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第二章 軍装を纏う帝国の猟犬


 遥か昔、地球全体の文明を完膚なきまでに破滅させるほどの大戦争『決壊戦争』というものが起きた。


 各国の最先端技術や知識、ほとんどのものが戦争の業火によって破滅させられたのである。


 戦争の残留物となったものは、生き残った少数の民族、複数の言語、至極簡単な技術、そして生き延びた人々の身体、当時の常識である機械化された人体である。


 機械化人間(アンドロイド)と呼ばれるそれは、あらゆる面で複雑化しすぎた社会でよりよい生活を送るための最新技術であった。


 体を機械化することで得られる恩恵は多く、万が一病気にかかってしまった場合でも、体の中でその病気に対する特効薬を自動生成し、自分自身で治癒をすることが可能である。


 また、電波などを送受信することにより、携帯端末なしで他人とのやり取りを可能にした。また生身の知能の他に人工知能も持ち合わせている。


 よって本来の心に加え、もう一つの人工的な心を持ち、ネットワークを介することで他者との直接的な共感が可能になり、人間関係をより密接に、そして常に最良の選択をすることによって対立無く分かり合えるようになった。


 当初は体の機械化に躊躇する者も数多くいたが、時間がその抵抗を薄めていった。


 世の中に落ち着きが戻り始めた時、日本から海外に向けて機械化人間(アンドロイド)技術の大量輸出で発生した貿易摩擦で、日本に融和的な態度を取り、肩を持つ国々が現れた。それに対抗するように反抗的な立場で日本を追求する国々が立ち上がった。


 両者を分ける大きな対立が激化し、銃声を奏でる大戦争になるまでの時間は長くはなかった。


 決壊戦争と呼ばれたその戦争は、第二次世界大戦に次ぐ第三次世界大戦と呼称され、地球上のあらゆるものを消し去るまで継続したのであった。


 全てが奪い去られた地獄の大地で生き残った人々が懸命にも立ち直り、練度の低い技術力で惑星ごと復興させるのには気の遠くなるような歳月を要した。





 あれから数千年後。  





 かつてヨーロッパという地域があった場所に、ひときわ大きな力を持つ大国、ラスコー・ポリテーヌが門を構えていた。


 ラスコー・ポリテーヌ共和国の東には当時プロイトセンと呼ばれる国家が存在した。


 ポリテーヌ共和国の前では、経済的にも軍事的にも弱者であり、共和国に取り込まれていくのは時間の問題であった。


 ポリテーヌ共和国に支配された後、プロイトセンは『一〇一地点』と改称され、そこに住む人々は共和国に隷属することになる。


 周辺に植民地を保有していたポリテーヌ共和国の国力は、プロイトセンのおよそ一〇〇倍である。仮に戦争を始めようにも槍と髭剃りほどの力の差が開いているポリテーヌ共和国に勝てる見込みは微塵も残されていなかった。


 十分な報酬も与えず、周辺諸国との戦争にも盾として扱われる、名を捨てられた国家の人民が、共和国に憎悪を燃やすのも仕方のないことであった。


 結果、列強との戦争終結、友好関係を結ぶことには成功したが、共和国と一〇一地点との友好は果たされるはずもなかった。


 そこから数百年、とある一〇一地点の青年が共和国からの独立を画し、首都の共和国大使館を爆破。これを機に一〇一地点は共和国に対して独立を要求。単なる被支配弱小国家だと揶揄する共和国は総勢十五万の軍勢を差し向けた、だが――










「――共和国軍は一夜にして壊滅、対して一〇一地点の損害はおよそ一二〇、ビールが飲めるほど上手すぎる話だな」

 

 呪詛のように、だが僅かに快味を含んだ声音で呟いた初老前後の男性は簡略化した歴史書を閉じた。


「だが事実だ。この報道をラジオで聴いたときはクヌーデルを喉に詰まらせたぞ」


 本を持つ男性の近くに待機していた、もう一人の初老の男性が煙草を咥えながら気の置けないといった感じで返答してみせた。


「芋料理をそんなにバクバクと食ったら喉にも詰まるさ。共和国人に食事マナーでも御教授してもらったらどうだ?」


「よせ、縁起でもないぞ」


 二人の他愛のない会話が室内に響いた。


「――それにしても、何百年も共和国に支配され続けてきた我々が、突如として共和国の数十歩も先を行く技術力と軍事力を保有することになった歴史については、参謀将校である私たちにもトップシークレットなわけだがな、アウデンリート」


 オスヴァルト・フォン・アウデンリート中将。

 ラインハルト帝国国防軍最高司令本部作戦参謀次官であり、戦略参謀として中央司令部に所属する。

 アウデンリート中将は持っていた本を机の上に置くと、自分の椅子を手繰り寄せる。


「マンシュタイン、一週間前の哲学講演会である哲学者が言ったそうだ。『原始時代から人間は進化を続けた、そして今も進化をし続けている。それはまだ人間が最終進化系に到達していないからだ、人間は成長し続ける存在であり、知性という快楽を原動力とし上へ、更にその上へと昇り続ける、だが――』」


 アウデンリートが唱えたマンシュタインとは、彼の傍らで談笑に浸っていた男性、アウデンリートと同じ肩書で中央司令部に勤務する軍人、ゲオルク・フォン・マンシュタイン中将である。


「『どれほど技術が進み、大地、海、この地球という大きなもの、反対に細菌やウイルスなどといったミクロなものまで分析によって証明できる時代においても、必ず想定外のイレギュラーも起こりうる』」


「そのイレギュラーが現在各国の軍事バランスか?」


 アウデンリートの哲学引用に、ある程度は納得したかのような面もちでいるマンシュタインによって嗜好される一本の煙草、それの九割以上が燃え尽きた。


「ああ。マンシュタイン、貴様はこの現実をどう見る? ラインハルト帝国が発展しているのは軍事を中心とした科学技術だ、我々の同盟諸国も同じように発展しているが、敵側諸国だけが科学の伸びが遅く、機械化人間(アンドロイド)の技術だけは非常に高い」


 アウデンリートの疑念は最もだった。そもそもラインハルト帝国とラスコー・ポリテーヌ共和国とは境を接する近隣国である。ポリテーヌ共和国から独立をする以前から密かに発展を成し遂げてきたことになるのだが、常識的に考えて奴隷国家が一夜にして世界大国となることなど到底考えられない。

 

 そんなアウデンリートの疑義にマンシュタインはこう答えてみせた。





「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 淡々と述べられたアウデンリートの言葉に不可思議な魔力が宿っていたかのように、マンシュタインの煙草が灰を落とす。


 その身を燃やし尽くした煙草を灰皿に押し付けて消火したマンシュタインがこう羅列する。


「その作用に疑問を抱くのはよいが、戦いの神アレスが手を差し伸べているのなら現状に縋りつくしか他にあるまいよ。我々は下作な霊装を多用する共和国側(蛮芸野郎共)とは違う、合理性に基づき少ない損失で勝利を飾る兵器たちを主力にして戦う帝国国防軍は曲芸団だ」


 共和国を皮肉りつつ、国防軍の働きぶりを表したマンシュタインが両腕を屈強な胸筋の前で組んだ。戦線から離れた彼は、歴戦の証たる鍛え抜かれた肉体に愛着があるのだろうか、銃を手にして戦火に身を焦がすことが無くなっても、筋力維持は行っているようだ。


 将官用に装飾された軍服の胸ポケットから葉巻を出したアウデンリートはこう切り出す。


「確かに、機械化人間の数で勝るあちら側は利用方法に品が無いな。絶対数の多い分だけ数に任せて防御陣営として組み込み、戦線を維持――か。もう少し頭のいい軍事転用の方法などいくらでもあるというのに。数を持てまして使い方が荒くなる、金も機械化兵士も同じことだ。能力のある者ならともかく、帝国(こちら)ではありえんな」


「防護フィールドが破られた後の混乱、現出するのはトラブルだな。しかし、突破力があり、対装甲、対空戦闘力も備えた悪魔(デア トイフェル)、戦車も航空機も生身で撃滅できる相手に対しては――」


 アウデンリートの葉巻の肴を配膳するかのように話に華を盛りつけたマンシュタインが、アウデンリートの反応を待つ。当のアウデンリートも談笑家(マンシュタイン)の心中を察したようだ。






「そういえば、我が軍にもお誂え向きの機械化人間部隊(とっておき)がいるではないか」







 マンシュタインの前振りが、ワーグナーのようにアウデンリートの心を躍らせた。


 スタートラインで待たされたアウデンリートは彼のスタートコールで走り出す。






「ラインハルト帝国突撃機械化軍特務隊『フリードリヒ・フッケバイン』、例の機械化部隊使い狩りに特化した猟犬(ヤークトフント)だ」


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