第三話
次の日が日曜なので、サニアのための服を即行で買いにいった。
何せ、あいつの服はオレが初日に貸したワイシャツとトランクス以外は元から来てたボロ雑巾みたいなのしかなかったからな。
他人に連れ歩いてるの見られたら虐待誘拐児童犯罪フルコースで絶対豚箱にぶち込まれる。
なのでビジネスコートを着せて、車に乗せて出来るだけ他人の目に触れないようにして連れて行った。
色々興味があるものだらけだったろうに、幸い誰にも見られずに近所のショッピングモールに辿りつくことができた。
駐車場に車を止めて、何食わぬ顔でサニアの手を引いて中に入る。
当然格好でかなりサニアは注目されるが、辛うじてオレのコートで普通の許容範囲内に留まっている……といいなぁ。
本当に安全を期すならサニアは部屋に置いてオレだけで来るべきだったんだが、残念ながらオレには女児の衣服について全く知識がないし、そもそもサニア本人が置いてかれるのを嫌がった。
多分、オレが側から居なくなるのが不安なんだろう。
昨日の昼間も児童相談所の職員が来てもチャイムが怖くて出れなかったっていうしな。
……まあ、そのサニアはすっかりはしゃいで目を輝かせてるんだが。
「凄い! 明るい! 人がいっぱいいる! キラキラ!」
幸いといっていいのか、無邪気なサニアのお陰で、オレが誘拐犯として通報されている様子はない。
これがもし、サニアがいかにも幸せなんてどこにもありませんみたいに沈んだ顔だったら、オレは通報待ったなしだったろう。
それでももし人伝にでも会社の誰かに今の光景が知られたら怖いので、なるべく早く服飾店の子ども服コーナーに向かう。
今まで散財する暇が無かったから、貯金も手元の金もそれなりにある。
買い物籠を手に取り、サニアに告げた。
「まずは一着買って着替えろ。その後で好きな服、好きなだけ選んでいいぞ。試着はそこのカーテンが掛かったスペースの中でな。外で着替えんなよ」
サニアが歓声を上げて服の群れに突撃していった。
最後の方は聞いていたかも怪しい。
まあ、無理もない。こんな場所来たこともなければ、大量の服が並んでいるのを見たこともないだろうしな。
休日だが、開店と同時に入れるよう家を出たので、まだ客足はまばらだ。
「そっちじゃねえ」
子ども用でも男児服方面に迷い込んだサニアを引っ張り戻す。
「凄いね! こんなに服がいっぱい! 建物も凄く綺麗!」
「はしゃぐのはいいが、一着目を決めてくれ。視線が痛い」
先ほどから、サニアとオレに店員の視線が注がれているのだ。
何せ、サニアは大人用、しかも男物のビジネスコートの下にワイシャツにトランクスだしな。
足も素足にオレのぶかぶかのサンダルだ。
幸いコートの丈が長いから中が見えず違和感は最低限に抑えられているものの、中身が見えたらかなりヤバい。
さっさとパンツ、靴下などの下着類を含め一式選ばせ、購入する。
「この場で着せてやりたいんですが」
「こちらの更衣室を御利用ください」
店員に申し出ると、店員ににこやかな笑顔で更衣室に案内された。
「着替えてくるね!」
「おう、行ってこい」
待っている間も、横で店員が去らずに営業スマイルで佇んでいる。
こえーよ。
「お子さんですか?」
あ、これ絶対不審に思われてるパターンだ。
仕方なし。
「まあ、そうですね」
「可愛いお嬢さんですね。今おいくつですか?」
知らない。
というか、多分本人も知らない。スラムの孤児だって言ってたしな。
「奥様は何処の御出身で?」
「多分ヨーロッパの方です」
知ってるはずもないしそもそも独身なオレには、物凄くふわふわした返答しかできない。
頼むサニア、早く出てこい。
店員の笑顔に追い詰められているオレの前に、着替えたサニアがやってきた。
間に合ったみたいだ。
「どう? リュージ。似合う?」
「おう。似合うぞ。やっぱりきちんとした格好してると可愛いな、お前」
「えへへー。彼女になってあげてもいいよ?」
「生憎幼女趣味はねえ。二十年後くらいに出直してこい」
オレの返答が気に入らなかったか、サニアは無言でオレの脛を蹴ってきた。いてーよ。
着替えたサニアは普通に外国人の美少女なので、目立ちはしても違和感はなく、店員もごゆっくりどうぞ、と一声かけた後に戻っていった。
まあ、もしかしたら遠巻きに様子見てるかもしれないが。
サニアは二着目を選びに再度服の山に突撃していった。
■ □ ■
ショッピングモールの服飾店を出たオレは、キッズスペースでサニアを遊ばせ、その間に女友達である大学時代の後輩を呼び出すことにした。
医者という職業上休みが不定期かつ不規則になりがちな彼女だが、幸い今日は休みだという情報は手に入っている。
お互い忙しい毎日を送りながら、休みが重なれば食事に行く程度には仲が良い。
まあ会っても仕事の愚痴を言い合うのが殆どだった。恋人がどっちかにできたら自然と会わなくなる関係でしかなかった。今までは。
彼女の反応によっては、がっつり巻き込むつもりでいる。
「リュージ! これ凄く楽しい!」
キッズスペースの室内用ブランコを、サニアはお気に召したようで、表情をキラキラさせて遊んでいる。
「良かったな。オレはちょっと電話してるから、遊び終わったらオレのところに来いよ。一人でフラフラどっかに行って迷子にならないようにな」
サニアに一定の注意を払いつつ、スマホを取り出して連絡帳を呼び出す。
ずらっと並んだ名前から、吉祥寺翔子という名前をタップして、電話をかけた。
『先輩今日時間空いてますか? 空いてますよね? ランチ食べに行きましょう』
「はえーよ。まだオレ何も言ってねーよ」
電話をかけたのはオレの方だっていうのに、誘う前に誘われてしまった。
休みが重なればランチ、というのがいつものパターンなので、電話はどちらがかけても前置きを飛び越してこんな感じで唐突に始まることが多い。
「ま、そんなわけで今、駅前のショッピングモールに居るんだわ。来れるか? 飯食おうぜ」
『行きます這いずってでも行きます語りたい愚痴が山ほどありますから待っててください起きたばかりですけど五分で支度します』
怒涛の勢いで捲くし立てた翔子は、一方的に会話をぶった切ると電話を切った。
五分て、相変わらず女の支度にかける時間じゃねーな。
まあ、翔子の場合は医者という職業柄何をしていても急患が入ればすぐ飛んで行かなきゃならんから、どうしても素早く動くことが求められる。仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
以前一緒に飯食った時は、昼間から酒飲んでオレに管巻いてきて、「病院に缶詰で家に帰れません風呂にまで内線電話がかかってきてやっと休みになったと思ったら急患で潰れて気が狂いそうです」とかストレスでかなりヤバい状態になっていた。
オレはオレでクソ忙しい繁忙期だったから、「ハハハ昨日まで五日間連続で会社泊まり込みだったぜそのくせ上司は妻子持ちだからってオレに仕事押し付けてさっさと定時で帰りやがって本当上司クソ過ぎ仕事辞めたい」とかやっぱりストレスでテンションがおかしくなっていた。
幸いと言っていいのか一応どちらもきちんと残業手当は出るから貯金ばかり貯まっていくのだが、共にそれを使う時間がないという酷さである。
今は比較的暇な時期だからいいものの、繁忙期にサニアと会ってたら、オレは間違いなく見なかったことにしていたに違いない。いや、そもそも家に帰れないから会いようがないか。
気付けばサニアがオレの側に来ていて、スマホをじっと見ていた。
「リュージ、それ、何?」
「ああ、こいつはスマホだ。遠くに居る人と連絡が取れる」
「私でも使える?」
「使えるぞ。触ってみるか」
「うん!」
手を伸ばすサニアにスマホを渡してやると、サニアはまじまじと画面を見つめる。
並んでいるアプリの絵と文字を見ているようだが、さすがに文字までは読めないらしい。
会話は原理が分からないなりに何とかなってるから、文字もご都合主義的に何とかなるかと思ったが、そう上手くはいかないか。
「これ、どうやって操作するの?」
「色々できるが、何をしたい。それによって違うぞ。さっきみたいに電話するか、買い物か、娯楽かどれがいい」
「えっと……さっきリュージがやってたやつがいい!」
「じゃあ電話だな。そうだな。もう一回翔子にかけるか。ちょっと貸してみろ」
サニアからスマホを預かり、電話番号をタップしてサニアに持たせる。
「ほら、こう持って、呼び出し音が途切れて相手の声がしたら話せ。きっと吃驚するぞあいつ」
くっくっくとオレは悪どい笑いを浮かべた。
気心が知れてる仲だし、あいつの口は堅いのでサニアのことは知られても心配ない。
というか食事に誘った時点で今更だし、元より相談するつもりで来ている。
「もしかして、この人リュージの良い人?」
「生憎、どっちも仕事が忙しすぎてそんな関係になる余裕は一切ねえ」
サニアはオレのことが知りたいのか、呼び出し音が鳴っている間もオレに質問をしてくる。
やがて翔子が出たのか元気な声でサニアが喋り出した。
「あっ! こんにちは! サニアだよ!」
多分向こうが凄い混乱しているであろうことは予想がつくので、サニアにある程度喋らせた後でスマホを返してもらう。
「オレだ」
『えっ! ちょ、先輩今の誰ですか!? か、隠し子!?』
「ちげーよ。合流したら説明する。今何処だ?」
『ちょうど駅前着いて駐車場に車入れてるとこです! 着いたら説明してもらいますからね!』
「おう。早く来い。手薬煉引いて待ってっから」
電話を切って待つこと三分で翔子が走ってきた。
だからはえーよ。カップラーメンかよ。
「今のは一体何なんで……す……か?」
オレを見ていた翔子の目がサニアを捉え、見開かれた。
立ち止まった翔子はわなわなと身体を震わせると、オレの胸倉を掴む。
「休日にスーツか」
「同じ格好の先輩にだけは言われたくないです。それより! こんな可愛い子、どこで攫ってきたんですか!? とうとう犯罪に走りましたか!?」
百八十近いオレと殆ど視線の高さが変わらない翔子は、百七十越えと女子にしてはかなりの背の高さで、スタイルも良くレディースーツ姿がめちゃくちゃ似合っている。
ってか、オレも翔子も私服を買う機会がないし買っても見せたい相手がいるわけでもなしで、結局無難な格好ってことで外行き用の服といえばスーツに落ち着いちまうんだよな。
我ながらひでぇ。
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ。オレは潔白だ」
「知ってます? しらばっくれる犯人って皆そう言うんですよ」
化粧っ気のない残念なクール系ショートカット知的美人、大学時代にオレが通っていた大学の、医学部の後輩だった吉祥寺翔子は、そう言ってロリコンを見る目でオレは見つめた。
だからオレはロリコンじゃねえっての!