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第九話

 ゴンドさんが調味料や香辛料の類を卸してもらっている商会は、名をエバス商会というらしい。

 エバス商会の建物は、大通りからちょっと道を逸れた場所にあった。

 大通りに面した場所ではないのは、商会本部であって店舗ではないから、大通りに出す必要性が薄いからだろうか。

 建物の外観は四角く、ビルのような佇まいだった。

 とはいえ、あれほど近代的ではないし、高さもない。大体四階建てくらい、メートルに直せば十五、六メートルくらいだろうか。

 マンションやアパート等と比べると天井は高めで、特に一階は結構広々とした印象がある。

 本来ならばオレたちのようなアポイントメントもなく身分も定かではない人間なんて門前払いにされて終わりだろうが、幸いゴンドさんの紹介なのでオレたちは無事に中に入ることができた。

 やっぱりゴンドさんに紹介を頼んで良かった。人脈というものは素晴らしい。


「いらっしゃいませ。……あら、ゴンドさんじゃありませんか。調味料の補充はもう少し先では?」


「こんにちは。ああ、俺ではなく、こちらの方々が販売をしたいというので紹介に来ました」


「なるほど、だからうちにというわけですか。商品を見せていただいても?」


「……ゴンドさん。失礼ですが、彼女は商談ができる立場の方なのでしょうか」


「ああ? 問題ないぞ。会長の御息女だからな」


「エバス商会で商人の一人として働いております、リセルカ・エバスと申します。以後お見知りおきを」


 地球で働く女性と比べても遜色無い優雅さで、リセルカ・エバスと名乗った女性はお辞儀をした。

 茶髪を一纏めに結んで横に垂らしており、右目の下に泣き黒子があるのが印象的な女性だ。

 にっこりと微笑んでいるのは多分営業用の愛想笑いだろうな。目を細めるのが癖のようで、なんか腹に一物抱えていそうなマイナスの雰囲気がある。もしかしたら目が悪いのかもしれない。

 化粧は見て分かるのは、口紅くらいか。ファンデーションもつけているかもしれないが、オレの知識じゃ分からん。

 翔子に聞いてみるか。


「彼女、口紅の他に何かつけてるように見えるか?」


「すみません。私もほとんど化粧しないので良く分からないです」


 申し訳なさそうに、翔子はしゅんとして項垂れてしまう。

 そうだった。

 激務な医者という職業に就いているために、身支度にかける時間を極限にまで削っている翔子は、スキンケアくらいしかしておらず限りなくナチュラルに近いメイクなのだ。

 間違えてはいけないのは、ナチュラルメイクではなく、ナチュラルに近いメイクだということである。似た言葉ながら、両者には大きな隔たりがあるのだ。主に技術的な意味で。


「ファンデーションは使ってるみたいだけど、チークもアイシャドーも使ってる様子は無いし、化粧関係はあまり充実してないみたいね。地球から持ち込んだら売れるかも」


 人並みに程度には詳しい恋子先輩が、翔子に代わって判断してくれた。

 気を取り直した翔子も、改めてオレに助言をくれる。


「そうですね。化粧品は原料によっては肌に害を齎すものも多いですし、昔は今より含まれる有害物質の量が多かったらしいです。エルナミラ産の化粧品の質次第では、売れると思います」


「サニアは何か知ってるか?」


「うーん……関係あるかどうか分からないけど、適齢を過ぎた娼婦がよくスラムにいるよ。病気になったりするだけじゃなくて、歳を取ると肌に黒い染みができるから、よほど稼いでる娼婦とかじゃないと娼館じゃ客を取れなくなるんだって言ってた」


 ふーむ。質の悪い化粧品を使い続けた典型的な症状だな。試してみる価値はあるか? いや、またの機会にしよう。今は持ってきた胡椒とかを売れるようにする方が先決だ。


「あの……商品を見せていただきたいのですが。出せませんか?」


 気付けば、辛抱強く待っていたらしいリセルカがさすがに焦れた様子で困惑した表情を浮かべている。


「ああ、すみません。別室にテーブルとかがある部屋はありますか?」


 一応化粧品のことは頭の隅に留めておいて、オレが尋ねるとリセルカは不思議そうな顔をする。


「テーブルが必要なのですか? 香辛料は貴重ですし、一度に取り扱う量もそれほどではないですから、手渡しで済むと思いますが」


「彼女が持っている鞄の中身パンパンに香辛料を入れてきてるんです」


「は?」


 あ。リセルカさんが細めてた目を丸く見開いて絶句した。あー、これはやっちまったか。


「わ、分かりました。では場所を変えましょう。こちらです」


 案内をする態度を取りつつも、リセルカさんは怪訝な顔をしている。

 そっか、こっちじゃ香辛料って貴重品なんだよな。分かってたのに実感できてなかった。

 テーブルと椅子が置いてある部屋に案内され、オレはさっそく翔子に命じる。


「翔子、頼む」


「分かりました。全部出していいですか?」


「構わない。そのために持ってきたんだしな」


 オレが許可を出すと、翔子は旅行鞄から次々に香辛料を取り出し、テーブルの上に並べていった。

 塩の小瓶、胡椒の小瓶、砂糖の中瓶、カレー粉の小瓶、七味唐辛子の小瓶、後はそれらの詰め替え用の袋が大量に。ほとんどは小瓶に収まるくらいの小さい袋なんだが、塩と砂糖は詰め替え用のものだけじゃなくて最初から袋売りのでかいタイプもたくさんある。軽く数えただけでそれぞれ五袋以上あるな。


「継続して売れるなら、もっと追加で持ってくることもできますよ。種類も増やせます」


 恋子先輩の駄目押しで、リセルカさんの顎がかくんと落ちた。

 異世界に懐疑的だった恋子先輩がノリノリになっている。


「しょ、少々お時間を頂けますでしょうか。すぐに計算しますので」


 リセルカさんは営業スマイルを引き攣らせつつ、懐からそろばんを取り出して物凄い勢いで玉を弾き始めた。

 傍目にも泣きそうな顔になりながら、何度も計算をやり直す。

 やがてリセルカさんは大きなため息をつくと、振り返ってオレたちに頭を下げた。


「申し訳ありません。うちの全資金を投入しても、全ての量を買い取ることができません。ですが! お金はどうにか調達して必ずお支払いしますから、是非、うちに売っていただけないでしょうか!」


「ああ、お願いしたいのは買い取りではなくて、販売の委託なんです」


 オレが訂正すると、リセルカさんは怪訝な顔になった。

 どうやらエルナミラでは、委託販売はあまり行われていないらしい。

 仕入れのために商人が各地を巡ることはあっても、逆に販売を委託する目的で商人に接触しに来るような人間はいなかったようだ。

 日本と違って強盗やら何やらに遭う確立はずっと高いだろうし、どうしても売上金や商品を持ち運ぶ際にリスクが生まれるから、商人だって簡単に引き取れないだろう。

 完全に買い取りするなら損失するのは自分だけだが、委託販売となると損害は商人だけに留まらない。その上損害に対して保障を行わなければならないことだってある。

 仕入れ先で証文を発行して商品を引き取り、商会に来て貰って売れた分だけ換金するっていう方法で委託販売をすれば少なくとも支払い面での安全は保証されるが、こっちはこっちで商会が潰れたら証文が紙切れと化すリスクがあり、物流の都合上委託販売する側のリスクは変わらない。

 そもそも証文でやり取りをするということ自体が信用で成り立っているのだから、エルナミラじゃそれこそ商人同士とかでないと成立しないんだろうな。

 金本位制貨幣経済で問題なく成り立っているところに、管理通貨制度をぶち込むようなものだ。上手くいくわけがない。


「委託……ですか?」


「はい。売り上げの一部をそちらにお渡しする代わりに、販売を代行していただきたいのです」


「こちらとしては構いませんが……」


「是非、お願いします!」


 自分たちにとって都合が良すぎる展開に、リセルカさんは戸惑っている様子だ。

 そりゃまあ、売った分だけオレたちに支払えばいいだけだから、在庫として持っておく分には金は掛からないからな。

 ああ、そうだ。これも聞いておかないと。


「ところで、エルナミラではこれらの商品はどのくらい流通しているんですか? もし大幅に価値が下落しそうになるなら、持ってくる量を調整しないとならないでしょう」


「そ、そんなに持ってくるつもりなんですか……? いやでも、実際にこれだけの量を一回で持ち運べるのなら……」


 若干慄いた様子を見せたリセルカさんは、恐る恐るオレに持ち掛ける。


「あのー、宜しければ、私共からも商品輸送の際には護衛を手配しましょうか?」


 たぶんこれは、リセルカさんの好意だ。

 向こうにしてみたら、オレたちのリスクばかりが高過ぎるように見えるだろうしな。


「それについては大丈夫です。私たちも道中の安全については対策をしておりますので」


 何しろ日本への移動は扉一つで事足りる。

 今のところスラムを経由する必要があるとはいえ、実質エルナミラに住んでいるようなものだ。


「そうですか……」


 何か、リセルカさんの顔色が悪いのがちょっと気になるけど、まあいいか。

 それからは委託販売についての細かな取り決めを行い、売り上げはオレたちが七割取り、エバス商会が三割ということで落ち着いた。

 輸送中の事故などで出た損害については、都度話し合いの場を設けることで合意している。


「ねえ、リュージ」


「ん?」


「これって今お金入るの?」


「……あ」


 サニアに指摘されて、俺は前提を覆しかねない問題に気がついた。

 今手元に金がないと日本で売るものを仕入れられないし、日本に帰らなければ食事すらできない。

 これではそもそもの目的が果たせられないのだ。


「ど、どうするんですか先輩」


 焦る翔子の背後で、恋子先輩が既にリセルカさんに話をつけていた。


「すみません。実はまだエルナミラに来たばかりで、私たちが持っている通貨はこっちでは使えないみたいなんです。色々不便なので、やっぱり今回は一部買い取りをお願いしてもいいですか?」


 恋子先輩の判断力やべぇ!

 リセルカさんはオレと翔子をみてくすりと微笑むと、恋子先輩に向き直った。


「ええ、構いませんよ。エバス商会発行の証文と現金二通りの決済方法がありますが、どちらになさいますか?」


「現金でお願いします」


 用意されたのは貨幣の山だった。

 そういや、エルナミラの貨幣価値も知る必要があるな。

 金本位制の可能性が高いし。


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