第十六章 キルハウス④
豊かと平和で覆いつくされたキャンパスで起きた不意の襲撃。銃弾とミサイルが閑静な中庭を戦場に染め上げていく。
「さっきのサイコパス女といい、目の前のやつといい、今まで見てきた機械化兵士部隊の軍人とはずいぶんと雰囲気が違いますね。殺気だけで押し潰されてしまいそうですよ……」
それほどダメージは入っていない。その豪語とは裏腹に痛む全身に鞭を打って目の前の敵との交戦距離を測るリル。
そんな彼女の肩が再び叩かれた。
「いいかエタンダール。万が一の時は迷わず逃げろ。ラインハルト帝国人、ポリテーヌ共和国人には容赦がないからな。投降したとしても『人間じゃないから殺しても条約違反にはならない』っていう無理やり解釈を平気でする奴らだからな」
「――了解! 最善を尽くします!」
そうしてフゥファニィはリルから離れていく。
(ここは私が押さえます。アレクシアお嬢様、フゥファニィ先生……)
足音が小さくなっていき、そして消えた。
リルと金髪の青年だけが取り残される。
邪魔をする者はいない、一対一での戦闘が始まるのだ。
「っ!!」
最初に動いたのは金髪の青年、ラインハルト帝国軍突撃機械化軍特務隊『フリードリヒ・フッケバイン』第二突撃隊のオリバー・リンク少佐だ。
超絶な脚力を駆使し正面へ。機械化で強化された人工筋肉がしなり、地面を蹴る。
リルが拳銃を構える。狙うは正面、オリバーの中心、胸元。
殺意を込めた力で引き金を引き絞る。
発射された銃弾が空気をかき乱し、衝撃波を伴って撃進。
右手で握ったスコップを横に振りかぶり、力いっぱいに横薙ぎ。真横に滑る切っ先が銃弾と衝突、別方向へと撃ち返す。豪快な火花を上げた切っ先から轟く轟音が二人の聴覚を刺激した。
(銃弾を撃ち返すなんて……機化械人間ってのは人間を止めた化け物揃いね!)
二発目を撃つ出すべく再び引き金に力を、だが――
距離一メートル先にスコップが迫る。
(なっ!?)
咄嗟に身を反らして投擲されたスコップを回避する。巻き込まれた前髪が数本抜け落ち、宙を漂った。
勢いを失うことなく背後の瓦礫に跳ね返されたスコップが、床の上に落っこちる。
腹筋を使って上体を起こし、再び銃を構えようとした瞬間――
目の前まで迫ったオリバーの掌底。
即座に銃を握る腕でオリバーの掌底を撃ち返したリルは下がるどころか前進し、左袖に隠したナイフで彼の喉を狙う。
相手の視界から外れた位置からナイフを突き上げる――
難なくそれを撃ち返された掌底の腕で撃ち落とし、痛覚を刺激され、僅かに退いたリルの手首を掴み、一気に投げ飛ばす。
中庭へと投げられたリルは墜落と同時に受け身を取ってすぐさまオリバーに銃口を向ける。
(ナイフを落とした、残る武装は拳銃一つと自分の肉体だけか……)
銃のグリップを強く握り直すリル。
そして迷うことなく突進、オリバーが左腰のホルスターに手をかけた瞬間即座に発砲。
(させるか、武器を手に取らせはしないぞラインハルトの犬め!!)
牽制射撃を続行しながら相手の武装を一瞥――先ほど投擲されたスコップは遠くへ転がっている。
残るは左腰の拳銃、ベルトに挟まれた柄付手榴弾――そして銃剣を携えた小銃を襷掛けしている。
相手の武装は関係ない――そう自分に言い聞かせる。相手より先に銃弾をぶち込めばいいだけのこと!!
オリバーの予想進路に対しての銃撃を加える。一発は地面に、そして二発目はオリバーの軍靴に直撃した。
だが表情も変えず、倒れ込むことなく走るオリバーはついに背中の小銃を装備し銃剣突撃を敢行する。
(やはり通常弾では効かないか……)
本来、機械化兵士相手の戦闘において、拳銃弾は豆鉄砲に近い。機械化とはすなわち装甲化でもあり、機械部分を破壊するためには通常ライフル弾以上か、専用の徹甲弾を使用する。
クリスティアーネが去り際に連射した短機関銃がリルの機械化された腹部を貫かなかったのはそういう理由である。
呼吸を整え、決心をしたかのようにリルの目つきが変わる。
(近接状態であれば、通常弾でも効果があるかもしれない――)
そう信じてリルはオリバーめがけて機動する。
ラインハルト帝国の軍用機械化技術はポリテーヌ共和国のそれを上回る。ポリテーヌ共和国が重く分厚い装甲で可動域が狭い分、防御力に優れた第一世代機械化兵士であり、ラインハルト帝国のものは可動域が生身と同等、軽く薄いが装甲としての機能を十二分に発揮する素材を利用した第二世代機械化兵士である。
可動域が広い分しなやかな動きが可能であり、軽い分疲れにくくエネルギーの消費も遅い。これが最先端技術を駆使し、少数生産をするラインハルト帝国と、旧技術の機械化技術で大量生産するポリテーヌ共和国との違いである。
オリバーの銃剣の刃を左手でキャッチし、相手の突進を止める――掌から多量の流血をしても気にしない。
銃口をオリバーの顔の前に向ける。その瞬間オリバーは小銃から両手を離して回し蹴り――打撃音とリルの絶叫が重なりながら、彼女の体が宙に放り投げられる。
放り投げられた小銃を再び手にしたオリバーに対し、リルは華麗な動作で地面へと着地、相手の出方を伺いながらフェイント交じりの動きで確実に接近する。
複雑な身のこなしで徐々に距離を詰めるリル、その動きに翻弄されるようにオリバーの銃口が右往左往と揺れ動く。
ここだ! オリバーの心情を見切ったリルが足に力を入れた。強靭な脚力で一気に疾駆、オリバーの襟元を鷲掴みにする。
瞬時に手ごろな校舎の壁を判断、その壁めがけてオリバーの体を力任せに叩きつけた。
肺から空気が突き破ったかのように咳をするオリバーの胸に銃口を向け、近距離射撃。
痺れを切らしたように勢いよく銃口から弾丸が発射される、吶喊した銃撃がオリバーの軍服を突き破った。
弾頭の熱で血が焦げる匂いが漂う、手ごたえはあった――
「――惜しかったな近衛兵――」
刹那、オリバーは軍靴のつま先を撃ち上げるように右足を蹴り上げる――急制動で瞬時に身を躱したリルの左手に激痛――
蹴り上げられたオリバーのブーツのつま先にはおよそ一〇センチのナイフの刃、暗器である。
この闘争、お互いの力量はほぼ同等――だが真正面から戦ってリルは勝ち目は無いと錯覚した。
身を挺して犠牲にした左手を捨て、再びオリバーに銃口を向けるリル――
「ポリテーヌ共和国の皆様、こんにちわ」
不意の挨拶――
戦いを忘れたかのように音源の方向を見遣るリル。だがオリバーは隙を晒したそんな彼女の胸に掌底を叩き込み、持っていた拳銃を奪い取る。
弾倉を抜き薬室から弾丸を抜き取ってから銃本体を明後日の方向へと投げ捨てる。
「初めましての方は初めまして――あたしはラインハルト帝国国家元首にして、ラインハルト帝国軍最高司令官たるエレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガー総帥だ」
咳き込みながら一気に驚愕の表情へと変貌するリル。対するオリバーはここぞとばかりに計画が上手くいった、とでも言いたげな含み笑い。
「こんな素晴らしい闘争日和に招かれざる客で悪いが、皆様方の平穏な非日常はおしまいだ――跪いて神様に祈ろうが関係ねえ。戦争という戦争は徐々にこの国を覆い囲んでいるんだよ」




