第三十二章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦⑥
大隊長の静止を振り切って独断出撃したアレクシアとリル。
事前に鍵を拝借していた軍用のジープに火を入れる。
運転席の車を発進させ、土砂を巻き上げながら加速していく。
舗装されない地面はがたつき、不十分なサスペンションで車体が大きく揺れるが、アレクシアは必死にドア脇にしがみついて投げ出されないようにと踏ん張る。
「――ア、アレクシア様……」
「ア――アントワネット?」
突如聞こえた知り合いの少女の弱々しい声に耳を疑うアレクシア。背後にある予備のタイヤにしがみ付いていたのは同じ第4部隊のアントワネット・オンドリィ候補生だ。
「――あなた。な……何をしているの?」
当たり前の質問を若干引き気味に投げ掛けるアレクシア。冷や汗だらけの顔でアントワネットは微笑んで見せた。
「アレクシア様とリル様が車両に乗り込むのを見たので、私もと思い……」
勇気なのか蛮勇なのか区別のできないアントワネットの行動に肩を落とす。
「とりあえず上がって。そこだと落っこちちゃうから」
必死にしがみ付くアントワネットの体を引っ張り上げ車内へ。
安心感から安堵の息を漏らしたアントワネットの隣で、呆れと心配でため息を漏らすアレクシア。
息を整え、アレクシアはアントワネットの軍人とは思えない細い肩を掴んだ。
「いい? アントワネット。これは正規の作戦行動じゃないの。私が私情を優先した独断行動。無事に帰ったとしてもどんな罰則があるか分からないんだよ?」
アントワネットは目を反らすことなくアレクシアの瞳を見続けた。
アレクシアと違って彼女は一般人。これだけのことをして上官が黙っているはずがない。
彼女が僅かに肩を震わせているのを感じた。だがその表情は恐れでも後悔でもない、確たる覚悟が浮かんでいた。
「――アレクシア様。私はあなたを尊敬しております」
アントワネットがアレクシアの両肩を掴み返す。
「国であのお父様の娘という理由で因縁を付けられ、厄介者にされることが多々ある中で――」
徐々に言葉に力が籠っていく。
「アレクシア様は足を止めず、今もこうして走り続けています」
それは宣言。
「私はそれを見習いたいんです。あなたの傍で」
不意の開口。
いつも頼りない少女が大きく見えた。
その決意を聞いたアレクシアには彼女を止めることはできない、そう感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姫様。私はいいとして、アントワネットまでついて来てしまっては……」
「あなたの懸念は伝わってるよ。でも大丈夫、彼女に裁断が下りないように姫君である私が何とかする」
このことを職権の乱用というのであろう。
気持ちを切り替えたアレクシアは実戦に備えて銃の点検をする。
新調された真新しいM1ガーランドの感触を手に馴染ませるように動作確認をする。
サスペンダーで吊るされたベルトに据え付けられたポーチを探り、弾薬の有無を確認。
腰のホルスターに納まる拳銃であるコルトガバメントを触る。
リルの持っているものとは違い、一般的なブラックのカラーリングのそれを手に取り、挿入された弾倉を確認し、初弾を送り込んだ。
その隣では水筒の水をあおり、緊張感の無い様子でドライブを楽しむアントワネット。
だが背負っていたM1ガーランドを手に取り、研ぎ澄まされた銃剣を着剣している姿を見ると、どうやら来るべく白兵戦に備えているようだ。
我々は三人。
無謀な行為だが、敵集団の中に入り込めばあちらも味方への誤射を恐れて発砲の手を緩めるに違いない。
それを利用して後援にまで内進する。
脳内シュミレーションは構築済み、それを実際に試すだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「現在ポリテーヌ共和国戦闘集団の後方2キロ地点です姫様」
「敵後方集団との接敵まで約30分だね」
網膜に戦域マップを投影。
現在座標と敵後衛座標の距離を算出。自動演算機能で所要時間を測定した。
既に前方からは戦闘音が響いている。
ラインハルト帝国軍は大規模戦車部隊を前面に押し出し、ポリテーヌ共和国軍がそれを半包囲している最中であろう。
アレクシアの視界の先、ポリテーヌ共和国軍戦闘集団が今まさに戦闘を行っているのは旧市街地。
勃興したラインハルト帝国軍に占領された、旧ポリテーヌ共和国の領地である。
不意の遭遇戦が予想される旧市街地をすり抜け、そして敵戦車集団を掻い潜り後方へ。
無謀にもほどがある作戦だった。
それでもリルもアントワネットもついて来た。
だから二人の期待と勇気を裏切るわけにはいかなかった。




