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第二十四話

 ついにサニアの戸籍が出来上がった。

 正式にオレとサニアは養子縁組をし、サニアの本名は工藤サニアとなった。

 あるいは、外国風にサニア・クドウになるのか。まあ、どっちでもいいが。

 手続きが複雑で面倒だったものの、無事済んだのでよしとする。


「良かったな。これで正式に小学校に通えるぞ」


「うん、楽しみ! 小学校ってどんなところ?」


「同い年の子どもたちが集まって、勉強したり遊んだりしながら、集団生活のイロハを学ぶところだよ」


「ふーん……」


 説明したのはあくまでオレの認識だが、そこまで間違っていないはずだ。

 最低限の四則演算や文字の読み書きを除いて、学校での勉強はあくまで教養を深め知識の引き出しを多くする以上の意味を持たない。

 実際多くの知識を学んだところで社会に出て実際に役に立つのはその中の一握りでしかないし、それが専門的な知識だったとしても、就職先が全く別の職種だったなら無意味だ。

 オレが医学部を中退してSEになった時のように。

 学んだ医学で役に立ったのはせいぜい応急処置くらいで、それ以上にプログラムについて学ぶ必要があったから、就職したての頃は本当に忙しかった。

 特に、最初の三年間。

 ただ、その三年間で死ぬほど頑張ったから今があるというのは断言できる。

 まあ、ブラックな環境で下手に頑張ると結果が出る前に過労死もあり得るから、ケースバイケースだけどな。

 当然、これからエルナミラホームを運営していくにあたっても、色々な苦労があるだろう。

 今のところはサニアしか子どもがいないし、新しく子どもを受け入れる予定もないから、寄付と異世界貿易で得られる収入で間に合っているが。


「学校って、楽しい?」


「おう、楽しいぞ。大人になってから考えると、すごく貴重な日々だったと思うよ」


 郷愁ともまた違う、胸を過ぎる懐かしい感情。

 小さな机と椅子が、まだ自分にとって普通の大きさだった頃のこと。

 戻ってこない、戻れない日々は、それがどんな記憶であろうと、セピア色に色付いている。

 いい思い出ばかりとはいえないけれど、それでも懐かしい思い出だ。

 どうか、サニアも大人になってから、そんな風に思い返せる学校生活を送って欲しい。


「あ、工藤さんとサニアちゃん、こんなところにいたんですね」


 扉が開き、中から悠太が出てきた。

 オレとサニアがいたのは、エルナミラホームの屋上だ。

 せっかく学校の校舎のような立派な建物に屋上までついているのだから、スペースを有効活用しようと思い、屋上で何ができるか考えるため見にきている。

 悠太は手に何かを持っていた。そこそこの大きさの、リュックサックみたいに背負うそれは。


「坂本君、それは」


「ええ、ランドセルです。さっきやっと届いたんですよ」


「ランドセルって何?」


「サニアちゃん、ランドセルは小学校に行く時に背負う鞄だよ。中に勉強に使う教科書やノート、筆記用具なんかを入れておくんだ」


 ざっくばらんに用途を説明した悠太は、続けてオレに領収証を手渡してきた。


「ああ、そうだ。これ、ランドセルの領収証と、教科書、ノート類の領収証です」


「おう、後でつけておく」


 領収証を受け取り、ざっと流し見して懐にしまう。

 こういうサニアに必要な経費はエルナミラホームの資金から出るので、こうやって領収証を保管しておく必要がある。

 よく見ると、悠太は手に本屋の袋を提げていた。どうやら買ってきたばかりのようだ。


「何これ?」


 教科書やノートを見てサニアが興味深そうにしている。

 正確な年齢が分からないので何ともいえないが、見た目で判断しても問題ないだろうということで、サニアは一年生として近くの小学校に通うことになっている。

 話すのは問題ないが相変わらず文字の方はさっぱりなので、漢字や平仮名、カタカナを学ぶいい機会だ。エルナミラ語については、また別の話だな。

 ひらがなで書かれた教科書やノートは生まれゆえか精神年齢が高めなサニアには少し不釣合いにも見えるが、ろくに勉強も知らないサニアを別の学年に編入させても苦労するのが目に見えている。


「サニアちゃんの勉強道具だよ。学校では、これらを使って勉強するんだ。で、こっちは筆記用具」


 続いて悠太が取り出したのは、鉛筆や消しゴム、定規などの文房具が一通り揃った筆箱だった。昔ながらのハードタイプで、やっぱりピンクのプラスチックケースに可愛らしい赤いリボンで蓋を固定するようになっている。

 キャラものを選ばなかったあたり、きちんと先生してるなと思う。

 小学校で十年間教鞭を取ってきただけあって、悠太の選択はしっかりしていた。

 女の子らしさを損なわず、かといって浮つかせもしない、いいチョイスだ。


「後は体操着に給食袋も買いました。ハンカチ等については工藤さんの方からお願いします。こっちは大体揃え終えたので」


「了解。ご苦労さん」


「ありがと、ユータ!」


 オレが悠太を労う横で、サニアはさっそく買ってもらったものをランドセルに入れてもらって背負い、喜んでいた。

 うん、こうしてみると、普通の小学生にしか見えんな。



■ □ ■



 本日は、サニアの初登校日である。

 入学式でもあるので、授業はまだないらしい。

 この日のために、サニアにはしっかりとおめかしをさせた。

 ネットで今年流行の子どもファッションを皆であーだこーだ研究したり、保護者として誰が同行するかで少し揉めたり、色々あったが最終的にはオレと翔子が同行することで落ち着いた。

 服装は、オレと翔子がスーツで、サニアは落ち着いた色合いのワンピースに白と黒のボレロを合わせている。

 靴も可愛らしいがシックな装いで、全体的にとてもフォーマルな印象だ。

 スーツ姿の俺とサニアと並んでも遜色がない。


「うーん、せっかくの晴れ舞台なんだから、もっとこう華やかなのがいいんじゃない?」


「そうですよ! もっと可愛らしいフリフリのお洋服にするべきです! これとか!」


 恋子先輩と菖蒲ちゃんは同じワンピースでも方向性が真逆なものをサニアに勧めてくる。

 そんな二人を、正治さんと悠太が窘めた。


「式典なのですから、あまり垢抜けた感じは出さない方がいいと思いますよ」


「工藤さんと吉祥寺さんが平服ならそれでもいいでしょうが、スーツですからそっちに合わせた方が無難ですよ。可愛らしい服装をするなら、入学式の次の日からでも遅くはないでしょう」


 さすがに教育に関するエキスパートである二人は、あまり浮ついた服装は好まないようだ。


「工藤施設長と吉祥寺先生はどう思われます?」


 春日君に意見を求められ、俺はがりがりと頭をかいた。


「あー、オレも服装の良し悪しはよく分からんからなぁ」


「私も先輩と同じです……」


 隣で翔子も恥ずかしそうにしている。

 オレも翔子もお洒落なんてまるで無縁だからな。


「あなたたち、年中スーツだもんね。休みの日に遊びに行った時、二人揃ってスーツで来られた時は、私の方が間違ってるのかと一瞬思っちゃったわよ」


 お洒落度でいえば、オレや翔子なんかよりもはるかに高い恋子先輩は、施設で留守番なので保育士らしくエプロン姿だ。

 正治さんは書類などの事務仕事、悠太はサニアの施設内での勉強計画を立てる予定らしい。

 サニアがいる時は自然と全てがサニア中心に回っているので、こういう個々の仕事を片付けられる時間は割と大事だ。

 春日君は施設内の衛生管理でいつも忙しそうにしている。でも本人は楽しいようで、たまに鼻歌を歌いながら仕事をしている時がある。サニアと一緒にニヤニヤしながら観察したことがあるのは内緒だ。


「行ってきまーす!」


「行ってくる」


「行ってきます」


 外まで見送りに出てくれた皆に、サニア、オレ、翔子で手を振る。


「気をつけて行ってくるのよー」


 エプロンをつけたままの恋子先輩の横で、菖蒲ちゃんは何故かフライパンとお玉を持ったまま、それらを掲げる。


「お昼はご馳走作りますので、帰ったらみんなでお祝いしましょう!」


「記念写真を撮ってあげるのを忘れないでくださいね」


 正治さんは年長者らしく、落ち着いた雰囲気だ。発言もサニアのことを気遣っている。


「何事も始めての経験でしょうが、頑張ってください」


 元教師らしくそつのないコメントの悠太に、今から掃除をするいでたちの春日君。


「いってらっしゃい。留守の間のことは僕たちに任せて下さい」


 たくさんの人に見送られて、オレと翔子はサニアと一緒に施設を出た。


「俺たちが同行するのは今日だけだからな。できるだけ、道を覚えておけよ」


「大丈夫だよ! 私、そういうの得意だから!」


「サニアちゃんはすごいですねぇ。私、まだたまに迷っちゃいますよ」


 確かにサニアは方向感覚も鋭いし、一度見た景色を中々忘れない。

 車に乗っている時にそれは顕著で、最初に服を買ったデパートへ二度目に行った時、サニアはおぼろげながらきちんと道順を覚えていた。

 一回で覚えられるのは、結構凄いことだ。

 桜が咲く道を三人で歩く。

 一月や二月のような身を切るような寒さは遠のき、ポカポカと陽気が暖かい、入学式日和だ。

 空には雲ひとつなく、透けるような青空が広がっている。

 てててと小走りで走ってオレと翔子の前に飛び出たサニアは、くるりと振り返って笑った。


「リュージ、ショウコ! 二人ともありがとう! 私は今、すっごく幸せだよ!」


 その輝かんばかりの笑顔を見れただけで、値千金の価値があったとオレは思う。


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