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第四話

 そもそもオレは飯を食う名目で翔子を呼び出したので、早速移動してショッピングモール内のファミリーレストランに入った。

 定食屋とかでも良かったんだが、サニアがいるからファミリーレストランの方がいいかと思ってこっちにした。


「ほれ、好きなの頼めよ」


 メニューを開いて渡してやると、身を乗り出してサニアは釘付けになった。

 今にも涎を垂らしそうな締まらない顔になっている。

 まだ食うどころか注文すらしてないのにもうメシの顔かよ。


「これ、絵? 描いてる人上手いね!」


「それは絵じゃねえ。写真だ」


「絵とどう違うの?」


「描くもんだろ、絵は。写真は撮るもんだ」


「……?」


「その説明で理解できたらエスパーだと思いますよ、先輩。ていうかこの子、写真が何か知らないんですか」


 オレとサニアのやり取りを見ていた翔子が怪訝な顔をする。

 無理も無い。いくら子どもでも写真を知らない奴なんて普通いないからな。


「実はな、こいつ日本人じゃないんだ」


「それは見て分かりますけど」


「実は異世界人なんだよ」


「……先輩、病院に行きましょう。働き過ぎです。こんな状態になるまで働くとか駄目です。レッドカードです。今すぐ休職しましょう」


 真剣にオレの身体を心配しだした翔子は、ガタッと席を立つと自分のスマホを握り締めた。


「いやいや待て待て。働き過ぎとかお前にだけは言われたくないわ。後で証拠を見せてやるから、今はこいつが異世界人だっていう前提で話を進めさせてくれ。でなきゃいつまでも話が先に進まん」


 必死に止めたのが功を奏したのか、しぶしぶながら翔子は再び席に着いてくれた。


「はぁ。いいですけど。本当に頭大丈夫ですか?」


「お前も大概失礼な奴だな。まあいい。おい、サニア、こいつに自己紹介してくれ」


「うっ、うん!」


 同性とはいえ初対面の人間はサニアでも緊張するようで、若干固い表情で名乗る。


「サニアです。エルナミラからニホンへやって来ました。八歳です」


 聞き慣れない国名に、不審げな顔で翔子がオレに顔を向けてくる。


「エルナミラ? 聞いたことのない国ですね。どこの国ですか? 多分どこかの小国ですよね」


「本当にそう思うならスマホで検索してみろ。絶対出ないから」


 やっぱり信じていない翔子に、まあそうだよなと思いつつ、サニアが異世界人だという一つ目の証拠を提示する。

 勧めた通りに自分のスマホで検索をかけた証拠は、検索結果を見て目を丸くした。

 使用している検索エンジンは世界中で使用されているものだ。これで出ないのならば、世界中どこを探してもエルナミラは無いと見ていいだろう。


「……本当だ。出ませんね。どうしてですか?」


「そりゃエルナミラが異世界にある国だからだ」


「本気で言ってます? 本当は観光に来た外国人家族から子どもを誘拐してきたんじゃありませんか?」


 胡乱げな表情で、翔子はオレの顔を見つめてくる。

 ああ、気持ちは分かるぜ。オレだって、お前が突然サニアを連れてきてこいつが異世界人なんだとか言い出したら、絶対信じない。

 働き過ぎて頭がおかしくなって、現実逃避した挙句にたまたま見かけた外国人の少女を誘拐しちまったんじゃないかと真剣に心配する。


「証拠が無ければオレも自分の頭を疑ってたところなんだがな。真夜中にアパートに帰宅して、間違えて隣の部屋の鍵を開けようとしちまったんだよ。そしたら何故かオレの鍵なのに開いちまって、外国の路地っぽいところに出て、こいつが倒れてたんだ」


「……とりあえず、本当だというならまず実際にその現場を見せてください。話はそれからです」


 翔子は注文したサラダの中に、大嫌いなセロリが入っているのを見つけてしまった時と同じ顔をした。

 具体的に言えば、凄く嫌そうな顔だ。

 そんな顔で、オレに胡散臭いものを見る目を向けている。


「いいぞ。さっさと食って出よう。おいサニア、注文決まったか?」


「えっ!? ちょ、ちょっと待って! ……文字が読めない」


 何か決めあぐねていると思ったら、メニューに日本語で書かれている文を読めないか奮闘していたようだ。

 気になるのは分かるが、その前に写真見てどれ食べたいか選んでくれよ。

 慌ててページを捲り出すサニアに、翔子が笑顔で話しかける。


「サニアちゃんの故郷では主にどんなものを食べてたの?」


 ページを捲る手を止めて、サニアは過去の記憶を思い出そうと宙を睨む。


「えっと、その日暮らしで、パンとか、果物とか、食べられるものなら何でも食べてました。鼠なら結構いたんですけど、あれは食べられません。病気になります。昔友達が一人、それで死にました」


「……じゃあ、パンに何か肉料理にしましょうか。ハンバーグとかどう? この写真がそうよ」


 さらっと出てきた重い話に翔子は若干気まずそうな顔をしつつ、サニアの持つメニューのページを捲って、ハンバーグのページを見せてやる。

 両手でメニューを持ったサニアは一目見てハンバーグに食いついた。


「美味しそう……。私、これがいいです!」


 どうでもいいが、翔子の前だとサニアの奴やけに礼儀正しいな。

 オレと二人きりの時には容赦なくタメ口だったのに。

 まあいいけどよ。



■ □ ■



 食事が終わり、サニアを連れてアパートに向かう。

 サニアは運ばれてきたハンバーグを見てテンションがマックスになり、はしゃいだり慄いたり落ち込んだり色々忙しかった。

 最終的には食べ切れなかったものを「持って帰りたい」とサニアが言い出し、オレがさすがにそれはと窘めても聞かず、泣きべそをかくサニアにオレが困っているのを見て、翔子が店員を呼んで事情を説明して持ち帰り可能か聞いてくれた。

 最近の外食産業では食中毒問題などの関係から持ち帰り不可の店が増えているが、サニアという子どもの存在が利いたのか、バイトらしきその店員は上司にまで判断を窺いにいってくれたので、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。

 結局許可は出なかったようで、食中毒についての説明と、申し訳なさそうな顔で万が一何かあっても責任を負えないからと断る店員に頭を下げて礼を言い、サニアが残した食いかけのハンバーグやポテトフライなどをその場に残してレストランを出た。

 サニアは最初遠慮してハンバーグだけで済ませようとしていたため、こっちでサイドメニューやデザートも頼んでいて、そこそこの量になっていたから、もしかしたら、サニアは初めから持って帰るつもりで残したのかもしれない。

 オレが運転する車の中、サニアは助手席で憂いに満ちた表情を浮かべている。


「どうした? 楽しくなかったか?」


「……ううん、そんなことない。楽しかったよ。それに、凄く美味しかった。でも、スラムの皆には、食べさせてあげられないのが残念だなって。皆は今も古いパンとか残飯の野菜とかを漁ってるんだと思ったら、素直に喜べなくて」


 どうやらサニアは、一人だけ自分がこんな良い待遇を受けていることが、後ろめたいようだった。


「そうだな。じゃあ、次の休みはこっちの食い物を持っていくか。オレもお前の世界には興味がある。まあ、何があるか分からんから入念な下準備が必要になるけどな」


「本当!?」


 オレの提案に、サニアはバッと顔を上げて眩しい笑顔を浮かべる。

 ダッシュボードに置いたスマホから、スピーカー機能で拡大された翔子の声が車内に響く。


『……本当に、異世界があるという前提なんですね』


「そりゃ、オレは真夜中なのに室内に繋がる扉が何故か真昼間の外国の路地に繋がってるのをこの目で見たからな。エルナミラなんて国、オレは知らんし」


『検索エンジンでもヒットしなかったですもんねぇ』


 オレの車の後ろには翔子が運転する車が走っていて、向こうでも翔子がスマホのスピーカー機能を使っているはずだ。

 まあ、サニアのための無線代わりである。


『ねえ、サニアちゃん。サニアちゃんが住んでたところって、どんなところなの?』


「ここよりも凄く汚いよ。人も薄汚れてるし、すぐ私たちのことぶつし、誰かの死体が何日も平気で放置されてたりする。同じ街でもスラムの向こうは綺麗らしいけど、私たちスラムの孤児は入れてもらえないから」


 スマホの向こうから、翔子が息を飲む音が聞こえる。

 絶句している。無理もない。

 おそらく、翔子はサニアのことをそれなりに文明が発達した地球上のそこそこ栄えている外国出身の、外国人なのだと考えているのだろう。

 エルナミラについても、あまりに小国でネットも普及していないから検索エンジンに引っかからないのだと、一応説明できないわけではない。


「待てよ。もしかしたら今のお前の格好、スラムでは浮くのか?」


「スラムで浮くどころか、多分それ以外の場所でも浮くと思う。そもそも服のデザインが違うよ」


 というてことは、追い返したら次の日には身包み剥がされたサニアの死体がスラムの路地に転がる可能性もあるわけか。

 危ないところだった。これは迂闊に帰せんな。

 ボロ雑巾みたいなサニアの元の服はゴミに回しちまったし、今のサニアはこの世界でも外国人美少女として少なくとも姿形は違和感がない。

 真っ黒だった肌は汚れていただけで、風呂に入れたらココア色の健康的な色になった。外国人としての印象を強くしているくすんだ金髪も、汚れていた時は茶色だった。その中ではしばみ色の瞳だけが変わらず煌いている。

 子どもだという点を差し引いても。サニアはとんでもなく華奢な身体だ。

 贅肉も筋肉も少なくて、手足が嘘みたいに細い。直接目にしてないが、あばらは肋骨が浮き出ていそうだ。


『これが嘘だったら、サニアちゃんは大した子役ですね。将来テレビに出れますよ』


「もしそうだったら、きっと今でも芸能界で引っ張りだこだろうな」


 アパートに着き、アパートの月極駐車場にオレの車を、一台分だけ用意されている関係者専用の外来駐車場に翔子の車を止め、オレはサニアと翔子を伴い、お隣さんの部屋の前に立った。

 お隣さんの電気はついている。さすがに休日は家にいるようだ。

 問題は、この状態で昨日と同じ場所に繋がるかどうかだ。

 もちろんオレは、オレの部屋の鍵がどうして合わないはずの違う鍵を開けて、しかもそれが別の場所に繋がるようになったのかなんて知らない。

 ただ、事実を見せる。

 自宅の鍵を取り出して、お隣さんの鍵穴に差し込んだ。

 ぐにゃりとした不思議な手応えと共に、鍵が奥まで入る。

 捻ると、軽い手応えを返して鍵が開いた。

 お隣さんの電気はついたままだ。中にいる。

 扉を開けた。

 広がる光景に、サニアがオレの手をぎゅっと握った。


「……うん。間違いないよ。ここから先は、私が生まれた場所、エルナミラのスラムだ」


 中の様子を見て、オレは天を仰ぎ、翔子が驚きで目を見開く。

 灰色の不揃いな石畳が続く路地に、両側にそびえる赤レンガの家々。

 路地の幅は人が数人やっと歩ける程度で、車は通れそうもない。

 そして何より、闇の帳に包まれていても分かるほど、見える風景の全てが古びていて、全てが薄汚れていた。


「オレの目には昨日とは逆に、今はあっちが夜みたいに見えるんだが」


「間違いなく、外ですね……。でも、廊下から見える部屋の電気もついたまま。空間の接続そのものがおかしくなっているのでしょうか?」


 昼と夜。

 時間だけが逆転した外国の路地がオレの目の前、扉の敷居の向こうに続いていた。


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