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第十八章 追撃開始


 一世一代の破壊宣言の後、ポリテーヌ共和国全土は恐怖に支配された。


 彼らはようやく理解した。ラインハルト帝国のポリテーヌ共和国に対する憎しみの重さを、そして自分たちがやってきた罪の重さを。


 天罰とでは言い表せないことが起ころうとしていた。


 ラインハルト帝国総帥、エレナはこう言った『首都を取り囲むように周辺都市を制圧していく』と。これが意味するのはポリテーヌ共和国を占領することではない――ポリテーヌ共和国の破壊こそが彼女の思惑である。


 田舎へ疎開しても敵軍の攻撃に見舞われるだけであり、結果的に安全とは言えないが、最後の希望を軍隊に託して、全員が首都へ逃げ込まなければならないということだ。


 だがポリテーヌ共和国がまともに戦って勝てる相手ではない、滅多打ちにされる前に同盟国との連携を強化して迫りくる火の粉を粉砕することのみが、ポリテーヌ共和国が未来を築き上げていく手段だ。




 とあるジャーナリストがこんなことを言ったそうだ。


 いいか? ラインハルト帝国は最早属国の一〇一地点などではない。密かに軍備を整え、破壊的な戦力を保有したかの国は既に覇権国家として存在している――それも我々を殺すための戦争の戦力だ。


 周辺列強との小規模衝突が終わり、長い平穏な時間を過ごし、腐りきったこの国の軍隊では一瞬にして滅ぼされるだけであろう。だからこそ、ラインハルト帝国との講和が今必要なんだ。高いプライドを捨て、見栄を捨て、不平等条約でもこの際構わない、すぐにでも両国の衝突を阻止すべきだ。


 それがこの国が一応の安寧を得るか、全てを失うかの瀬戸際なのである。



 この演説の数日後、ジャーナリストは国家反逆罪として拘束、処刑された――




 ポリテーヌ共和国内は混乱に包まれていた。


 周辺都市や田舎に住む人間たちがいそいそと荷造りを始め、首都へと逃げ込む準備をしていた。


 しかし全国民が首都へ疎開するとなると、食料供給に難が発生し、不安と恐怖から治安の悪化も懸念される状況である。


 だが彼らにはそんな思考は働いてはいない、ただ逃げる。それだけだ。


 それがエレナの思惑だということも知らずに――






「姫様、ご無事でしたか!」


 ついつい立ち止まって放送に耳を傾けていたアレクシアの背後からフゥファニィの声が飛ぶ。


「フゥファニィ先生……今のは」


「分かっています――とりあえず急ぎましょう、機関車が行ってしまいます」


 そう言ってアレクシアの手を取って走り始めるフゥファニィ、彼女の右手には短機関銃(MAS38)が保持されていた。彼女は忌々しい気持ちで走った。今ポリテーヌ共和国が非常にまずい状況に置かれていることを悟ったフゥファニィ。


 マイナスな思考を取り払うように頭を振り、フゥファニィはアレクシアの手を離さんばかりに力強く握りしめた。









 クリスティアーネは中庭を抜け、大学校舎の中を疾走していた。目指すは逃亡したアレクシア。


 先ほどの戦闘で少々疲弊した体に鞭を打って走り続ける。弾切れで捨ててきた機短関銃(MP40)の代わりに突撃銃(STG44)を保持する。


(この先、大学と街道を結ぶ学園駅がある……そこから大学外へと脱出するに違いない)


「――イェーガー02より01へ。この先数百メートル先に学園駅。恐らくそこからアレクシアは脱出するものと予想します」


『――了解、追跡を続行しろ』


 通信が途切れる。


(さあってと、本命は成功した、あとはデザートを頂くだけね)


 撃ち殺した生徒たちの返り血を舐めとるように舌なめずりしたクリスティアーネは前方に二人の人影を発見した。


「――ハレルヤ! こんな時はクソッタレの神に感謝でもしなくちゃね!!」


 間髪入れずに発砲。持続的に発射された弾幕がアレクシアとフゥファニィの背中へと迫る。


 即座に頭を下げしゃがみこんだアレクシアの隣で、振り向きざまに狙いを定めたフゥファニィが一瞬の後に銃を乱射する。


「両手の指じゃ足りねぇくらいの銃創を開けてやるよ第2目標のお姫様よぉ!!」


 ここぞとばかりに慎重な照準で発砲するクリスティアーネの銃弾が、フゥファニィとアレクシアの近くに着弾――反撃したフゥファニィの銃撃は尽くクリスティアーネの盾に跳ね返されていく。


(まともに交戦しても帝国女とは渡り合えない……逃げるしかないな!!)


 反撃を諦め、回避だけに集中するフゥファニィは絶望の中に一筋の希望があると確信していた。


 これから二人が乗って逃げる学園の機関車は後数十秒で発車する。見事クリスティアーネだけを残し、機関車で大学の外へ逃げればアレクシアの安全は保障できる、そう踏んでいた。


 そうこうしている間に視界が開ける――今まさに煙突から煙を上げ、機関部に火の入った機関車が目の前に出現した。


「見えましたアレクシアお嬢様!」


 機械化足に負荷がかかるのを承知で加速するフゥファニィ、だが減速することも立ち止まることも無い、このまま機関車に飛び乗るだけだ。


「行きますよ姫様!」


「はい!」


 二人が同時に跳躍。火花を上げて車輪の動き出した機関車の側面へと張り付いた。その瞬間、背後から銃撃。


「姫様は早く天井へ上ってください!」


 側面に張り付いたままのフゥファニィが牽制射撃でクリスティアーネの動きを止める。


 もう既に列車は発車している。クリスティアーネの位置からでは最早アレクシアとフゥファニィの姿は見えない。


 このまま走っても機関車には追い付かない、完全に危険な賭けだが、クリスティアーネにはあの手しか残されていなかった。


 一瞬の沈黙の後、彼女は決心した。


 左腕に装備された迷彩柄の盾、それに装備された跳躍地雷(バウンシングベティ)自分の間の前に射出する。彼女の驚異的な疾駆で射出された地雷を追い抜いた。


 そして右足を軸に急制動、疾走の勢いを遠心力に変え、地雷と正対する形となったクリスティアーネは左腕の盾を突き出した。


 刹那、轟音と共に爆発した跳躍地雷(バウンシングベティ)が全方位に焼けた鉄球をまき散らす。


 爆発の衝撃を羽のように突き出した盾で受け止め、爆発の衝撃と爆風でクリスティアーネの肢体がおもいきり後方、機関車の方角へと吹き飛ばされた瞬間であった。


 激痛が全身を駆け巡り、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた彼女は間一髪で、機関車後方に突き出した取っ手を掴む。


 そのまま腕力を駆使して這い上がり、安堵を覚える暇もなく銃を構える。


 目標はこの先、揺れる車外で警戒を厳とする彼女はいつになく真剣はまなざしであった。











 フリードリヒ・ヴァルトハイムは機関車最後車両へと飛び乗った。


(連中はこの列車のどこかの車両に必ずいるはずだ)


 アレクシアとフゥファニィが機関車に乗り込む場面をクリスティアーネは目撃している。


 そして前方、数両前の車両内で戦闘が行われている轟音がフリードリヒの耳をつんざく。


 表情が歪む。目の前の絶好の獲物を狩るハンターのように、彼の意識は敵を殺すことに向けられていた。


 後ろ腰に手を添え、革のホルスターに収めたルガーP08の感触を確かめる。


(この弾丸(11㎜徹甲弾)なら機械化兵士の肢体を問答無用にぶち抜けるはずだ……)


 ホルスターから抜いたそれの初弾を薬室に送り込む。

 

(敵国首脳の娘の殺害がこの部隊での初任務となるとはな――まったく労働意欲が湧かないものだ)


 そう思いつつ彼は内心ではこの状況を楽しんでいた。


(だがこの国のためのぶっ殺しなら大歓迎だ。我が国に仇なす脂肪を根こそぎ削り取ってやる――)


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