第三十四章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦⑧
現ラインハルト帝国領市街地。
周囲から多数の戦闘音が響き渡る中、アレクシア一行はジープを乗り捨てて警戒態勢に入っていた。
「通信障害でしょうか。司令部との連絡がとれないですね」
リルは役に立たない無線機をポーチに戻し、コードを引いていた。コードの先には仕掛け爆弾。
「ここが安全装置で、ここがスイッチ……」
初めて危険物を手にする素人のようにアントワネットの手が震えている。
砂や砂利でコードを隠し、アレクシアは乗り捨てたジープを建物の中に隠す。
車両を一人の力で押し動かせるなど、本格的に生身の人間を卒業したことを実感する。
「リル、ここで待ち伏せる。恐らく後方部隊の一部がやってくる」
「? なぜ分かるのですか?」
宿敵が彼の居場所を教えてくれたこと、そして。
「勘だよ」
「は……はぁ」
なぜだか分からないが、アレクシアには奥村真広がここにやってくることが直感できる。これもりんりんのおせっかいなのだろうか。
戦闘でボロボロになった市街地。あちこちの建物が壁や天上を落とし、廃墟となって今に至る。
「アレクシア様、こっちの建物に食べられそうなお菓子とコーヒーを発見しました!」
大声で叫ぶアントワネット。
「おいアントワネット、大声を出すな、それと何の根拠で食べられそうと言っている? お腹を壊したらどうするつもりだ?」
リルの叱責でしぶしぶコーヒーをあきらめた様子だが、アントワネットはお菓子を軍服のポケットに忍ばせる。当のリルは気が付かない。
(もう戦闘前なのに)
気の抜けたアントワネットの態度に嘆息するが、アレクシアは僅かに笑っていた。
彼女は自然と人を笑わせる。普通の人にはない才能だ。
本来は近衛兵のみ支給される赤色のベレー帽を脱いだアレクシアが空を見上げた。
けっして快晴とは言えない空模様、小さな粒が頭上から降ってきている以外は至って無難な天気である。
視線の先の小さな粒が徐々にだが確実に大きくなる。
(おっきく……いや近づいてきてる?)
目を凝らして凝視する。
それは正面から見ると丸いもの。先の尖った円錐状のもの。重々しい雰囲気を漂わせて飛来する。
理解した瞬間血の気が引いた。
「――リル! アントワネット! 散開!」
アレクシアの号令で三人が一斉に散開する。素早く建物の中に身をひそめる。
秒後、三人がいた通路が一瞬にして崩壊した。
(砲撃!?)
今の砲撃は確実にアレクシアたちを狙ったものだ。一発目で正確な砲撃。
「私たちの位置を正確に把握してるの……?」
どこかに観測主が隠れているのか。それでも一発目であんな正確な砲撃――
「二人とも大丈夫!?」
アレクシアが粉塵の向こうにいるはずの二人に声を飛ばす。
「リル・エタンダール負傷なし!」
「アントワネット・オンドリィ耳がキーンとします!」
そして今になって遠方より発射音が響き渡る。続く次弾の発射は見受けられない。
(私たちを確実に仕留める気はないの?)
音源方向へと小銃を構え、照準器を覗く。
「――姫様! しゃがんで!!」
リルの怒号。思考よりも早く頭を下げたアレクシア。その瞬間、アレクシアの上半身があった場所を何かが切り裂いた。
建物の壁が刃物で切り付けられたように抉れ、木の粉がパラパラと落とされる。
「――っ!?」
敵は真後ろ、小銃を向けて発射する暇はない。
先端の銃剣で一閃――すさまじい速度で撃ちだされた銃剣先が宙を斬る。
その瞬間銃剣同士がつばぜり合いとなって制止する。火花を散らしてぶつかり合った刃がぎちぎちと音を上げてその身を削り合う。
アレクシアはその時初めて敵の顔を見た。黒髪の長身にラインハルト帝国突撃機械化軍将校軍服を着た青年。裏地の赤い漆黒のマントが衝撃で宙を舞っていた。
「奥村……くん」
至近距離で見つめう男女。
お互いがそれぞれ別の軍服を着用している。それは、男女が銃口を向け合う敵同士だということを物語っている。
「アレクシア――いや、吉野美帆……」
彼が自分の名前を呼んだ。
真広が力任せに美帆を突き飛ばす。つばぜり合いに押し負けた美帆は尻餅をつく。
「奥村……くん……」
彼を奥村真広と呼んでいいものか。彼はここまで冷たい目をしていたか?
目の前の男が小銃を持ち直し、躊躇いなく照準器で美帆を覗く。
彼の宣戦布告に答えるように美帆もガーランドを向ける。以前までの彼女だったならばできない行動だ。
「――この銃は奥村くんを殺すものじゃない。あなたを取り戻すためのものだよ!」
撃鉄が落ちる――二つの銃声が響き渡り、それをきっかけとして機械化兵士同士の戦闘が開始される。
銃撃と剣撃を組み合わせ、絶え間なく振るわれる小銃同士が火花を散らし、薬莢を吹き飛ばす。
「――俺たちの任務はお前たち特務隊を排除することだ!! 今日こそは引き金を絞る準備はできている!!」
「――私たちはただの士官候補生なんだけどね。そうやって高く評価してもらえるのはありがたいよ!!」
美帆の発砲――金属音を伴って薬莢と同時にクリップが排出される。
弾切れを確認した真広が小銃の銃床を横に振るう――
事前に攻撃を察知していた美帆がジャックブーツを蹴り上げる。足裏鉄板入りの重い一撃が彼の手から小銃を蹴り飛ばす。
「――っ!?」
瞬時に思考を切り替え、鈍器による近接戦闘に移行――腰に装備されたスコップを抜いて一閃。
横から迫るスコップの刃先を、振り下ろしたガバメントのグリップ底部で叩き落した美帆がその場でスライドを引いて装填。
銃口が真広の肩を捉えた瞬間、彼はガバメントの銃口を手のひらで押さえつける。
美帆は構わず引き金を引く――発射されない。
「軍学校で教わらなかったか? ショートリコイルだから発射できないぞ」
素早く腕を引いて真広の手のひらから解放されたガバメント。
それを狙ってスコップを斬り上げる。
暴発と共に美帆の手から離れたガバメントが宙を舞う。
「――もう許さないよ!!」
隙をついて真広のサスペンダーをがっちり掴んだ美帆が腰を入れて彼の体を投げる。
視界が回転し、背中を打ち付けた衝撃で腰の後ろのガスマスクケースが粉砕される。
美帆はスコップを蹴り飛ばし、ベルトに固定される自分のスコップを手に取る。
「悪いけど、大けがしちゃうかもしれないよ……」
真広はゆっくりと左腰に手を持っていき、指先が拳銃のグリップに触れる。
「させない!!」
真広の動きに気が付いた美帆が左腕を踏みつける。ジャックブーツで踏みつけられた腕が軋み、腕内部のパイプが破損する。
「――勘が悪いな吉野」
その言葉の意味を理解した時、それは美帆の目の前に迫っていた。
真広が右手で握るルガーP08。
対機械化兵士専用弾を装備した改造銃が美帆の眼前で発砲される――




