第二十章 絶対的な神の力
とある人物の手記
我々が生を与えられ、生を謳歌するこの世界――
だが世界は決して一つではない。幾万幾億もの次元が複雑に絡み合い影響し合って存在している。
そしてその中の一つが私が現在存在しているこの世界、この現実である。
この世界は数多の混沌を潜り抜け、幾多の困難を乗り越えて今まで存在してきた屈強の現実である。
そういえば、最近この世界に異世界から面白そうな二人の人間が転移してきた。
そんな二人に対して彼女は面白い暗示をかけたようだ。それも私に対抗するための重要な道具として二人をこの異世界に転移させた。
彼女の計画は私を押しとどめ、この世界における絶対性を、そして別世界における優位性を確立しようとしている。
そんなことは絶対にさせるものか。
この世界支配し、絶対性を確立するのはこの私である。
私の世界の安寧のため、この異世界に対するクーデターを敢行するつもりだ。
このクソッタレな世界に災いあれ――
「――なぜアレクシアを仕留めなかったんだ中佐?」
開口一番はエレナによる叱責に近い質問であった。
時刻も正午を回り、雲一つ無い晴天のもと、フリードリヒらはランデブーポイントで別動隊のライヒマン、ユイリア、そしてエレナと合流。その後突撃機械化軍と協力してポリテーヌ共和国を出る手はずだ。
首都某所に位置する旧ポリテーヌ大聖堂へと逃げ込んだ彼らは、出発予定時刻に達するまでこの大聖堂に潜んでいるつもりである。
外では先ほどの演説と大学の占拠事件の余波が広がっており、駐留軍と結束して憲兵隊が必死となってフリードリヒらを捜索している頃だろう。敵国の兵士の首都侵入を許したのだ、軍部の信用は降格し、何としてでもフリードリヒらの発見に成功しなければ、その後の信用の足場が崩れるだろう。
そしてエレナとフリードリヒら二人の会話は、ここに集結する『フリードリヒ・フッケバイン』の面々、そして潜入していたスパイである元ラジオ放送局局長の視線を集めている。
「撃たなかったのは何かわけでもあるんじゃねえのか?」
「はい」
「理由は?」
「答える必要はありません」
その瞬間、場の空気が凍り付いた。フリードリヒは総帥である彼女への応答を拒否、毅然とした態度で横暴な受け答えをしてみせたのだ。
そんなフリードリヒに対してエレナは頭を抱えるように自分の頭を摩る。手櫛で金髪を整えるように手先を動かしたエレナ。
「……もうちょっと誠意のある態度をみせてほしいな、なんて」
少々いじけているエレナを他所に、フリードリヒは表情を崩すことはなかった。周りの人間たちは、意外なエレナの反応に驚きつつ、胸のつかえが取れたかのように安堵する。
「お前さ……まあいいか」
ため息を吐きながらもフリードリヒの態度を追求するつもりはないようだ。
「手を抜いたのかアイツは? まだまだ加護が弱いようだ」
エレナの意味深な発言。
「――実務的な話をしたいんだが。諸君、よろしいかな?」
周囲を見渡し、異を唱える者がいないと判断したエレナ。フリードリヒ以外は緊張している様子だ、無理もない、目の前にしているのがラインハルト帝国のトップであるエレナであるからであろう。
その緊張感を微笑ましい表情で確認したエレナは凛とした顔色を作り、そして告げる。
「ラジオ放送局、及びストラスマルセイユ国立大学の二か所攻撃を受け、その二か所を中心に半径三キロ圏内を捜索線、そこから更に二キロ圏内を脱出阻止線として憲兵隊、駐留軍が睨みをきかせている」
淡々とした説明を続けるエレナ、そしていそいそとメモを取る部隊員たちは真剣な表情だ。
「我々はこの二重ラインを越境しなくてはならないわけだが、今回の作戦は極秘任務、通常作戦通りに陸軍や空軍の要請を煽ることはできない――つまり我々突撃機械化軍のみで敵防衛線を超えなくてはならないわけだ」
「それは……」
ヴォルフ・モーラー少佐の独り言を聞き逃さなかったエレナが情報を追加する。
「――そうだ。三軍の協力を得ることはできないが、突撃機械化軍にはこの作戦のため、現在ライン外に待機するよう手続きを通しておいた。通信傍受の可能性を考えて彼らと交信はできないがな」
今回の脱出任務は突撃機械化軍にのみ知らされた極秘作戦であり、随分と脇の甘いエレナの考えた作戦であるが、なぜ彼女はこんなにもずぼらな作戦をフリードリヒ・フッケバインに押し付けたのであろうか。おそらくは不利な状況においても無事に任務を完遂し、帰還できる特殊部隊のための訓練を想定してこの作戦を立案したのであろう。
兵士を地獄に落とすためのずぼらな作戦においても部隊が的確な判断を下し、無事に帰還する想定なのは分かった。だがそれをいきなり実戦で行うというのは別な話だ。
「首都から東北へ、そして五キロ先脱出阻止線を抜ける――激しい攻撃に遭うかもしれんが最短の広い国道モーリス線を爆走、突撃機械化軍の支援を受けながら脱出する」
背後を振り向か斜め後ろを指さすエレナ、指先へと視線をずらすと、その先には三台の車が用意してあった。ラインハルト帝国製の車よりも古く、性能も望めそうにない代物が鎮座していた。
それを見た瞬間その場の全員が嫌な顔をするが、エレナは無視して話を続ける。
「いいか、これは実戦であり訓練だ、親睦を深められるように全力で取り組むよーに――全員乗車!!」
了解――敬礼の後、すぐに全員が乗車した。
前衛車にはフリードリヒ、クリスティアーネ、ヴァルター。運転手はクリスティアーネ。中衛車にはオリバー、エレナ、局長、運転は局長。後衛車にはゲルハルト、ヴォルフ、ユイリアが搭乗、運転手はゲルハルト。
エンジンを回し、振動と共に火が灯される。
「部隊総員装備点検! 30秒後発進するぞ!」
無線越しにエレナの絶叫が響く。豪快な金属音を響かせながら各位初弾を送り込む。
窓から小銃の銃身を突き出したフリードリヒが叫ぶ。
「グロボクニク少佐、豪快に扉をぶち破ってやれ!!」
「了解!」
対戦車擲弾発射器で前方のシャッターを狙うヴァルター。引き金を引いた瞬間ロケットが点火、高速で筒から射出されるロケット弾が炎を噴出して飛翔、絶大な爆発と衝撃でシャッターを破壊した。
爆発の衝撃の地揺れで、聖堂の屋根から埃がふるい落とされた。その下でエンジンを吹かした三台の車両、回転数が上がり、けただましい轟音を奏でた鉄の像。
「発進だシュヴァインシュタイガ―少佐!!」
エレナと怒号と共に三台の車が突進、対戦車擲弾発射器で空いた穴から聖堂の外へ。
「各位全集警戒、兵装使用自由、発砲許可だ!!」
荒い運転に体を揺すられながらエレナが叫ぶ。そして拘束を解かれた七人の獣が視界に入る敵兵めがけて射撃を開始した――




