第十五章 キルハウス③
「総帥閣下。こちらです」
ポリテーヌ共和国ラジオ放送局局長という偽の肩書を持つラインハルト帝国スパイの手招きで放送室に案内されるのはラインハルト帝国総帥でありながら、軍の作戦参謀最高官である女性、エレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・ブライトハウプト・デム・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガーである。
「あいよあんがとなー」
軽いノリで放送室に入室するエレナ。入るや否や最初に視界に入るのは両手を紐で縛り上げられた局員、ポリテーヌ共和国民だ。
そんな彼らにごみを見るかのような視線を送るエレナ。
「それにしても総帥自らお越しになるとは驚きました――どうやってここまでお越しに?」
正式にはエレナが直接国境を渡って敵国領内へと侵入するプランなどは知らされてはいなかった。
「ああ、高高度高速爆撃機の爆弾庫から降下してきたんだ」
「相変わらず無茶をしますね。スタントマンも大目玉だ」
今回のポリテーヌ共和国全土に向けた放送に意義を見出すエレナ。
そう、これから始まるエレナの演説はこの戦争を行く末を決める大事なものだ。
『ジークライヒ作戦』の発動、そして成功。それこそが彼女の望み――彼女の望みの第一段階だ。
第一段階、というのには少々疑念が湧くかもしれない。しかし、ポリテーヌ共和国との戦争に終止符を打つ『ジークライヒ作戦』が成功し、かの国が形骸化を果たしたとしても、この世界大戦は終結するのだろうか?
終わるはずがない、ラインハルト帝国に牙をむく国は多数存在するのだから。
まずはクール・ブリテン連合王国。この国はあくまで支援という形でこの戦争に加担している。ポリテーヌ共和国が倒れた後、同じく支援目的でラインハルト帝国にちょっかいをかけている他の同盟諸国と共に本格介入を始める可能性が高い。
それは既にボリシェビーク連邦の宣戦布告と軍事越境が証明している。
泥沼化する世界情勢の中、エレナは世界を敵に回す覚悟があった。
「さて本命の私はこうしてこの場に来たわけだが、新設部隊のレクレーション作戦の進捗状況は? アニョルトはまだ健在か、ライヒマン少佐?」
「そのようです。あちらでは少々てこずっている節があります」
「ありゃ――まあ仕方ねえな。相手も機械化人間の精鋭共だろうかんな。とりあえず死なない程度に新設部隊の中で仲を深めてくれればいいよ」
そしておもむろに放送機器をいじりだしたエレナがマイクチェックに入る。
放送開始まで数十分。エレナの待ち望んだ時間が徐々に近づいていく――
ミサイルが扉に着弾、爆発後数秒。
爆心地へと到達したクリスティアーネは、足元に転がる生きているのか死んでいるのかも分からないリルをぼろ雑巾のように蹴っ飛ばす。
仰向けに転がらされたリル咳き込むように息を吹き返す。
「ケホっ――ラインハルトの犬め!」
「あら、まだ悪態を垂れるだけの余裕はありそうね。そうでなくっちゃ」
「ふん。第三ラウンドとでも言うつもりか」
その時クリスティアーネに通信が入る。周波数はフリードリヒからだ。
『シュバインシュタイガー少佐。遊び足りないのなら遊んでいてよいがとっとと追いついてこい。私は先に奴を追っている』
ヘッドフォン越しに伝わる彼の声に微弱な怒気が孕まれているのに気が付いた。
「はいな。すぐに追っかけますよ」
通信を切り、再びリルを見つめる。
「ありがとう遊んでくれて。残念ながら今回の標的はあなたじゃないの。またどこかで戦いましょうか」
宣言の後、クリスティアーネはリルの胴体へ向けて用容赦なく引き金を振り絞った。連続して発射される銃弾がリルの腹部を破壊する。
だが腹を機械化で保護していたため、固い機械で銃撃が跳ね返された。
先ほどのミサイルのダメージと今の衝撃でリルの口から血の雨が連鎖する。
微笑みを湛えながら走り去っていくクリスティアーネ。薄れゆく意識の中、リルは倒れ込みながら彼女の背中を見送ることしかできなかった。
「エタンダール准尉。リル・エタンダール准尉」
体を揺さぶられ名を呼ばれる。
その瞬間飛び上がるように目を覚ます。べっとりとこびり付いた汗と血で濡れた下着が肌にこびり付き、不快な感覚が即座に伝わる。
「大丈夫かエタンダール准尉。姫様はどうした?」
倒れた自分を抱え上げる一人の女性。
「フゥファニィ先生? っ――!? 失礼しましたフゥファニィ・ルーホウ少尉!!」
「ここは大学だ。先生でいい」
そう言ってフゥファニィは優しくリルの頭を撫でる。その動作に安心したのか、リルは安らかな表情でお礼を言った。
「――今この学校で起きている事態はおおよそ把握しているつもりだ。姫様はどこだ?」
「次に大学駅を出発する機関車の許へと走っていかせました。私もこれから追いかけるつもりです。ダメージが入っていますが、任務続行は可能です」
自分が正常だと言わんばかりにフゥファニィの手を借りずに起き上がる。廊下に投げ出された拳銃を拾い、残弾確認。
「さすが精鋭部隊たる近衛兵だ。上官として鼻が高いぞ」
上着をめくり、脇下のショルダーホルスターに収納される近衛兵の証である拳銃を披露するフゥファニィ。
軍におけるフゥファニィとリルの関係は上官と部下の関係である。フゥファニィは元々近衛兵の指導員として当時近衛訓練兵であったリルを指導していた。
だが戦争が長引き、ポリテーヌ共和国軍の戦力に陰りが見え隠れを始めた頃から重要人の警護が主任務であった近衛兵らの権限が拡大、予備兵力として重用されることとなった。
そしてフゥファニィは教導員の任を解かれ、予備兵力としての戦力に組み込まれ、主任務であるアレクシアの護衛を兼任することとなった。
「戦うのなら必要だろう。持っていけ」
リルに差し出されたのは拳銃の予備弾倉。有り難くそれを受領する。
「二人そろって姫様を追いかけたいところだ。だが――」
フゥファニィの視線の先にはリルがいる。だがその時フゥファニィはリルに注意を向けてはいない。リルの向こう。渡り廊下を渡った向こう。
「こんな時にお客さんとは、まったくついていないな」
急いで振り返るリル。そこにはラインハルト帝国軍将校用軍服を纏った金髪の青年が一人。右手に携えられているのは一振りの軍用スコップ。明らかに土堀りに出向く様子ではない。
「フゥファニィ先生。ここは私に預けてくださいませんか?」
彼女の言葉に眉をひそめるフゥファニィ。いつも以上に本気の目をしたリルの意思を汲み取ったフゥファニィは小さく笑って見せた。
「――確かにその方が効率的だな。お前が敵さんの相手をし私がアレクシア姫様を追いかける。お前の心配はしないぞ? 必ず生きて追いかけてこい」
ポンと叩かれたリルの肩。その弱い叩きにはこれでもかという強い信頼が含まれていたことにリルは気が付いていた。




