第二十五章 スクールライフ②
「何であんたがこんなところにいるの!?」
強烈な否定の言葉。
「あんたのせいで、何人が犠牲になったと思ってるのよ!!」
彼女の否定は留まることを知らない。
周りにいる連中もそうだ。敵意、憎しみ、悪意、あらゆる負の感情を表情に張り付けてこちらを睨んでいた。
「待て貴様ら。今回の事件は姫様の責任ではないだろう!!」
やめて。
「違う!! ターゲットはその女だった。そいつのせいで――そいつのせいで!!」
悪いのは私だよリル、だからもういいの。
「姫様は被害者だぞ!?」
いいから、もうやめてよ。
「確かに被害者だけど――そいつを狙った銃撃で何人も殺されているのよ!?」
やめて。
「あんたなんか……ここにいなければよかったのに!!」
「うあぁぁぁ!!」
ベッドから跳ねるように起き上がる。
全身を滴る嫌な汗の感触。先ほどの光景は夢、だったのだろう。
未だ寝起きで通常の感覚を取り戻さないアレクシア。瞼に触れた流れ汗を指でこする。
朦朧とした意識の中、アレクシアは周囲を見渡した。
目に入った光景はいつもと変わらない、士官学校学生寮の一室だ。真っ白とはいかないまでの僅かに変色した天井。
狭い室内には調度品の類が敷き詰められている。大きめの机、ロッカー、棚など。
そこはアレクシアに割り当てられた私室である。
「……はあ」
嫌な目覚めだ。
あの時のことを夢に見てしまうなんて。
あの時、あの場所で。
アレクシアへの憎しみを込めた学生たちの狂乱がフラッシュバックする。
3週間ほどの入院を終え、入隊の覚悟を決めたアレクシアは、退学届けを片手に決死の思いで大学へ臨んだ。
無事退学届けを提出し、少しばかり寂しい思いを胸に秘めて足早に大学を去ろうとした時、彼女が突っかかってきたのだ。
――何しに来たのよ、あんたは――
その子は同級生、学友と呼べるほどの中のよさではなかった子だ。毎度のように自分に突っかかり、その敵意をむき出しにしてきた彼女。
自分がアニョルト代表の娘という理由と偏見でアレクシアを罵った彼女。
だがアレクシアは、無視するわけでもなく逆上して大声を上げるわけでもなかった。怒りで腹の中が煮えくり返りそうになりながらも。
アレクシアはただ黙っていた。黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。抱擁するように受け止めた彼女の主張を優しく咀嚼する。
すぐにでも声を張りたかった。でもアレクシアはそれを表には出さない――
彼女は罵倒しながらも涙を流していた。
何に対しての涙だったのかはよく分かる。だからアレクシアは敢えて憤怒を表には出さなかった。
この国の姫として、泣いている人を責めるわけにはいかなかったからだ。
「――まったく、損な性格なのかな? 私――」
「アニョルト候補生、集弾率、誤差5センチ以内」
硝煙の匂いを纏わせた野外射撃場は銃声という活気に溢れ、太陽のもと、次々と連続して射撃音が鳴り響いていた。
アレクシアは焦げた薬莢を輩出し、作動稈を操作して次弾を薬室に送り込む。
100メートル先の人型的に狙いを定める。
伏せ撃ちの体勢で狙いを定めるアレクシア。胸の内に潜むあらゆる思いを断ち切るように引き金を引き絞る。
あの時、あの瞬間。
奥村と一緒にこの異世界へ転移する時に体験したあの超空間。そこで彼女は妙な感覚に気が付いていた。
全身がに電気が流れたかのような感じを覚え、自らの体を抱くように腕を回した吉野は全身の震えを抑えるのに必死だった。
おそらくあの時だ。
あの時に体を機械化され、機械化人間としてこの場に存在している。
自分をこんな状況下に置いたのはおそらくりんりんであろう。
彼女はこの世界の戦争を停戦させる手伝いとして吉野と奥村を転移させた。
それも奥村を兵士として、敵国に転移させた。
吉野の機械化もきっと彼女を兵士として扱うために改造したのだ。
戦争に直接加担をさせ、兵士として戦わせる計画。
その瞬間、全身を冷たいものが這いずり回るような感覚がまとわりついた。
「っ!?」
手元が狂い、狙いを大きく外してしまう。
発射された弾丸は的を削り取ることもなく、上1メートル離れたところに着弾した。生々とした銃痕がコンクリートの壁に出来上がる。
上官の軽い叱責が聴覚が刺激する中、アレクシアは硝煙の匂いが鼻腔をくすぐるのを振り払うように目の前の的に意識を集中させた。
りんりん。
彼女はこの異世界の大使として自分たちをこの世界に連れてきた。
兵士としてこの戦争を終わらせるために。
だったらなぜ吉野と奥村は戦争中の二つの国に分けられたのか?
片方を勝たせるのであれば二人一緒にラインハルト帝国かポリテーヌ共和国に転移させるのが普通ではないのか?
彼女の意図はどうしても分からなかった。
疑問、疑念は多々ある。だが一つ確信して言えること、それはりんりんは少なくとも味方ではないということだ。
彼女は何かを企んでいる。でなければこのような遠回しなことをするはずがない。
「何とかして尻尾を掴めないのかな……」
本日すべての講義が終わり、アレクシアは自室へと戻っていた。
1講義90分で構成された士官学校の講義。それが1日3講義ほどで構成されている。
数時間に渡る実施訓練と夜間訓練を含め、一日の士官学校生活が終わるのは午後7時から午前2時である。
短期習得をモットーとした現シュヴァリエ士官学校では連日過酷な1日が設定されている。だがそれも無理はない、ここは軍隊なのである。
そんな苛烈な訓練にアレクシアは確実について行った。それどころか校内での成績はトップに近い。
訓練で出た汗を軽くシャワーで流した彼女は、配給品のバスタオルで髪に付着した水滴をもみ込むようにふき取っていく。
現実世界のものと比べて性能が悪いと言わざるを得ないドライヤーで髪を吹く。サラサラと風に乗ってうごめく後ろ髪がはらりと背中に舞う。
士官学校に入る前まで暮らしていた屋敷と比べ、遥かに安く、質素な調度品に囲まれた狭い部屋で、アレクシアは今日の講義の復習のため、鞄からテキストを取り出す。
椅子を引いたアレクシアはテキストの表紙を開き、一人黙々と自主勉強に励んだ。
全ては奥村真広に出会うため、そして彼を正気に戻し、一緒に現実世界へと帰るための努力だ。
ラインハルト帝国総帥があの演説で語った世界征服――そんなことはさせはしない。
不動の正義感を宿した今のアレクシアを邪魔できるものなど一人として存在しないだろう。




