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第二十七章 バトル・オブ・ライヒ演習作戦① 


「バトル・オブ・ライヒ演習作戦の進捗状況は?」


 ラインハルト帝国軍総司令部の赤い絨毯を踏みしめながら、灰色の煙の揺らめく葉巻を加えるのは初老の軍人、オスヴァルト・フォン・アウデンリート中将だ。


 コツコツと軍靴を鳴らし、彼に伴って廊下を歩くのはゲオルク・フォン・マンシュタイン中将である。


 舌を巻きながら作戦概要の書類を一瞥したマンシュタインは、それを脇に挟んで保持する。


「順調だ。大扶桑帝国の虎の子が既に本国へ到着している。そして『フリードリヒ・フッケバイン』や『アハトゥング・ゾルダート』なども召集済みだ」


 冷静になんの緊張もなく返答を返したマンシュタインは何の恐れも無いといった様子だ。


 今回行われる『バトル・オブ・ライヒ作戦』とは、ラインハルト帝国軍と大扶桑帝国軍の初となる共闘大規模作戦のことであり、そしてロレーヌ戦線攻略という目的を持つ。


 これは共和国軍最終絶対防衛ラインを突破するために打ち出された2軍合同作戦である。


 前提として、ロレーヌ戦線ポリテーヌ共和国側には3つの要塞陣地が存在する。


 1つが前方に突き出すように門を構える『テトペッテンソン要塞陣地』その後ろを守るのが、北に『ミッシェル要塞陣地』、そして南に位置する『マジョレーヌ要塞陣地』である。


 これらの要塞は平地の上に建てられたものであり、多くの砲門を有したいわばアイアンメイデンのような鋼鉄の牙城である。


 ラインハルト帝国軍、大扶桑帝国軍の混成部隊が出撃する今回の作戦、ロレーヌ戦線の膠着状態を解き陸上部隊を敵国領内へ進軍させることが目的である。


「これが成功すればポリテーヌ共和国()()の第一歩となるだろう。そうしていくつかの都市や田舎を制圧していき、総帥がお考えの未来像が実現できるわけだな」


 書類をひらひらと振ったマンシュタインが軍服の内ポケットから葉巻を取り出す。


 シガーカッターで先端を切り、専用のライターで火を灯す。


 オレンジ色に染まった炎を宿した葉巻を口に咥えた。


 豪華に映える扉の前に立つ。その部屋の表札には『作戦室』の文字が刻まれていた。


 同期、そして同僚として比較的二人でいることも多いアウデンリートとマンシュタイン。


 彼ら二人はまだラインハルト帝国が『101地点』の醜名を背負っていたころの軍大学からの中であり、頭脳の明快さなどをエレナに評価され、こうして参謀将官としての責任を負っているわけだ。


 葉巻を噛みながら何かを考えこむように髭を触るアウデンリート。その瞳には何恐れのようなものが感じられる。


 その様子を訝しむように眺めていたマンシュタイン。口から雲のような大きな煙を吐き出すと、その大きな手のひらでアウデンリートの肩を叩く。


「アウデンリート、何か気になることでもあるのか?」


 強い口調、だがそこには前線を生き残った戦友に対する心配の念が込められていた。


「――いや、これが私がそう考える立場にはいないだろうな」


 言葉を濁した。


「お前が()()()()()考え事とは珍しいな。話してみろ」


 数秒の沈黙。


「――我々は東と西、東部戦線とロレーヌ戦線に板挟みされるように戦争をしている。だがそこには何らかの思惑があるのではないか?」


 煙と共に嘆息したアウデンリートは途方に暮れるように佇む。


「――確かに、な。それは私も感じ取ったことだ」


 それはマンシュタインも心に秘めていた思案だった。ここまで大規模に広がった世界大戦ではあるが、実際に派兵を行っている国などほんの少数だ。


 共和国連合や帝国枢軸同盟に参加する国々も、腰を下ろして我々の戦争を蚊帳の外から眺めている。


 自軍の損害を押さえ込むためにわざと参入して来ない。


 世界は我々が潰し合ってくれるのを待っているのだろう。特にラインハルト帝国とボリシェビーク社会主義共和国連邦の壊滅を。


 思想の異なるボリシェビーク連邦さえ倒されれば、戦後の安寧、今でも続いているリバティー合衆国とボリシェビーク連邦の冷戦状態を終結させることができる。


「各国の様々な事情がこの世界大戦を覆っている。己の正義を貫徹するために」

 

 赤い絢爛豪華な絨毯を踏みしめる二人、アウデンリートは手に掛けた扉の取っ手の感触を確かめるだけで、力を入れる様子はない。


 そんな背中を眺めていたマンシュタインが再びアウデンリートの肩をポン、と叩く。

 

「我々は軍人だ。いかなる時であろうとその役割というものを忘れてはいけない」


 マンシュタインの忠告に耳を澄ませたアウデンリート。そして全てを振り切るように扉を開ける。


「どうやら我々は世界を統べるか世界を壊すかの瀬戸際に立っているらしい」


 最後のマンシュタインの呟きは扉の開閉音に負け、宙に舞った。










「航空宇宙軍の衛星動画から推測するに、連中は海戦の準備も着々と進めているみてえだな」


 エレナが操作する射影器の光が真っ白なボードに彩りを与えていた。


「おそらくこれはクール・ブリテンの連中が根回しした戦力であろうな」


 射影器が映し出す光の中に散在する海に浮かぶもの――軍艦が数十隻も確認できる。


 建造中のもの、待機中のもの、抜錨(ばつびょう)し試運転もかねて砲塔を旋回させている様子を捉えている。


「これはこれは、遂に陸軍国家が海から我々を攻める戦法を思いついたわけか」


「いや、しかし。これは何らかの大規模作戦の予兆ではないでしょうか」


「だがクール・ブリテンの教導があったとしても、今まで海戦の経験がほとんどないかの国が我々にどの程度の力を見せつけてくるかはある程度は予想ができる」


 場の参謀将官たちの喧騒が響き渡る。その中でエレナは熱心にスクリーン上の光景を目に焼き付けていた。


 凝った装飾椅子に腰を下ろす彼女。左手の小指で朱色の下唇を触るような仕草をする。


 そして猥りがわしく割けた口からの語り。


「――まあ、『ジーク・ライヒ作戦』でクール・ブリテン(ジョンブル)共々決定的な打撃を加えるんだ。ちょっとばかし殲滅が困難になるのは暇つぶしにちょうど良い」


 悪意を込めて言い放ったエレナの言葉を聞いた参謀将官たちに不意の沈黙が訪れる。


 あくまで占領というよりも、破壊と制圧を望むエレナは自分の考えを貫徹するようだ。


 周囲を困らせるのが十八番のエレナの存在に多少頭を悩ませる彼らだが、史上稀に見ないほどの実力を備えた彼女に口を挟む者はフリードリヒやアルベルト以外にはいない。


「――いいか? 私は降りかかる火の粉を全て払い落とす。『ジーク・ライヒ作戦』が()()の所業だとしてもな」


 すっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干したエレナは満足げに微笑んで見せた。


「たとえ世界から敵視されようとも、あたしの是は変わらない。この世界の全てを破壊するためには努力を惜しまない、そして――」


 一瞬の沈黙。


 その瞬間は彼女は可憐な笑顔を見せてくれた。


()()()()()()()に終止符を付けるため、我らラインハルト帝国はこの世界に対しての闘争を行う」


 めいいっぱいの年相応の頬笑を披露したエレナ、だが彼女に張り付けられたその表情の裏、真っ黒い何かが潜んでいた。


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