第十七章 破壊宣言
平穏とも言えないストラスマルセイユ国立大学のキャンパス中に轟く女性の声――
声の主は紛れもない、ラスコー・ポリテーヌ共和国と戦争状態にある敵国、ラインハルト帝国総帥、エレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガーである。
表面上は明るく男勝りなところがある彼女、だがその本質はポリテーヌ共和国へ真っ黒な憎悪を向ける
大学どころか全国へ向けて放送されたその声主は更なる発言を追加する。
『数年前、我々はお前たちの行為に反旗を翻すべく行動した。自らの安全と保証を手に入れるため、独立国家としてポリテーヌ共和国のいかなる支配から抜け出すためのクーデター』
怒気を含めたその声音に、ポリテーヌ市民は畏怖しているだろう――敵国の総帥の声がポリテーヌ共和国の全国放送として、ラジオのスピーカーを通して耳に入る。
『我々が起こしたこの戦争、周辺列強を巻き込むほどに拡大したこの大戦――さて質問だ。貴様たちのおかげで、一体何人の我が同胞が命の費えた死体に成り下がったのでしょうか?』
息継ぎの後。
『正解は七〇〇〇万人、この戦争で失った命を除いてな。そして歴史を振り返り、最近まで君たちのやってきた蛮行の正当性は一体どこのどいつが請け負ってくれるんだ? 誰もいないだろう、なんたって世界はポリテーヌ共和国など眼中には無い、滅ぼうが何だろうがどうだっていいと思っている国が大半だからな』
首都中央通りに位置する食堂。
「おいおいおいおい何だってこんな放送が流れていやがる!?」
「どこの放送局だこれ!? なんでラインハルトの嬢ちゃん総帥が喋ってんだ」
『君たちは悪行を積み重ね過ぎたんだよ悪厨野郎ども。弔砲もしてやれない、葬儀もしてやれない、ごみのように蹴飛ばされ、ごみのように焼却された我らが国民がうかばれるよう、最善を尽くすつもりだ』
「――おいちょっと、最善を尽くすったぁどういうことだ?」
ロレーヌ戦線駐屯地にて。
「どういうことだこれは!?」
ポリテーヌ共和国ロレーヌ戦線最高司令官、アジル・マフタン元帥が怒号を飛ばした。真っ赤に染まった形相で近くの人間に尋ねる。
「――まだ詳細は不明ですが、どうやらラインハルト帝国が我が国の放送局を奪取、全国へ向けて放送を垂れ流しているとのことです」
遠慮しがちな声音で説明するのはブラデー・アルボガスト准将である。
「とにかく放送をやめさせるのだ、どこの局からなのだ!?」
「ただいま調査中です」
『そういうわけだクソッタレの野糞野郎ども。ケツの穴に銃弾ブチ込まれても楽に死ねると思うなよ? 貴様らの国と我が帝国――この二か国の戦争は勝つための戦争なんかじゃない』
意味深な沈黙。
『お前たちド畜生に復讐をするための戦争だということを覚えておけ。牙城を崩して、はいおしまい、なんて甘っちょろいもんじゃねえんだよ』
息を呑んで彼女の声に耳を傾ける聴衆。
『昔、ポリテーヌ共和国は当時まだ名前も無い、まともな政治機構も確立されていないある国を第一〇一地点として統治した』
ラインハルト帝国の昔語りであろうか、ナレーションのように淡々とした声で話すエレナ。
『貴様らはラインハルト帝国の前衛の国を支配し、そこに住む人間たちへ何をしたかを知っているだろう?』
微かな微笑を含めた声音。
『そこの人間たちから全てを奪い、全てを壊した。数え切れねえほどの人間をむやみに殺し、そして列強との小競り合いの戦いに無理やり動員、爆弾巻き付けて簡易的人体特攻兵器なんてものを開発する始末、んでその莫大な数の人間兵器をごみのように放出して戦況打開を図ったと――』
鼻で笑うようにエレナは謳う。
『だからこそ貴様らに叩き込んであげよう――支配される恐怖を、ありとあらゆるものを奪われていく恐怖を――教育してやる、貴様らが一体何を敵に回しているのかを』
彼女の魂胆は彼女にしか分からない、だがこの時、ポリテーヌ共和国全土にはえも言われぬ恐慌の芽が吹き出しているのは明白だった。
『これからの戦争は貴様らにとっては終盤だ』
あざ笑うかのように語りを続けるエレナ。
『首都を取り囲むよう都市や街を制圧し、じわじわと包囲網を狭めていってやる――都市部を離れて田舎に一目散なんて考えは捨てたほうがいいぜ、全ての居住区を焼き払い、何もかもを破壊し制圧する』
そして彼女は締めくくるようにこう言い残した。
『それが我々の望みであり、闘争理由である』
破壊と制圧に慄く者の息吹を感じる。
『そして宣言してやる――』
見えないはずのポリテーヌ市民の心情が手に取るように分かる。
『ラインハルト帝国は全てを破壊する』
なんて楽しいポリテーヌ共和国だ。
『この世界の全てを征服し、そしてあたしに従え』
我々をあれだけ虐げてきた連中が、我々の武力を前に震えがっている。
さあ祈ってみせろ、保険適用外の神様にでも――
クール・ブリテン連合王国 共和国連合軍統合参謀本部
「会議中のところ、失礼いたします!!」
吐き出すように言葉を放った男性が、急を要するといった様子で会議室の扉を叩いた。
リュシー・リオンクール議長、りんりんの応答で会議室の扉をくぐった男性は、全身汗だくで如何にも急いで来たと言わんばかりの様子でりんりんを見据える。
「――どうかされましたか?」
「たった今ポリテーヌ共和国から通信が入りました――ケース25です!!」
彼の発言の直後、円卓に集まった首脳陣がざわつき始める。
「ケース25と言いますと、敵部隊が首都に進攻ということですね?」
冷静なりんりんの確認に頷きで応答する男性。
胸の下で両手を組み、椅子の背もたれに体を預けて思案するりんりん。
僅かな沈黙の末、りんりんは口を開いた。
「分かりました、連合軍としても看過できない事例としてこの件はレッドアラートに認定。連合軍予備兵力を……」
「ま……待ってください。今回の件は少人数部隊によるラジオ放送局、ストラスマルセイユ国立大学の選挙のみで、軍司令本部への攻撃などは一切無いとの報告が上がっています」
疑問。
周囲に疑念の渦が巻き起こる。
確かに今回の敵の占領作戦は些か妙だ。
その中でただ一人、りんりんのみが今回の事件に合点がいっている様子である。
「ついに実行に移してきたわね――正面衝突の気配、長年の因縁をつけるために拡大する戦争か。彼女にも頑張ってもらわないといけないですね? 何千年にも及ぶ闘争、勝つのは私ですよ、エレナ」
彼女の口にしたエレナ。
その言葉に含まれているニュアンスはラインハルト帝国総帥としての彼女ではない、かつては友達と呼べる存在であったエレナという意味だった。




