第二十三章 ライヒの作戦議会
『フリードリヒ。フッケバイン』の奮闘によるラスコー・ポリテーヌ共和国における戦略的全国放送から1週間が過ぎた頃、ラインハルト帝国では、けただましいほどの喧騒が都市部を賑わせていた。
プロパガンダとして流布された敵国への首都攻撃と今後の制圧宣言、ラインハルト帝国では勝利の美酒がジョッキに注がれ、なめらかな泡を吹いたジョッキを打ち付け合っていた。
今回の作戦でラインハルト帝国がポリテーヌ共和国に勝利できるという確信が、プロパガンダ的洗脳によって市民に植え付けられた。
ラインハルト帝国はもとより、市民にまで戦意を向上させるために情報機関を通じて様々な情報を市民に垂れ流していた。圧倒的にこちら側が有利な戦況、戦力差など。そしてまだこの国が101地点と呼ばれていた時期に虐げられた同胞たちの歴史。
ポリテーヌ共和国を圧倒的な『悪』とする報道を絶えず流し続け、市民たちの憎悪を植え付けた。今では志願兵が続出し、訓練を受けた新兵が次々と戦場へ送られている。
無論兵士の増大で消費される資源は図りしれない、よってラインハルト帝国はこの戦争を支える産業基盤を一層強固なものに仕立て上げ、徹底的な内線戦略によって物資をあらゆる戦場に送り出す。
物資の潤沢なラインハルト帝国では兵器部門への投資も増大、日々既存兵器の量産や新兵器開発に力を注いでいる。
そしてそれらを全て統括しているのが――
「絶景だな、まるで勝利を知ったかのような騒ぎようじゃねえか」
エレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガー総帥である。
紅茶片手に中央司令部から街の様子を傍観するエレナは微笑みを浮かべ、前回作戦の余韻に浸っていた。ポリテーヌ共和国から帰還後、エレナは声明を発表した。
今後ラインハルト帝国軍はポリテーヌ共和国軍に対して徹底抗戦を始めるというものだ。
東では未だボリシェビーク連邦軍と、ラインハルト帝国軍の双方膠着状態が続いている。ポリテーヌ共和国とは違い、兵士、兵器の質の勝る軍隊が数にものを言わせた戦略で迫ってくるのである。
今もかの国の工場では次々と戦車や対戦車砲などが休む暇もなく製造され、前線へ運び込まれている頃だろう。よって敵の戦力が増大するよりも先に、こちらは相手を撃滅させねばならない状況である。
よって早期にポリテーヌ共和国を制圧し、戦線の戦力をを二つに分け、一方は東部戦線へ、そしてもう一方は海軍や空軍と協力し、海を挟むクール・ブリテン連合王国を警戒するためにポリテーヌ共和国沿岸に戦力を配置しなければならないわけだ。
クール・ブリテン連合王国の力はいかほどのものなのかは定かではない、従ってこちらの海軍が敗北に帰する状況に陥った場合、最恐の上陸阻止防衛戦へと移行するだろう。だからこそ陸軍の戦力を海岸に配置し、もしもの場合の盾として機能してもらうということだ。
「今後の世界情勢を決定的にするのが『ジークライヒ作戦』、私は今から緊張をしていますよ総帥」
会議室には、マンシュタイン、アウデンリートを含む参謀官がそろって着席していた。
「あたしもそうだぞ、マンシュタイン? 『ジークライヒ作戦』成功の暁には、どのように世界が動くのか。我々を完全なる敵として認識するか、それとも仮想敵国として世界中が緊張状態に陥るのか」
窓からの景色を眺めたまま、あくまで冷静を取り繕うエレナ。建物群を眺める彼女の碧眼には期待と愉悦が含まれていた。
「――それにしても、この間の作戦では『第0特務隊』がよくやってくれましたな? アニョルト代表の殺害には失敗したようですが」
「まあな。まあヴァルトハイム中佐には何か含むところもあったんだろう」
そう言いつつエレナは参謀諸君へ視線を移す。
「――定刻だな。それでは本案件についての議会を始めるぞ――アウデンリート」
「はい。先の作戦を前提とした『ジークライヒ』作戦に関し、作戦参謀局からの案件ですが、各担当者に指示を出した、第三国の協力要請についてあちらの意思の再確認が取れましたのでご報告をさせていただきます」
各参謀たちが配られた資料に視線を落とす。内容は『ジークライヒ作戦』についての書類――作戦案が綿密に記された重要書類である。
「――これは大扶桑帝国、及び第三国にも通達済みです。事前に報酬の半分を納入し、残り半分の報酬の支払いと同盟条約内容の履行を作戦成功後にするという案件につきましては、相手側が承諾してくださいました」
「よって現在作戦実行に関しての不安材料はありません。今件につきましてこれで最終案とし、あとは実行を待つばかりとなりました」
ニコニコとしたエレナの笑顔を受けながら冷静に話を進めるアウデンリート。彼の言葉の通り、かの作戦は書類に記載された作戦通りに決行されることに決定した。
「そんじゃあたしから。海と陸で行う『99式流星作戦』において、『フリードリヒ・フッケバイン』を『Cフィ-ルド』に配置する」
『ジークライヒ作戦』におけるフィールドとは攻防戦域のことである。AからCまで存在する戦域において、フリードリヒらが任されるのはCフィールドである。
「囮の役目を果たさせることに、あたしも胸を痛めるが、あの部隊であればそう不安はないだろうな」
ここでエレナが総帥席に着席する。熱々のお湯でカップに注がれたブランド紅茶に手を付ける。
取っ手を摩りながら、紅茶の水面に映り込む自分の顔を覗き込む。
「48時間以内に参加部隊全てに作戦概要を通達しろ。くれぐれも国内の劇物には今作戦の真意を悟られるな」
口に付けたカップを一気に飲み干し、受け皿にカップを叩きつける。
「しかし万が一上級情報までもが垂れ流しになった場合、君たちの処遇はどうなってしまうのかな?」
エレナが表情と声のトーンで場を威圧した。滅多に見ないエレナの剣幕に恐れおののいた参謀たちが息を呑む。怒っているわけではない、ただ念を押すように強い声音で脅しているのだ。
「――まあそういうわけだ諸君。秘匿は徹底しろ」
瞬く間に委縮する参謀たちの前で、エレナはいつもの彼女に戻っていく。ニコニコとテーブルに置かれたチョコレートを皿ごと全てを自分の近くに引き寄せたエレナ。
びりびりといたアルミ箔を捨て、口いっぱいに頬張った。
参謀たちはエレナの間食が終了するまで一言も話さずに黙っている。これもいつも通りである。
咀嚼したチョコレートを飲み込み数秒後、エレナは口を開く。
「そうだ。遠からず『フリードリヒ・フッケバイン』を臨時で東部戦線に配置する――前回の作戦で親睦は深め終わっただろうが、あの部隊で最前線を経験させてやりたい、手配できるか?」
エレナは視線でアウデンリートとマンシュタインに許可を訴えかける。
「――もちろん可能です。やはり第0特務隊の集まりとして、最前線の空気は必要ですな。調整もかねて東部戦線司令部に総帥特例として通達しておきます」
アウデンリートの返答を聞いたエレナが再び笑顔を張り付ける。
「さて、短いが今回は解散だ。帝国勝利を」
彼女の一言のあと、声をそろえた復唱が響き渡った。
(『ジークライヒ作戦』が成功しさえすれば、あいつはきっと尻尾を出す。そこをヴァルトハイム中佐と共謀し、そして殺す)
彼女の魂にはあるものが灯っていた。
令嬢総帥としてではなく、個人として灯した復讐の炎を。




