第二十四章 スクールライフ①
陽光差し込む豊かな日和。人間という存在など、ちっぽけに思え得るほどの広大な青空が横たわっている。
ラスコー・ポリテーヌ共和国 首都 シュヴァリエ陸軍士官学校
春、夏、秋、冬の期間の全4回、この士官学校では志願者を募集している。志願条件は18歳から28歳、大学を卒業し、学士号を持つものや陸軍幼年学校を卒業したものだけが試験条件を満たすことができる。
試験資格を有する者はその後筆記試験、体力測定、面接試験など、全3試験を突破したものが入学を許可される。戦争の長期化などに備え、将来的に多くの将校を輩出するために倍率を下げ、一般的な能力、技能を有する者は基本的に誰でも入学ができるという学校である。
ラインハルト帝国との戦争が始まった影響で、質は落ちても現場で使える程度の将校を大量生産するという方針に変わったこの陸軍士官学校の『エリート』という風評は過去のものとなった。
コースが3つ存在し、一般コースでは最短で半年間、最長で1年間この士官学校で学び、卒業試験後即座に士官として任官される。
だが短期間で将校に求められる技能を全て身に付けることは難しいため、この学校で学びきれなかったものは現場で学ぶという形態がとられる。
一方の別コースは、参謀クラスを目指す志願者に与えられたコースであり、3年間を通して地獄のような訓練や座学があり、能力の無いものは遠慮なくふるい落とされるという極めて難関な道である。
そしてその中から成績上位者5人がめでたく参謀として任官することができる。
始業式を終え、夏が過ぎ、秋の季節が花を咲かせるこの日、アレクシア・アニョルト士官候補生は3つ目の機械化兵士コースに在籍していた。
「歩兵一個分隊だ!!」
野太い声が講義室に響き渡る。
40代をとうに過ぎたであろう教官が、黒板に書きなぐられた『歩兵一個分隊程度』という文字を強調する。左頬に銃創の跡を残した貫禄のある顔が凄みを漂わせる。
「貴様ら機械化兵士は基本的に通常部隊とは同じ働きをするが役割は違う」
広いドーム状に、高低差のある大学の講義室を思わせる婉曲机にそれぞれ士官候補生が座っている。分厚い教科書を開き、ノートに黒板の文字、そして教官の言葉を書き綴る。
「通常部隊と行動を共にするが、基本的に機械化兵士は切り込み部隊として他の部隊の前を行く。機械化兵士が開けた穴から歩兵部隊や戦車部隊が蹂躙するというわけだ」
チョークが折れんばかりに強い筆圧で文字を記す教官は候補生たちの方を向き、こう言い放つ。
「だが切り込み部隊は最も危険な役割だ、敵の攻撃をもろに受ける可能性が非常に高い。ラインハルト帝国の優秀な兵士や兵器が相手では苦しい戦いだ、だが――」
息を吸って声を張る。
「数は圧倒的に多い。ポリテーヌ共和国は機械化兵士の人数は多く、物量で押し切ることが可能だ」
再び教官が黒板に向き直る。新たに書き加えられた『物量』の文字。
「そこで、切り込み隊長の最前列を担うのが――アニョルト候補生、答えてみろ」
キレのある返事と共に起立したアレクシアは、背筋を伸ばした不動の姿勢で教官の問いに答える。
「一番階級の高い、その部隊の隊長を務める者です。理由としましては、部隊を率いる隊長が一番前に出ることで、部隊全体の士気の向上を煽ることです」
「その通りだ、アニョルト候補生。立ち姿といい、返答といい、さすがはいいとこ出のお姫様といったものか」
教官の発言に眉を顰めるアレクシア。
「――家柄は関係はありません、これは個人の問題です」
教室内に不穏な空気が流れる。この士官学校では、教師と生徒の関係は軍隊そのもの、つまり上官と部下というように分類される。
よって上官への反抗的な態度には即処分が下るが――
「――そうか、すまなかったな」
アレクシアの心情を察してのことか、教官は一歩下がった。
講義室内の空気が変わる。どうやら皆安堵の息を漏らしたようだ。
教官とアレクシアのやり取りを傍観していた他の候補生たちが何やらひそひそと話している。会話は聞こえないが、どうやら自分のことを話しているものだと理解した。
アレクシア・アニョルトはラスコー・ポリテーヌ共和国代表の娘、つまりは姫である。そんな国の姫が陸軍士官学校に在籍しているとなれば、会話の肴にでもなるだろう。
始業式の日、先の大学、及びラジオ放送局の襲撃後、軍に入りたがる人間が急増した。皆祖国を守りたい一心で決断したものだろう。
それはアレクシアも同じである。
彼女は奥村に再会するため、そしてこの国の安寧のために軍に志願した。入学試験条件を満たしてはいなかった彼女は、近衛兵のリルと共に懇願し、今に至る。
だが特別扱いをされることは決していい気分ではなかった。
「――もう1つの質問だアニョルト候補生。ラインハルト帝国軍の機械化兵士、それも精鋭部隊と対峙することとなった場合――」
その時の教官の表情は曇っていた。何か過去の出来事を自責するように。
「我々ポリテーヌ共和国機械化兵士はどういった行動をとるのか――」
これは昨日の講義の復習だ。答えは分かっている。
「はい。精鋭部隊と戦闘になった場合、敵より多い数での戦闘が行い撃破する。それができなければ少人数で撃破もしくは被害を出させるのが望ましい。しかし、それは非常に困難なため、増援が来るまで時間を稼ぐ。それもできないようであれば――」
教官は曇った表情で後悔の念を舌の上に乗せていた。
「退避――逃げることです」
90分の講義が終わり、移動教室のため候補生たちがぞろぞろと講義室を後にする。
使ったテキストやノートを鞄にしまい、アレクシアも講義室を出るべく席を立つ。
先ほどの授業での教官は少し変だった。
敵機械化兵士精鋭部隊との戦闘において我々がどう行動すべきかの質問。おそらく過去に何かあったのだろう。
彼は数カ月前まではロレーヌ戦線で前線の空気を味わっていた人間だ。そこで何かあったのだと理解した。
次の講義は技術指導、大学での体育の授業とは異なり、わざわざ体操服に着替える必要はない。今着ているポリテーヌ陸軍軍服は体育着の役割も担う。
このシュヴァリエ陸軍士官学校では制服として、ポリテーヌ共和国陸軍の将校軍服が支給される。在学中はプライベートの外出以外ではこの軍服を着用を義務付けられる。
新しく作られ、そしてアレクシアの手に渡ったこの服には、汚れや傷などは一切無い戦場を知らない新品だ。
その時、彼女は胸元を思いきり握りしめた。
この士官学校での教練は将来戦場へ出て人を殺すためのものだ。
自分もいずれ階級を貰い、前線で銃を手に戦うことになる。
決死の思いで戦争に携わることを決意したあの日――今のような思いは感じ得なかっただろう。
怖いのだ。
戦争という行為そのものが、そしてそれに深く関わっていくのが。
あの時決断した、でもその思いが揺らぎそうになる。
動悸を抑え込むように胸元を握りしめたアレクシア。
周囲に人はいない。今なら涙を流してもいいのではないか?
講義室全体を見渡した彼女はある錯覚に陥る。
ホール上に弧を描くように配置された机と椅子。
そこはまるで――
(大学……)
かつてある世界、ある国、ある時代で彼女が過ごしていたキャンパス、そこにそっくりである。
(ああ、そうか)
開いた窓から吹き込む微風を受けながら課題に追われていた彼。
密かな慕情を抱き、ドキドキしながらも積極的にコミュニケーションを取ろうとした。
奥村真広を思い出した。
その瞬間、彼女は拳で自分の眉間に正拳を撃ち込んだ。
迷いを撃ち砕くように叩き込まれた拳は、彼女の迷いをさらう。
(もう迷わないって決めたはずだ)
軍人として戦場に出れば、また彼に遭える可能性が残される。
その可能性を――絶対に離さない。




