表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/52

第十九章 暴虐の再会


 揺れながら徐々に加速する不安定な足場に足を取られたアレクシアが横倒しに倒れ込む。


 列車の丸みを帯びた天井から下半身がずり落ち、両腕に思いきり力を入れる。


「姫様!?」


 かけ寄ったフゥファニィの足元に、突如の銃撃が襲い掛かった。


 二人して銃声の発生源を見据える。強風をもろともせず立ち尽くす少女が黒の制帽を片手で押さえながら銃を構えていた。


「しつこい連中だ。日頃の礼拝が無意味だとは思いたくないものだ!」


 照準器を覗く瞳が敵兵の姿を視認する。黒のロングコートを羽織った少女が、輝く白髪を煽らせながら殺意を込めた突撃銃STG44に力を込める。


 お互いが同時に発砲する。


 すれ違う複数の銃弾が大気を引き裂き滑空する。高速で進行する機関車の揺れに煽られ、体の真横をすり抜ける軌跡。


「姫様は列車の中へ!」


 なんとか這いずり上がったアレクシアは、すぐさま屋根から降りて列車の中に駆け込んだ。乗客の一人もいない車内の壁際にしゃがみこんで悪夢が過ぎるのをひたすら待つ。天井からはつんざくような銃声と着弾音がひっきりなしに続いていた。


 今も敵の銃弾に怯える学生たち、そして自分のために銃を手に取ったフゥファニィ先生を案じる。


 だが祈りはいつも期待を裏切る。神は死んだという概念を創ったニーチェが正しいのだろう。


 今のアレクシアにできることは、薄々無駄だと感づいていた祈りだけだ。


 車上銃撃戦。線路に沿って左右に揺れる機関車の上では、不安定な足場と吹き付ける暴風で通常通りの射撃が行えない。


 途切れる銃声、落ちる空弾倉。フゥファニィにとってあれほど信頼できた守り神が牙を抜かれてただの鉄の塊に変化する。


 短機関銃MAS- 42を宙に投げ、腰から一振りの短剣ダガーを抜いた。


 目の前の少女は突撃銃STG44、羽織られたロングコートの下に覗くベルトには拳銃のホルスター、銃剣、M24柄付手榴弾ポテトマッシャー、携行シャベル。更には妙な厚みのある盾を左腕に固定している。フゥファニィを殺すには十分すぎる面構えだ。


 威嚇にもなるか不明の短剣ダガーを、じりじりと接近する少女に突き付ける。


 互いの時が止まる。動いて見えるのは風に舞った二人の髪だけだ。


 フゥファニィが短剣を握る力を強めた時――


 足元を蹴って跳躍――先に動いたのは白髪の少女だ。


「っ!?」


 発砲するのではなく近接するという予想外の行動を目にしたフゥファニィが一歩たじろぐ。だがそれを許さないように接近する少女の姿は一メートル先。


 甲高い音を上げて突き出されたシールドを間一髪で短剣ダガーで受け止める。凄まじいエネルギー量がフゥファニィの全身を襲う。


「――あなた。陰でアレクシア・アニョルトを警護する共和国軍の近衛兵でしょ?」


 少女の語り。


「――だったらどうしたテロリスト!!」


 フゥファニィの必死の叫び。それを近くで聞いた少女の俯き。何事なのか理解できぬままフゥファニィは少女の顔を覗き込む。フゥファニィの視線の先、くっきりと割けた少女の口元が頬笑を物語っていた。


 そんな猟奇的な少女の笑顔の語り。








「――だったらお嬢様を守るために、身を挺してみろ近衛兵(ロイヤルガード)!!」








 彼女の叫びを引き金に、シールドからの射出体が一つ。宙に飛ばされたそれは、信管によって作動する。


(跳躍(バウンシング)地雷(ベティ)!?)



 フウファニィの思考の束の間、数多の鉄球が爆破で四散する。


 機関車の天井に穴をあけ、フゥファニィの全身を破壊する。


 もげた機械部品がオイルにまみれ、生身の体から血肉が溢れる。


 もはや死への宣告は避けられまい。








 車内へ逃げ込んだアレクシアは座席を盾にするようにして縮こまっていた。


 震える体を抱くように抑え、恐怖と不安に抵抗する。


 数度にわたる深呼吸、心を落ち着けるその行為は何をもたらすのか。


 だが、一息つく間もなく天井に大穴が開けられた。


 粉塵の中からふわりと舞い降りてきた人影が一つ。黒い制帽と真っ白な神を血で染めて。






「――タァァァリホォォォォォォ≪目標視認≫!!」






 真っ黒な破顔の白髪の少女が銃の引き金を引き絞る。過熱した幾多の弾頭が空気を引き裂きながらアレクシアに接近する。


 座席に隠れて銃撃をやり過ごすアレクシアだが、削りに削られる座席の背もたれはもうもたない、今動けば確実にハチの巣にされる、死を覚悟した――


「姫様に、手を出すなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 突如兵士の開けた大穴から怒気を孕んだフゥファニィが千切れた機械の左腕を大上段に構える。生身の血と機械のオイルを全身から噴き出したフゥファニィの打撃が白髪の少女を撃つ。


 肩章が折れるほど強く肩を殴られた少女は、ロングコートを翻して堅い軍用ブーツのつま先でフゥファニィの横腹を蹴りつける。


 サッカーボールのように宙を舞った彼女の体が、アレクシアのいる壁際に叩きつけられる。


「っ!?」


 皮膚が剥がれ、中の機械が丸見えになった顔でアレクシアを見つめるフゥファニィが耳打ちする。


「ひ……姫様、後部車両に行ってください。そして連結を……」


 アレクシアは察した。後部車両に乗り、そこの連結を外せば自分だけは逃げられるということだ。まだ大学を出てそれほど経っていない、近くの町に避難すれば敵の目から逃れられるかもしれない。


「で、でもそれじゃあ先生は……」


「ここに二人残っても結果は同じです」


 力を振り絞って言葉を繋げているが、戦闘で被弾した彼女の命の灯は尽きかける寸前だ。


 機械化した人間は『修理』で回復することができる、だが専用の機材が無い今、彼女の安否は絶望的と言わざるを得ない。


「お喋りができるなんて、随分と余裕がありますね」


 ゆっくりと歩み寄るクリスティアーネが突撃銃の弾倉を交換する。笑顔の奥に隠された殺意を銃に乗せる。過熱されているが、それでも冷たい銃口がアレクシアを見つめる。


「――姫……」


 微かなフゥファニィの声音をアレクシアは聞いた。二人にしか聞こえないほど小さな声でフゥファニィが続ける。


「あなただけは、生きてください」


 アレクシアは一瞬で理解した。


 だが彼女の思考よりも早く、突如フゥファニィが起き上がった。


 間髪入れずにクリスティアーネが発砲。容赦のない銃撃がフゥファニィの肢体を破壊する間、背後の扉を開け放って後部車両へ。


 人生最大の逃走劇が再開する。すぐにクリスティアーネは追ってくるだろう、それよりも早く車両を切り離す必要があった。


「っ!」


 レバーを発見し、解結するべく手を伸ばした、だが――


 飛来した何かがアレクシアの肘から先を吹き飛ばした。


 神経を通じて激痛が走る。パーツが粉々に砕け、オイルと銅線を垂らして右腕が消失した。


(――銃撃!?)


 上を向いた先には一人の男性が立っていた。


 クリスティアーネと同じ暗い緑色の軍衣を纏い、裏地が赤色の黒のマントをたなびかせる青年が車両の天井からこちらを見下ろしていた。


 全身を駆け巡る衝動、脳内に過ぎる思い出、そして、アレクシアの思い出の中の登場人物が目の前に現出した。






「奥村くん……?」






 ずっと探し続けた青年。ラインハルト帝国の軍服を羽織り、かつての雰囲気とは別物となった想い人が拳銃を向けていた。


「――吉野」


 名前を呼んだ。ずっと望んでいた声で名前を呼んだ。だがその声音にはかつての優しさは皆無で、明らかな殺意が含まれていた。


 この世界で、フリードリヒ・ヴァルトハイムという名前を持つ彼が自分を殺そうとしている。


 自分の暮らす国と戦争をしている国の軍隊に所属している彼、この状況で連れ戻すことは不可能だと察した。


「奥村くん、その銃はどういうつもり?」


 吉野、アレクシアは恐る恐る言葉を絞り出した。


「俺たちの目的はお前の殺害、大学の占拠はついでだ」


 予想しながらも、一番聞きたくはなかった答えが返ってきた。彼は本気だ、このまま睨み合っていればすぐにでも撃ち殺されてしまう。抵抗しようにも今の彼に勝てる見込みなどはない。


 やることは一つだ。


 覚悟を決めたアレクシアは自分から見て真横に跳んだ。それを追いかけるようにフリードリヒの放った銃弾が彼女の脇腹を粉砕する。


 痛みに耐えかねるように倒れ込んだアレクシアは、最後の力を振り絞って機関車から転げ落ちた。


 猛スピードで走る機関車から落ち、崖を雪崩のように転がっていく。


 視界が暗転し、彼女の意識が途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ