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第二十五話

 サニアの保護者として小学校にやってきたオレは、記憶に残る小学校よりも小さな見た目に妙な感慨を抱いた。

 おぼろげであまり覚えていないが、オレが入学した時はもっと大きかったような気がする。

 この小学校は、オレの母校でもある。

 校舎の内装なども色々変わっているだろうが、外観だけは昔のままだと思う。

 記憶に残っているよりも小さい気がするので、いまいち断言できないが。


「凄いよ! デパートみたいに人がいっぱいいる!」


 周りを見回したサニアは、興奮してはしゃいでいる。

 キラキラと輝く瞳は夢と希望に満ち溢れていて、あのエルナミラのスラムに倒れていたのを保護した夜とは大違いだ。

 オレとサニアが初めて出会ったあの日から、全てが回りだした。

 順風満帆な人生からドロップアウトして、ブラック会社でSEやってたオレが、何の因果か児童養護施設の施設長だもんなぁ。

 社会福祉法人も立ち上げているので、同時にその理事長でもある。ちなみに理事や監事に対しては、翔子や恋子先輩、政治さんの人脈を多いに利用させてもらった。

 まあ、もっとも、書かなきゃいけない書類は膨大だし、認可だってそう簡単にされないのが普通らしいから、正式に名乗れるのはずっと後のことだが。

 翔子が書類とにらめっこしてひいひい泣きべそをかいているのをたまに見る。

 なんでも、予想以上に手続きが複雑で煩雑で面倒なものだったらしい。オレや恋子先輩が手伝っても手が足りず、結局正治さんの助けを借りた。


「入学式だからな。生徒と先生だけじゃなくて、保護者もたくさん来てる。明日からはもうちょっと落ち着くと思うぞ」


「それでも、登校時間や下校時間は結構凄いことになりそうですけどね。先輩は覚えてます? 私たちの頃のこと」


「うっすらとならな。オレは当時から施設にいたから、施設の先生が来てくれたっけな」


「へえ、じゃあ、リュージは私と同じなんだ。ショーコは?」


「私が入所したのは小学二年生の頃なんですよ。ですから、私の時はまだ両親が来てくれてましたね。……あまり、いい思い出ではありませんけど」


「そうなんだ……」


 翔子は言葉を濁し、サニアもその裏に篭められた翔子の感情を敏感に察してそれ以上は何もいわない。

 オレは翔子の事情を知っているが、本人が話さないなら誰にも話すつもりはない。そもそもサニアが相手なら、翔子はそのうち自分から話しそうだしな。


「それじゃ、行くか。体育館でやるらしいぞ」


「うん!」


「ふふ、こうしてると私たち、本当に家族みたいですね」


「あながち間違ってないぞ」


「えっ?」


 翔子がオレの言葉に驚いて、顔を真っ赤にして俯いた。


「そ、そうでしょうか……?」


 尋ねる翔子の表情はにやけている。


「そうだよ。今月末は楽しみにしておけよ」


「そ、それはどういう意味でしょうか!?」


 物凄い勢いで翔子が食いついてきた。


「ショクタクイの給料のことじゃないの?」


「そ、そうなんですか!?」


 あっけらかんとしたサニアの言葉に、翔子がそっちじゃない! とでもいいたげな顔をした。

 まあ、翔子が何を望んでいるかは分かっているつもりだ。

 大学時代からずっと想われてたわけだし、そろそろいいだろう。


「とりあえず行くぞ。混むだろうし、早めにな」


 その後で、翔子にだけ耳打ちした。


「たぶん、お前が考えてる方で合ってる。今度、一緒に指輪見に行こうな」


「……はい!」


 一瞬呆けた表情を浮かべた翔子は、その後くしゃくしゃの笑顔を浮かべた。

 うむ。喜んでもらえたようで何よりだ。


「えへへ、サニアちゃん! 私、サニアちゃんのママになってもいいですか?」


「ショーコがママになってくれるの!? なっていいに決まってるよ! ていうか、なって欲しい!」


 今度はサニアが表情を輝かせた。

 早めに出たはずだったのだが、同じような考えの家族が多かったのか、そこそこ体育館前の受付は混んでいた。

 サニアを連れて、翔子と一緒に受付を済ます。

 ごく自然に夫婦として見られて、翔子がデレッデレだった。

 オレまで照れてくるから止めてくれよ。

 体育館の中は、緑色のシートが一面に敷かれていた。

 懐かしいな。


「そのままでいいぞ」


 新品の上履きに履き替えようとしたサニアを押し留める。


「いいの?」


「ああ。こんな風にシートが敷いてある場合は外履きのままでいい。上履きは実際に校舎に入るまで楽しみに取っておけ」


「うん!」


 ワクワクとした表情を隠さないサニアを、翔子が楽しそうに見ている。


「それじゃ、行きましょうか。座る席は自由みたいですよ」


 翔子が手で示したのは、体育館の中にずらりと並ぶパイプ椅子だった。

 既に三分の一ほどが埋まっている。

 舞台上には既に教職員の方々らしき人物が揃っていて舞台袖から出たり入ったりしている。打ち合わせをしているようだ。

 そしてどうやら、サニアは目立っているようだった。

 舞台上の先生たちからも、回りの子どもやその保護者たちからも、必ず一度は視線を注がれる。

 まあ、明らかに日本人じゃないからな。

 金髪に小麦色の肌のサニアは、基本的に黒髪が茶髪ばかりの日本人たちの中に埋没できずに浮いている。

 場所を選べばそうでもないのかもしれないが、さすがに入学式に奇抜な格好をしてくるような非常識は……いた。


「ギャルママって、本当にいるんだなぁ」


 盛り髪にネイル、焼いた肌、足や肩がむき出しの露出の多い服装の母親らしき女がいて、そっちもかなりの視線をもらっていた。

 側には金髪に染色しているらしい男と、母親の縮図みたいな女の子。

 ……サニアの方は髪の毛も肌の色も天然ものなんだがな。

 ううむ、しかもこいつら、オレたちの隣に座ったぞ。

 オレと翔子がサニアを間に挟んで座っているのに対し、向こうは母親のギャルを真ん中に、両隣に父親と娘が座ってるわけで、ちょうど娘の方がオレの隣にきた形になる。

 そして、娘の方がサニアを見つけて物凄くガン見している。睨んでいるとかではなく、「仲間を見つけた!」みたいな感じで。

 どうでもいいが、オレの太ももに手を置くほど身を乗り出すのは止めてくれ。そしてその両親ぽいお二人さん注意してくれ、頼むから。

 生憎、注意されることはなかったが。

 ちなみに子どもと保護者は別行動だったようで、後からサニアと娘の二人とも、先生らしき人に連れていかれた。



■ □ ■



 入学式が始まった。

 サニアは今ちょうど他の新入生たちと一緒に行進しながら体育館に入ってきていて、若干緊張していそうな真顔で腕を振って歩いている。

 普段は笑顔が眩しい天真爛漫な性格のサニアだから、借りてきた猫みたいな姿はちょっと心配だ。

 いや、そう思うのは過保護かもな。案外すぐ慣れる可能性もある。

 すぐ後ろにはギャルママの娘の子もいて、地毛と染色の違いこそあるものの二人とも金髪で、小麦色の肌であることも一緒なものだから、二人揃って目立っている。

 ……何だか同じ括りに入れられているような気がしてならない。


「娘さん、カワイイですね~。でも、ウチの子も負けていないですよ!」


 ところで、先ほどから離しかけてくるギャルママのあしらい方を誰か教えてくれ。


「髪染め、何を使ってるんですか? 旦那さんと奥さんは染めたりしないんですか?」


「あの子、地毛なんですよ。肌も焼いてるわけじゃなくて、元々なんです」


 苦笑した翔子が説明すると、ギャルママは目をぱちくりとさせた。


「……お二人とも、実は外国人だったりします?」


「日本人ですよ。あの子は違いますけど」


「血が繋がっていないんですか?」


「おい、そこまでにしとけよ」


 なおも聞きたそうなギャルママを、ヤンキーパパが制止した。

 ギャルママの代わりに「すんません」と謝ってきたので、オレも笑顔で気にしていないことを示し、目礼で返す。

 見た目はアレだが、案外普通の人たちだな。

 入学式の方は、行進が終わって担任の紹介に差し掛かっている。

 全てが始めてのことばかりなサニアは、目を輝かせて説明に聞き入っている。

 式が終わると、ギャルママの娘と一緒に戻ってきた。

 こうして並ぶと、髪の色と肌の色こそ似ているが、服装が大きく違うな。ギャルママの娘の方が派手だ。むしろ派手すぎてちょっと浮いている気がする。


「どうだった? 始めての入学式は」


「楽しかったよ、リュージ! 凄いね、こんなに私と同じくらいの子がいっぱいいるなんて!」


 サニアの驚きはちょっとずれていると思う。


「ママ!」


「おー、よしよし、よく頑張った! 偉いぞ~」


 ギャルママの娘も、ギャルママのところに駆けていき、褒めてもらって笑顔になった。

 これから保護者同伴で教室に向かうということで、そのまま成り行きでギャルママたちと行動をすることになった。


「かわいいお子さんっすね」


「ありがとうございます」


 ヤンキーパパが話しかけてきたので、笑顔で答えておく。


「娘の名前、絵璃座(エリザ)っていうんですけど、そちらの娘さんはどんな名前っすか?」


「ああ、サニアですよ」


「えっと、漢字ですか?」


「いえ、カタカナでサニアです」


 娘の名前を教え合っていると、ギャルママの方が口を挟んでくる。

 物怖じしない、中々押しが強い人だ。単に気を使えないだけではないと思いたい。


「サニアちゃんか~。カワイイですね! ぜひウチの子と仲良くして欲しいなぁ、なんて……」


 笑顔を浮かべたまま、翔子が視線で「どうする?」と問い掛けてくる。

 まあ、オレたちが選り好みするのも何だしな。


「こちらからもぜひお願いします。ああ、私はこういう者でして」


 ついてだから、名刺も渡してしまうことにした。

 エルナミラホームの宣伝にもなる。


「児童養護施設の方なんですか。ウチも旦那も小さい頃、半年くらいいたことありますよ」


 ギャルママが意外なことを言い出した。


「奇遇ですね。実は私たちも施設の出身なんです」


「本当ですか!?」


 意外なことに、ギャルママと翔子の間に話が弾み始めた。

 自然と、オレの会話の相手はヤンキーパパの方になる。

 隣では、翔子が名刺を取り出していた。


「私からも名刺を渡しておきましょう」


「ひゃー! 医者!? すげぇ!」


 おい、ギャルママの丁寧語が吹っ飛んでるぞ。


「すんません。こいつ名刺持ってないんで、俺のだけですが」


 ヤンキーパパの方が俺に名刺を差し出してきた。

 どうやら職業は建設作業員らしい。名前は近野靖弘。案外古めかしい名前だ。その割には子ども名がアレだが。


「あ、私靖弘の妻の育美で~す。よろしく」


 ギャルママも案外普通の名前だった。なのにどうして娘の名前だけああなった。

 教室に着き、中に入ると、机に生徒たちの名前が張られていた。

 サニアは廊下側から二列目の中ほどの席で、すぐ後ろに絵璃座ちゃんの席がある。

 ギャルやヤンキーといった人種に対しても物怖じしないサニアは、見た目が完全に小さなギャルである絵璃座に対しても普通に接し、絵璃座も見た目がよく似ているサニアにあっという間に打ち解けて仲良くなった。

 ……別にサニアの交友関係に口を出す気はないが、変な影響を受けないことを祈りたい。


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