第三十一章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦⑤
フリードリヒらが出撃する数時間前。
「はぁ」
張り詰めた緊張感の中、空気を読まないため息が響いた。
「――自重しなさいアントワネット。みんなピリピリしているんだから」
コンディションイエローが発令され、予備兵力としてテトペッテンソン要塞陣地に配属されたアレクシア。
「――いつレッドになるか分かりませんし、初の実戦でこんな責任重大だなんて……」
不満を吐き出したアントワネットは支給品の小銃を抱きしめた。
シュヴァリエ陸軍士官学校最終行程は実戦における技能把握。
士官として実戦で通用するだけの知識と能力を戦場で試す、そしてこれに生き残った者が卒業し、将校過程を終了する。
質は落ちても実戦で使える将校を大量に排出するというのが現在の士官学校の習わしだが、排出というよりも量産と言った方がよいのではないか?
何が何でも戦力を投入したいという上の真意は理解している、だがこうして将校ばかりを送り込んでも、その下に就く重要な下士官が足りていない。
もう既に国内には志願兵はほとんどいない。自分がこのような状況にあるため、軍上層部や政治のことは全く耳に入ってこないが、風に乗った噂によると徴兵制の免役規定を撤廃するとか。
ポリテーヌ共和国が滅びの道に足を踏み入れていることは誰にでも分かっている。
だから血気盛んに士官学校に志願した候補生たちがこれほどまでに意気消沈しているのだ。
アレクシアは周囲を見渡した。
シュヴァリエ陸軍士官学校候補生用に割り振られた兵士詰め所。乱雑に配置された長椅子に腰かけた候補生たちの表情は暗い。
「はぁ」
二度目のため息。アントワネットの伏せられた長いまつ毛が、力を失い弱々しくなっていっているような気がした。
抱きしめた小銃の銃身に頬を預け、悶々とした空気の中、睡眠を摂ろうとするアントワネット。
アレクシアはアントワネットの腕の中にある小銃を見つめた。
スプリングフィールドM1ガーランド。
士官候補生の中で、アレクシアを含め別格の成績をたたき出した優等生たちに支給されたリバティー合衆国製の半自動小銃だった。
ポリテーヌ共和国は一応の同盟国であるリバティー合衆国製の武器を少数配備している。それらは主に特殊部隊に配備されることが多い。それには近衛兵も含まれる。
「――姫様」
近衛兵リル・エタンダール。
大学時代から行動を共にする女性。特命でアレクシア護衛のために士官候補生部隊の中に組み込まれた。
「――私は大丈夫だよリル。命を賭するかもしれない災厄なら一度切り抜けた。それに私の目的は敵を殺すことじゃない」
奥村真広を探すため。
軍の命令に背こうが独断行動に出ようが、彼女の意思を止められる者など一人もいない。
最悪の場合、姫という立場を悪用して我儘を言えばいいだけだ。
それに――
「私が何をやっても、リルは最後まで私の味方をしてくれるんでしょ?」
絶対的な信頼。
リルを信じるには十分すぎるほどの敬愛を頂いてきたから。
「――どうでしょう。私の任務はあくまで姫様の護衛です。姫様の心の安寧が得られるのであれば、本作戦を後回しにしてでも姫様を支える義務があります」
目を合わせることなく言い放ったリル。
その様子に納得したアレクシアが満足げに微笑んだ。
ラインハルト帝国は二つの戦線を抱えているため、真広がこの戦場にいる可能性は100パーセントではない。
だが0パーセントではない以上、賭ける価値はある。
「ねえリル。私ね、彼のこと――」
その瞬間要塞内に大音量の警報が鳴り響いた。
赤いランプが点滅し、コンディションイエローからレッドにシフトされた。
『――敵ラインハルト帝国が侵攻を開始、戦闘部隊が攻撃を開始しました。予備兵力の人員は速やかに戦闘待機をしてください』
張り詰めたオペレーターの声音が館内を反響する。
既に弾薬を受領し終えている候補生たちは駆け足で要塞外へ。
「姫様、私たちも!!」
「うん――ほら起きなさいアントワネット。敵襲!!」
「むにゃ――は、はい!!」
涎で汚したM1ガーランドを抱えて跳び起きるアントワネット。
軍靴を鳴らして詰め所を退出する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「貴様ら第4候補生はこの場で待機だ。命令あり次第敵軍の迎撃に当たってもらう!!」
大隊長の号令によって再び待機命令が出されたアレクシアたち第4候補生。
極度の緊張で胸が張り裂けそうとする中、アレクシアは必至で目の前の戦場に目を向ける。
この先にフリードリヒ・ヴァルトハイムが――奥村真広がいるかもしれない。
背後からリルとアントワネットの視線を受けながら、必死になって真広の気配を探した。
お困り? 美帆。
脳内へ直接語り掛けられる。
「りんりん――」
不快を言葉に乗せる。
この場にりんりんはいない。だが彼女はこのようにアレクシアの頭に直接コンタクトする。
奥村真広ならならあそこ。ラインハルト帝国軍後方にいますよ。
「――なぜそれを教える?」
りんりんは答えない。
しかめっ面で彼女への反抗心を示したアレクシアは、手に取ったM1ガーランドを襷掛けする。
そして両足の人工筋肉と靭帯の点検をし、一歩一歩戦場へ足を進めていく。
「姫様どちらへ!?」
駆け足でリルがアレクシアを追いかけた。
肩を叩かれたアレクシアはリルに振り向く。
一瞬の沈黙の後、リルは小さく微笑んだ。
「――向こうにおられるのですね。彼が」
アレクシアの表情から全てを察したリル。
「――ええ。だから私は行くね。大隊長には後で怒られるから」
「私もお供をさせて頂きます。姫様は私の希望、たった一人でなんて行かせませんよ」
決意を共にしたアレクシアとリルが銃身に銃剣を取り付けた。
「おい貴様ら何をしている!?」
背後から響く大隊長の怒号。
申し訳ありません大隊長。お咎めは後ほどお聞きします。




