩み、美帆は真広のお腹を蹴り飛ばす。
赤レンガの上を転がり落ちる真広。
屋根から落ちる瞬間に指を屋根に突き立てる。
その場でピタリと止まり、風に煽られながらも決して指を抜かない。
「勝てなくてもいい……か……」
妙な雰囲気が漂う。
彼は少し俯き、制帽の下の表情が見えない。
それでも笑っている、そう感じた。
「勝てなくてもいいのなら――」
真広はゆっくりと顔を上げる。
「ポリテーヌ共和国は崩壊させるだけだ!!」
共和国への死刑宣告。
この時、テトペッテンソンから出撃したポリテーヌ大部隊は大扶桑帝国軍によって包囲されている。
第3部隊の支援で前進した第2部隊は一時退却。
「テトペッテンソンさえ墜とせば、後ろの要塞陣地2つの略奪など容易にできる……」
そして後方支援の第3部隊の最後の任務。
「――数多のV1ロケットは、共和国軍大部隊の真上から降り注ぐ!」
その瞬間、要塞陣地方向から大爆発が起きるのを視認した。
数発の規模ではない、数十、数百の爆発が地面を揺らす。
「そんな……」
アレクシアの瞳に映る、地獄の業火。
一瞬にして数万の同胞が炎に焼かれた。
「吉野美帆……」
美帆は爆発に視線を釘づけにされ、真広の接近に気が付かなかった。
苦い表情をした真広。その手に握られるのはルガーである。
雌雄を決する銃器を手にする真広。
ルガーの照準器を覗く彼の瞳は、彼女の胸元に向けられていた。
そして彼は思いもよらない手向けを言い放った。
「会えて、話せて嬉しかった。ありがとう……」
発砲されたルガーの弾が美帆の肋骨を突き破る。
オイルと血液が混合し、胸から流れ落ちる。
機能停止。
美帆の手放したガーランドが屋根を滑り落ち、そして地面へ。
地面に叩きつけられた銃身がへし曲がり、パーツが砕け散る。
屋根の上に倒れ込み、ピクリとも動かない。
そんな彼女を見下ろしている真広は無線機のスイッチを入れる。
「こちら01。目標は片付けた、合流するぞ」
『――こちら04。こちらも近衛兵を退けました、ですが撃破には至らず。それと朗報です、第2部隊がテトペッテンソン要塞陣地内へ侵入。司令室を制圧』
それは事実上の作戦成功である。
『――要塞司令部を奪取しました。敵残存兵力は後方の要塞陣地へと撤退を開始しています』
「了解した、こちらも戻る。お前たちは先に帰還しろ」
『――了解』
通信が途切れる。
真広はヘッドセットを外し、制帽を脱いだ。
目の前の少女は動かない。
確実に心臓を撃ち抜いた、これで彼女は本当の死を迎えることになっただろう。
大学での借りは返した――
りんりんからの『加護』を受けたのにも関わらず、真広は以前の人間性を保っていた。
それほどまでに強く想う気持ち。
それが加護という呪縛の力を凌駕していた。
「――美帆」
真広は膝をついて彼女の頬に手を伸ばす。
そしてそっと一言、彼女に伝える。
「俺たちをこんな目に遭わせたあいつを――決着を付けてくるから」
立ち上がり、彼女に背を向ける。
もう振り返らない、出会うことはない。
そうして彼は屋根から飛び降りた。
それはまるで、地下深くの闇の世界へと降り立ったことを意味しているかのようだった。




