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第二十二章 真なる彼女の決意


 ラスコー・ポリテーヌ共和国首都 中央病院


 

 アレクシア・アニョルトは先日、射殺された。


 いや、それは幻想であり、実際は射殺されるかと思い込んでいただけだ。


 目を覚ますと、目の前には真っ白な天井が広がっていることに気が付いた。先日のストラスマルセイユ国立大学からの脱出劇の時とは比べ物にならないほどの閑静さだ。


 体が思うように動かせない、左腕の静脈には点滴が注射され、一定のリズムを刻みながら点滴液の雫が垂れる。顔の近くには何らかの医療機器が立ち並んでいる。


 アレクシアは今、病院のベッドに横たわっているのである。


 急速に覚醒しだす思考の中、アレクシアは今自分の置かれている状況と、先日、大学において自分の身に降りかかった災厄を思い出し始める。


「奥村くん!!」


 発言の終了後即時に跳ね起きる。全身を穿つ激痛に顔をしかめた。勢いよく起き上がったため、腕に刺さった点滴の針がずるりと抜け落ちる。床に垂れ下がった針の先端から点滴液が漏れ出す。


 あの時姿を現したラインハルト帝国将校は奥村真広本人であった。


 ずっと探し求め、再会を望んだ彼。そんな彼が敵として吉野美帆の目の前に現れたのだ。


 現実逃避などできなかった――彼は本物の奥村真広であるという認識だけが混乱する思考の中で、ただ一つ異彩を放っているがごとく存在していた。


 当時の記憶が駆け巡る。長い銃身の拳銃を自分に向け、表情を殺して彼女を見つめる冷たい瞳、今までに感じたことのない雰囲気を纏った彼が、自分の右手と脇腹を吹き飛ばした。


 アレクシアは自分の右腕に視線を送る。そこには引き千切られたはずの右腕が生えてきたように存在していた。抉るように破壊された脇腹にも、何か固い物体を感じるが、それでも肉体としてそこに存在していた。


 『機械化』


 それは自分の肉体に機械や人工の体のパーツを組み込むことであった。機械化人間(アンドロイド)は手術をして初めてそうなるのであり、機械化手術を受けていないアレクシアにとって、この状況はありえないはずの状況であった。


 だが現に機械化人間(アンドロイド)としてアレクシアは存在している。一体いつ、どこで、そして体の何割を機械化したのかは定かではない


(一体どうなっているの?)


 考えようにも答えなどは出ない。


「……奥村くん……」


 錯綜する思案の中、悲しみが涙となって頬をつたう。奥村が一生手の届かない別次元の世界へと行ってしまったかのような感覚。本来の彼がいなくなり、まったく別の人間に変化してしまったような恐怖が止めどなく溢れかえる。


 もう二度と手が届かないのではないかという存在となった奥村――アレクシアの眼は涙でいっぱいであった。










 ひとしきり泣いた後、アレクシアはベッドを離れ、陽日の映える窓から景色を眺めていた。眼下には幾多の軍用車両が往来し、物々しい様子の兵士たちが周囲を警戒していた。


 ラインハルト帝国軍との戦闘が()()で行われたのだ、一般人にも死傷者が出ている、無理のないことだ。


 徐々にだが着実に、戦争の大火がアレクシアに迫っていた。平和が壊された悔しさ、同胞が殺された悲しさ、自分では何もできなかった不甲斐なさ。


(何が何でもできるように……よ)


 いつかリルと話したこと。次に奥村と出会う時までに何でもできるという自信をつけること――


 だが彼女は何もできなかった。自分のせいで生徒の何人かが殺され、リルもフゥファニィも大けがをした。自分は何人もの人間に迷惑をかけただけであった。


 戦争は続く。戦争が続く限り、先日の大学の事件のようなことがまた起きるかもしれない――そうなればまた同じことが起きる。

 

 手をかけていた窓枠が軋む。綯交ぜになったあらゆる感情が彼女を蝕み、血が出そうになるほど窓枠を思いきり握りしめていた。


 ここで気持ちを落ち着けるために深呼吸を入れる。


 瞑った瞼をゆっくり開き、彼女は真剣な面持ちで外を見る、いや、見ているのは窓に映り込んだ自分の姿だ。


 窓に映る自分は不甲斐ないほどに貧弱で、無気力で、意思が弱くて、ちっぽけで、人に頼ってばかりの弱い自分、そして、自分のことが大嫌いな自分であった。


 そんな自分に腹が立つ。


「だから私は――」


 もう後悔はしない――


 彼女は決断した。


「もう迷わないよ」


 それは単なる言葉ではない。


「手が届かないのなら――」


 手の届くところにまで駆け出せばいいだけだ。


「奥村くん……」


 絶対に連れ戻す。


「そして一緒に帰るんだ、元の世界に!!」


 そして――


「――本当に自分のことが好きな自分を見つけてみせる」


 振りかぶった拳、そして彼女の決意を灯した右拳が窓ガラスを穿つ。


 窓に映る嫌いな自分を叩き壊した吉野美帆ことアレクシア・アニョルト。


 真の決断をした彼女はもう止められない――










「軍に志願する!?」


 開口一番驚愕を口にしたリル・エタンダール。彼女は先の戦いにおいて重傷を負った。


 ラインハルト帝国軍部隊の撤収後、彼女は解放された一人の教師によって発見され、この病院まで連れていかれた。そして治療、及び修理を行って安静に――そして今に至る。


「姫様は、軍人になられるおつもりですか!?」


 その疑問の声には明らかな否定が含まれていた。それを感じ取ったアレクシア、彼女がアレクシアの志願に真っ向から反対することは予想済みだ。


「いけません。そんなこと――あなたが戦場に出るなんてこと、私は許しません」


「リル」


 威圧の声音。僅かに身を震え上がらせたリルの背中に冷や汗が流れ落ちる。


 彼女の目の前、アレクシアは澄ました表情でリルを見つめている。固く握られた両拳が彼女の決意を物語っていた。


「もう私がこの国の姫君だとか、そんなことはもう関係ない――」


 こうして直接命を狙われる――関係のない人にまでその魔の手が降りかかるのはあってはいけないことだ。


 こうして軍隊に入れば無関係な一般人を巻き込むこともなくなり、微々たるものであれ、この国のためにできる限りを尽くすこともできる――無論戦争の渦中にいる兵士として、だが。


 しかし、彼女にはそれよりももっと重要なメリットが存在していた。


「兵士として戦場に赴けば、また奥村くんにも出会うことができるかもしれない」


 それが軍属に入る彼女の本心だ。もちろん姫として、この国のために努力を惜しまないという理由もあるがのだが。


「それに私が前線に出れば、兵士たちの士気も上がるかもしれない――私は自分のためだけに軍隊に入るんじゃない。この国のため、そして――」


 彼を連れ戻し、現実世界へと帰還するため――


「私はもう決めた。あなたが否定しても、()()()()()()()()()()――」


 それは彼女の成長であった。現実世界において、いつも人に依存し、自分の意思を貫くことなどできなかった過去の彼女。だがこの異世界で出会ったあらゆる困難がアレクシアを強くしていた。


 先ほどの慟哭は過去のものだ。もう泣くのはやめだ、もう今は決して泣かない。


「だから私は――」










 それから3週間が経ち、先週の戦闘の傷跡も徐々に薄れかけていった曇天のもと、アレクシア・アニョルトとリル・エタンダールは治療及び修理を完了し、早々と病院を退院していった。


 鉛色の雲が空を覆い隠し、太陽の光が僅かな隙間から降り注ぐ中、アレクシアは大学の学生服を着用し、革鞄の中に重要書類が二通――父親であるアニョルト代表と自分の捺印の押された大学の退学届け、そしてポリテーヌ共和国軍士官学校の志願書。


 背筋を伸ばし、革靴をコツコツと鳴らして歩く姿には迷いも躊躇いも無かった。斜め後ろを歩くリルはそんなアレクシアの姿を後ろから見て、彼女の強さを感じていた。まるで()()()()()()()()()()の行軍を見ているようだ。


 アレクシアは左手の腕時計を確認する。授業まであと20分。ゆっくりと歩いても間に合う時間だ。


 先に済ます用事は退学届の提出だ。先の大学での戦闘において、その事件の中心人物であるアレクシアに対する一部の学生たちの敵対心は一層深まっていることであろう。


 僅かな緊張を胸に秘め、守衛をくぐり、窓口への通路を一歩一歩踏みしめる。


 茨の道を進むと決意した――空を支配する雲の暗さが、彼女の今後を予感させる。


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