第二十八章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦②
「敵絶対国防圏を浸透突破するための要塞攻略作戦、それが『バトル・オブ・ライヒ作戦』」
軍靴の踵を鳴らし、一挙手一投足乱れることのない敬礼を披露した『フリードリヒ・フッケバイン』の面々。
そしてその精鋭部隊たる部隊長であるフリードリヒ・ヴァルトハイム中佐は、部隊員を代表してエレナの嘯きの内容を再確認をする。
以前のストラスマルセイユ国立大学への降下作戦の後、めぼしい特殊作戦の無かった『フリードリヒ・フッケバイン』は東部戦線に配属となり、地獄のような最前線を経験した。
ボリシェビーク社会主義共和国連邦。
大陸北部に位置する広大な土地を手にする巨大国家。国土の広さで表せばラインハルト帝国の何十倍であろうか。
現在我々は二つの戦線を抱えており、その一つがボリシェビーク連邦である。
戦線は双方膠着状態、初陣では優勢であったがボリシェビーク連邦の圧倒的な物量に対面し、現在では押せず押されずの状態が続いている。
間髪入れずに繰り返される戦闘、これでもかと言うほどの戦力の逐次投入、拡大する戦火の刃が周辺地区の一般市民にまで波及している。
ラインハルト帝国の真の敵はポリテーヌ共和国であるが、真の脅威となるものはボリシェビーク連邦なのである。
だが今回の『バトル・オブ・ライヒ演習作戦』の主目標はボリシェビーク連邦ではない――ポリテーヌ共和国である。
本来であれば率先してボリシェビーク連邦を叩くのが最優先事項である、だがエレナは武力の矛先をポリテーヌ共和国へ徹底している。
「そうだ。残念ながら我々には新鋭部隊を怠惰に耽させるだけの器は無い」
なるほど、是が非でも性急にポリテーヌ共和国を潰すのがエレナの思惑か。
これには何か企みがあるな、令嬢総帥。
冷氷の彫像のような表情をしたエレナは右手を腰に当て、『フリードリヒ・フッケバイン』の面々へ流すような視線を向ける。
「――まあそういうわけだ。これよりお前らにはロレーヌ戦線へ飛んでもらう」
その瞬間エレナは表情を崩した。それはとても可憐で、とても邪悪な笑顔であった。
それに気が付いた部隊面々が顔をしかめる。
彼らの表情を無視してただ1人無表情を貫いていたフリードリヒのもとへ歩み寄るエレナ。
「この世界のお前がここに存在する因果律は、全てりんりんが確信犯だろうが、安心しろ。お前はあたしが使ってやる」
この場の人間たちに聞こえないように小さく耳打ちするエレナ。
表情を崩さないフリードリヒは心の内で相槌をする。
奥村真広と吉野美帆をこの世界に転移させた存在、りんりん。
この場で彼女の闇、正体、そして目的を知っているのはフリードリヒとエレナだけだ。
そしてエレナとりんりんの関係。これは普通の感覚では知る由もないことであった。
「――はあ、緊張した……」
若干の衰弱気味に肩を落とした少女はユイリア・ハインツ少佐。
三つ編みに編み、体の前に垂らした黒髪をいじる仕草をし、再度の嘆息。
「総帥に直々にお会いするなんて、変な風に思われなかったかな?」
その瞬間、不安に押しつぶされそうな表情のユイリアが思いきり叩かれた。
「いたっ!? 何よもう……」
「そんなに緊張しなくてもいいんだから。以外にあのお嬢様はフレンドリィだよ? もっと胸を張りなさいな」
陽気に微笑みかけるのはクリスティアーネ・シュヴァインシュタイガ―少佐だ。アルビノの朱色に染まった瞳に映り込むユイリアの顔。
小柄ながら力強い張り手をくらわしたクリスティアーネはけらけらと笑いながら立て続けにユイリアの背中をバシバシ叩く。
「――シュヴァインシュタイガー少佐。その辺にしてあげないと……」
暴力的に無理やり和んでいるクリスティアーネにあきれた様子で静止に入るオリバー・リンク少佐。
心許ない表情を表すオリバー。
そんな彼の心情を汲み取ったクリスティアーネが躍るようにユイリアから離れる。
「――しかし、そうか。今回の作戦でポリテーヌ共和国の防衛線に穴を空け、浸透突破で増援を進めて残り2つの要塞陣地を射程に収める――あくまで教本通りなのだが、うまくいくだろうか? 失敗すれば包囲殲滅されるがオチだが」
怪訝な顔で戦況を予想するゲルハルト・ライヒマン少佐。坊主頭の黒髪をわしゃわしゃするように撫でる仕草をする。
ここで彼の舌の上にまで出かかった言葉をクリスティアーネが代弁する。
「いくら戦術、物資、戦力的にポリテーヌ共和国軍を凌ぐラインハルト帝国軍であれ、そびえ立つ要塞陣地を突破できるほどの戦力を集中できるであろうか、でしょ?」
ニコニコな破顔のクリスティアーネ。
敵要塞陣地の配置はこの通りである。
まずは前方に陣を構えるテトペッテンソン要塞陣地。その斜め後方左右には、北にはミッシェル要塞陣地、更に南にはマルジョレーヌ要塞陣地が構築されている。
最初に攻撃を加えるのがテトペッテンソン要塞陣地だが、その固い護りを突破するためには戦力を集中させて一転突破を試みるのが一番良いだろう。
戦車だけでなく航空戦力も活用し、前線の押上げを進めていく。テトペッテンソン要塞陣地を攻略できれば、そこを起点として戦力を集中させ、新たな護りを展開することも可能だ。
「みなは、何かおかしいとは思わないか?」
突然、無言を決めていたヴァルターが冷めた声音で口を開いた。
「おかしいとは何だ?」
「なぜ総帥はわざわざこんな大規模な作戦を立案した? ポリテーヌ共和国を制圧するのであれば首都や工業陣地を破壊すればよいだけだろう。敵地内部への侵攻であれば高高度爆撃機を爆走させればいいだけではないのか」
実際、フリードリヒら7人は隠密に高高度輸送機からの降下作戦を成功させている。高高度爆撃機を使用すれば敵上空からの空襲攻撃も可能なはずだ。
「――それは、お嬢様が1人でも多くのポリテーヌ人を殺すための戦争だと言ってたでしょう? だからわざわざこんな作戦を立案して徐々に敵の首を締めあげて……」
一瞬ヴァルターの問いかけを理解できなかったクリスティアーネが咄嗟の判断力で返答する。
「だったらラインハルト帝国設立以前の罪を申し上げて戦勝後に戦犯として多くのポリテーヌ市民を処刑に処すればいいだけの話だろう?」
不意に言葉に詰まるクリスティアーネ。ヴァルターの疑念は彼女の思考に深々と突き刺さったのだ。
ヴァルターの疑心は真実を突いていた。
この戦争の目的は戦勝ではなく復讐のためにある。自分たちを虐げてきた忌むべき存在をこの世界から抹消せんがために武器を取った。
しかしエレナは今回の作戦がそうだが、あくまで戦闘行為によって敵を殺すことに執着している、戦争終結後の軍事裁判で法的に殺すのではなく――
ラインハルト帝国がポリテーヌ共和国の数歩前を進んでいることは周知の事実だ。その気になれば、ロレーヌ戦線を飛び越えて航空戦力による首都制圧など容易きことだ。
だが敢えてエレナはそうしない。彼女の思惑、見えざる手がこの戦争を操っている。
「――分からなければその疑問に固執する意味はない。我々は総帥に従って行動するのみだ」
「そうねライヒマン少佐。お嬢様にはお嬢様の考えがあるでしょうし、それもラインハルト帝国のことを想ってくれているってことでしょ? こっちの世界の元首様は向こうの世界の元首様と違って周りの意見を聞かずに戦術的判断を見誤ることはないでしょうね」
赤色の瞳を細めるようにしたどや顔で場を制するクリスティアーネ。微かに微笑む少女は何もかもを知っているかのように。
「その辺にしておけ部隊諸君」
それまで蚊帳の外であったフリードリヒが会話に割り込む。
表情のない表情で廊下を歩くフリードリヒ。ことの全てを知っている彼はそれを露見することなく総帥に従って行動している。
エレナの操り人形――そういう表現が正しいだろう。だが当の彼はその主従関係にある種の是を持っている。
冗談でエレナをからかうこともあるフリードリヒであるが、彼と彼女の間には切っても切れない特別な相互関係を持っている。
エレナがフリードリヒを使役し、フリードリヒが行動を起こす。エレナがフリードリヒに固執する理由として、目には見えない何かが存在する。
そのことに気づくものはいない。エレナがフリードリヒを大々的に利用し、己の目的を完遂しようとしていることなど、普通の人間には知る由もないことだ。
(あの時俺は吉野を殺せなかった)
りんりんから受けた呪いという名の『加護』。問答無用で戦争道具へと姿を変えた今のフリードリヒでさえ、引き金を引く指の力を入れることができなかった。
何かがストッパーになっている。頭では吉野、アレクシアを殺すことなど容易いであろうが、心が彼の暴走を止めた。
容赦も躊躇もない彼にとっての一番の障壁となり得るのはアレクシアである。
(まあ、深く考えすぎるのは止めにしよう)
ごちゃごちゃとした思考を振り払うようにフリードリヒは歩を早める。
そしてふと思い出したかのように総員にこう告げる。
「この作戦は大扶桑帝国軍が介入、2軍合同、そして最大規模とされる作戦が今回の『バトル・オブ・ライヒ演習作戦』だ」
大扶桑帝国。
東洋に浮かぶ島国、極東の枢軸国家。
未だ大戦不介入方針を堅持する国であるが、今回の作戦から大戦への支援介入を開始。欧州への派兵を決定した。
だが条約を一方的に破棄し、大型軍艦などの建造を進めているため欧州列強から危険視されている国家だ。
ラインハルト帝国にならった政治体制をひき、軍事国家として着々と戦力を増強しているが、真っ向から対立する国家が存在しない。
(実戦経験の無い国ではあるが、せめてまともに戦えるだけの力を持ち合わせていてもらいたいものだ)
作戦が成功すればポリテーヌ共和国の絶対防衛圏は瓦解する。そうなればポリテーヌ共和国の崩壊への階段を数歩でも数十歩でも進めることができる。
そうして『フリードリヒ・フッケバイン』は戦地へ向かう。最高に楽しい血戦を求めて。




