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第二十一話

 今回の買い物では、ネットショップの商品として、布、装飾品、その他工芸品、民芸品、美術品を買い漁った。

 布については服に仕立てるとエルナミラでは基本オーダーメイドなので高くつくためだ。だからこの世界のお針子さんたちには悪いが、正直布だけ買い込んで販売した方が安い。

 それに布なら、買い手の用途も色々あるから、ただ服を売るだけよりも販売が見込める。

 服の場合はどうしても流行り廃りがあるし、デザインによっても大きく売り上げが変わるから、リスクが高くて手を出し辛い。

 別にエルナミラの服を日本で流行らせたいわけでもないしな。

 装飾品は比較的安価なブレスレットやアンクレットを中心に、宝石がついた指輪やネックレス、イヤリングなども揃えている。

 宝石は当然どれも天然石なので、日本で売る場合はかなりの高値が見込める。

 エルナミラでは宝石は結構安めで、差額でかなり稼ぐことができそうだ。

 というのも、エルナミラがある異世界ル・テラには、日本どころか地球上どこを探しても存在しない魔法石という特殊な宝石があるためで、こちらで宝石といえば一般的にはその魔法石を指し、ただの宝石はまがい物扱いされて捨て値で出回っている。もったいないことなので、大いに利用させてもらおう。

 ちなみに魔法石については触れていない。かなり高くて他の品物が買えなくなるし、他人に売ることが前提なのに、よく知らないものを買うわけにもいかないからな。

 異世界なのだから、突然魔法石とやらが火を噴いたり氷付けになったり雷を呼んだりしてもおかしくない。魔法とかいかにもそれっぽいし。

 そんなわけで、基本的に魔法石については扱わない方針だ。少なくとも、今後現地の協力者などを得て魔法石が何なのか分からない限りは。

 危ないものは扱わないに限る。

 工芸品は主に食器類を買っている。銀食器や陶磁器、木製品など。何が日本で人気になるか分からないし、そもそも人気が出るかというそもそもの問題もあるため、とにかく種類を重視した。

 刃物などの武器類もこの括りに入り、数点買ってはいるものの、本物は日本に持ち込むと明らかに面倒くさいことになるし高いので、刃が潰れたなまくらを模造品として売るつもりだ。

 何しろエルナミラじゃそんなものは役に立たないからほとんど材料費に毛が生えた程度の値しかつかないが、日本だと真偽は別としても異世界の剣の模造品という設定ならば珍しがって買う者もいるかもしれない。

 民芸品は工芸品の一種で、人形とか仮面とか、海外の土産物屋で売っているイメージのものが多い。ル・テラの動植物を模した木彫りものとか、鞄とか、見た目は民族品としての特色も出ている。


「ふわー、結局買っちゃいました……。エルナミラの調理器具……それも結構いいものを……」


 菖蒲ちゃんが持った包みを大事そうに抱えてくるくる踊っている。

 包みの中身は全て包丁だ。

 オレにはよく分からないが、「包丁一つ一つにも用途があるんですっ」といって形や長さが違う包丁を複数買い込んでいた。

 途中で日本刀みたいな長さの包丁まで買い込もうとしたのでさすがに止めた。

 解体用ですとかいってたけど何を解体するつもりだったんだろう……。怖い。

 他にも、正治さんが孫へのプレゼントにすると、ル・テラに存在するらしい妖精の人形を買っていた。

 イメージとしては、人型ではなく魔法少女ものアニメのマスコットみたいなものだ。


「こういうのが、孫娘の好みでしてね」


 少しだけ恥ずかしそうに、でも孫に対する慈しみが分かる笑顔を浮かべる正治さんは、いい機会だからとサニアにも同じものをプレゼントしていた。

 ……正直、サニアにとってもいいお爺さんみたいな感じになっている。

 その人形は、今もサニアが大事に抱えている。


「坂本さんは、見事に食べ物が多いですね」


 菖蒲ちゃんが、悠太が買った包みを見て目を丸くしている。


「いや、どれも美味そうだったから」


「確かに。異世界の食材とか、安全なものなら私も調理して試食してみたい……! でも今回は踏ん切りがつきませんでした」


 悠太が買ったのは、主に露店で売られていたおかずや焼き菓子などだ。

 油を吸いやすい紙で包まれたそれらはかなりのボリュームでその割には値段が安い。

 これは本気で、悠太は食事を異世界に頼るかもしれない。ちょっと心配だ。

 今はまだ問題は出ていないが、食べ物関係でもどんなトラブルがあるか分からない。

 オレたちには消化吸収できないものもあるかもしれないし、寄生虫とかの危険性も考えた方がいいだろう。

 ゴンドさんのお店については厨房を見たことがあって、綺麗だったのを覚えているので安心しているが、さすがに露店にまでは目が届かない。

 腹を壊さないことを祈る。

 春日君は娯楽に興味があるようで、エルナミラの玩具を数点買っていた。オレもネットショップ用に同じものを買っている。

 あとは翔子と恋子先輩で、気になるものをいくつかといった具合だ。

 ネットショップは順調に売り上げを伸ばしているし、寄付も順調に貯まっている。

 合わせれば、もうすぐ目標額に到達するくらいにまできていた。



■ □ ■



 それからまたしばらくして、ようやく正式に児童養護施設の建物を購入できた。

 月は三月に入ったばかりだが、四月に運営開始なので、タイミング的には正直ぎりぎりだ。

 翔子は自分が開く小児科医院の準備と、エルナミラホーム開設の書類手続きに追われ、恋子先輩は施設内で必要な備品をチェックして、足りないなら手配をする。

 オレは菖蒲ちゃん、正治さん、悠太、春日君たちとサニアを交えて具体的な打ち合わせを行い、来たる日に合わせて準備をしていく。

 それに合わせて、オレは引き続き音声読み上げソフトの開発も行う。

 ネットショップやら何やらはこれからも運営していくつもりだが、これで金を稼ぐために費やしていたリソースをある程度注ぎ込めるようになる。

 なので、空いている時間を全部当てるつもりだ。少しは開発速度も早まるだろう。

 三月に入ると、寒さが急速に和らいできて、すっかり春を感じるようになった。

 もうそんな季節なんだなと、必死に走ってきた今までを振り返り、妙な感慨に浸る。

 ちなみにエルナミラホームというのはオレたちが今新しく開こうとしている児童養護施設の名前だ。

 児童養護施設を開くにあたり、新たに社会福祉法人を立ち上げることになるので、その手続きも行っている。


「立派な建物だよねぇ、ここ」


 サニアがようやくオレたちが正式に所有する物件となった建物を見渡す。

 敷地だけでもちょっとした小学校ほどあり、運動場も完備された本当に小学校みたいな場所だ。

 建物も大きく、どんどんグループホーム化して小規模になりつつある実態に真っ向から喧嘩を売る大舎制に則った代物になっている。

 正直これだけの職員数で回す広さではないが、今はサニアしかいないし、使わない部屋は閉じていればいいので、今のところはこれでいい。

 それに、翔子が敷地の一部を小児科医院として使うしな。

 すぐ側に病院、しかも小児科があるというのは、子どもを育てるに当たってこれ以上にない強みだと思う。

 正門を潜ると花壇が散りばめられた庭の間に、柔らかなピンク色で舗装されたコンクリートの歩道が伸びていて、それが本館の入り口まで続いている。

 歩道は分かれ道を曲がれば運動場にも続いており、この正門の歩道から施設内のあらゆる建物に行けるようになっている。

 花壇の花は今はまだちらほらとしか咲いていないが、後もう少しすれば一斉に満開の花を咲かせるだろう。

 敷地の端には正門から等間隔にぐるりと囲むように桜の木が植えられ、早くも早咲きの桜が花をちらほらと付け始めている。四月になると大体満開になっているはずだ。

 本館の裏にも大きなスペースがあって、そこは倉庫と畑になっている。敷地が広いだけあって畑の日当たりは良く、たくさん作物が育ちそうだ。サニアと一緒に何を育てるかも考えなきゃな。


「ねえ、リュージ! 中に入ろうよ!」


「分かった分かった。オレも建物も逃げないから落ち着け」


 ぐいぐいとサニアが引っ張ってくるのを苦笑しながら宥め、サニアと手を繋いで玄関を開けた。

 靴を脱ぐ土間も、玄関自体もその時点で民家の居間くらいの広さがある。

 木目が温かい印象を与えている茶色が主体の色彩は、一見すると地味だがそこが家なのだという確かな実感を感じさせる柔らかさがある。


「相変わらず良い所っ!」


 サニアはこの玄関が大のお気に入りだった。

 綺麗に磨かれてピカピカの床も、玄関に設置されている施設らしさがないこげ茶色の上品な靴箱も、全てがサニアにとって大好きなものなのだ。

 今まで家といえば廃屋のような汚らしいスラムの家にしか住んだことがなかったサニアにとっては、オレの部屋があるアパートだって衝撃だっただろうし、それと比べても十分にすごいと思えるここは、サニアにはとても魅力的に映るだろう。

 広さだけでいうならここよりも広いところなどいくらでもあるだろうが、ただ広いだけでは駄目だ。子どもがここで暮らしたいと思えるような場所でなくてはいけない。

 児童養護施設を開くにあたり、色々勉強するようになって、最近オレはそう思うようになってきた。


「ここでオレも暮らすからな」


「うん! 一緒に暮らそうね! リュージ!」


 サニアの頭を撫でてやる。

 元気良く笑うサニアは、今まで一番綺麗な笑顔だった。


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